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平成30戊戌(2018)年 8月の記録 (新しい日付けの順)

平成30年 8月31日 (金)

 午後に入って、しばらく強い雨と雷鳴が続く。
    最低気温 22.4℃ (05:43)、最高気温 27.9℃ (13:08)

 台風21号の予想コース。なんだかとてつもなく大きいようだ。

 本日の登校風景( 写真1写真2写真3写真4写真5写真6
 
 08:34 頃 突然停電(だいたい停電というやつは突然だが)、約1分ほどで復旧。たとえ30秒でも1秒でも、瞬時でも停電するとシステムは停まってしまうのだぞ、最近はメインシステムは電力会社が信用出来ないのでUPSにつないであるから暫くの間であれば大丈夫だがその他のサーバーがいくつか(最低4台)はまた再起動かけないといけないのだ。オイ!しっかりしろ九電!

 午前中、昨日の続きのジャガイモ掘りをする。確か三列あったはずで、二列目を掘り終わったたところで、10時半過ぎ。今日もこのくらいでやめておくかと一旦上がった。一息入れて、ネットでニュースを見ていたら(NHKは大きな災害などのときにはその時だけネットでもテレビと同じニュース映像をそのまま流す、そしてその部分が終わると、画面は黒くなる)北日本で大雨で被害が出ているという。そうか北はそんなに雨が降っているのか、このあたりはずっとほとんど雨がない、日本は広いなあと思っていたら、この雨は今後も続き、広い範囲で雨になり九州北部でも最大雨量がなんとかかんとかと言い始めた。え?と思って画面を見ると、確かに朝鮮半島から東西に雨雲が連なっていてそれがだんだんと南下するのだろう、そうなると、明日以降の天気がちょっと危ないな、ということは堀残したジャガイモがまたしばらく掘れなくなる、よし昼までにまだ一時間ほどある、今日中にやってしまおうと、また作業服に着替えて畑に出て、三列目のジャガイモを掘った(写真を撮り損なった)。三列目は種芋の数の関係で隣に列の畝の長さの8割方の長さしか無い。あっという間に掘り終わってようやく今年の芋掘りは終わった。今日はメイクーンだったが、昨日予想したように、メイクイーンはちゃんと出来ている。この土地はメイクイーンにはいいが男爵には向いていないのだろう。
 
 ジャガイモの畝のすぐ側にイチジクの木があって、そこに蛇が日向ぼっこをしていた、黒いヤマカガシだろうか、捕まえようとしたら逃げられた(今は捕まえても殺さずにリリースする、殺生はしない)。
 閲覧注意 写真1写真2
 
 PICマイコンの勉強をしながらも、Raspberry Piが面白そうで、ネットでいろいろ検索しては覗いている。ArduinoはPICに近く、ラズパイは普通のパソコンに近い、というよりパソコンである。それなら、普通のパソコンでラズパイが出来るだろうと思って調べたら、Raspberry Pi emulation for WindowsというWindowsパソコンでラズベリー・パイのエミュレーターがあることがわかって、とりあえず余っているノートに入れてみた。(写真1写真2)。しばらくこれでRaspberry Piを遊んでみよう、プログラム教育用のScratchも出来るようだ。ラズベリーパイのOSはラズビアン(Raspbian)というらしい。プログラム言語はPythonと言うのか?Linuxベースらしい、そのLinuxはDebianらしい、だからラズベリーのラズとDebianのビアンをとって、ラズビアンというのだろうか。小生が今挫折中のLinuxはCentOSだ、これは確かRedHat系・・・いずれにしてもXWINDOWSでなくてCUIで使えないと意味がない、結局Linuxはモノにしなくてはならないのだろう、PICアセンブラが分かって、これだとLinuxもいけそうだなと思い始めている。
 
 晩飯。炊き込みご飯、カツオのたたきなど


平成30年 8月30日 (木)

 晴れ。少し気温が落ち着いたか。
    最低気温 23.0℃ (06:10)、最高気温 28.4℃ (14:56)

 台風21号の予想コース  JTWC 気象庁はまだ日本近くの予想を出していない、我が気象庁、どうもスピード感に欠けるな。そしてECMWFの動画。・・・・・まだまだ予報円が大きい。

 夏子は今日から二学期である。休みが長ければ長いほど、休み明けは嫌なもので、二三日前からイヤだイヤだと言っていったが、長年の経験者、その気持はよく分かると言っておいたが、とにかく行きさえすればその気持はすぐに無くなるもので、夕方には本来のペースに戻って普通に帰ってきた、そんなものである。
 
 本日の登校風景( 写真1写真2写真3写真4写真5写真6写真7
 
 ようやく小生の日常が戻った。ということで、今日は久しぶりに畑仕事をした。今朝急に思い立って、ではない、体が鈍って、思い立つことなんか出来ない、昨日のうちに、明日はどんな事があっても、という固い決意で臨んだのだ。
 
 今年唯一の畑仕事であるジャガイモの収穫である。もう一ヶ月以上遅れている。以前は、収穫時期が遅れると腐るとばかり思っていたので、梅雨時で晴れ間を見つけて芋掘りをしなければならなかったが、それが結構のプレッシャーになっていた。ところが去年、大部分が掘らずじまいで、年が明けてだったろうか、掘ってみたら全く腐っていなかった、でも、さすがに長い間土の中に放置していたので、既に芽がたくさん出ていた。考えてみたら、種は次の代に子孫を残すために、過酷な環境でも生き延びるように出来ている。だから、イモだってそうそう簡単には腐らないということが経験でわかった。だからと言うわけでも無いが、今年も、なかなかイモを掘るタイミングがつかめない内に猛暑になってしまった。このイモは親戚に送るため作ったので、何とかその務めは果たさなければとずっと気になっていて、ようやく今日掘ることにしたのである。
 
 ところが、ところが、芋を掘る道具、スコップとクワがどこ探しても見つからない、多分ジャングル化した草むらのどこかにあるのだろう、と足先で草むらをアチラコチラ探ったがどうしても見つからない。やむなく、移植ゴテで畝を掘り起こしてジャガイモの収穫を始めたが、これが能率が悪くて、午前中、とうとう一畝で、ギブアップ、それに、今年はできが悪い、素揚げ専用のちいさなイモばかりだ。今日掘ったのは男爵だが、どうもここの土地は男爵には適していないようだ。メイクイーンはまだだが、こちらのほうがまだいいかもしれない。
 
 その後で、芋掘りを一旦中止して、思い当たる場所を刈払機で払って、ようやく、下の方にスコップを見つけた、でも、クワはまだ見つから無い。そんなことをしながら考えた。南米のインカだとかマヤの遺跡、ジャングルの中から手付かずで遺跡がみつかることがあるが、手付かずなんて決して無いだろう、盗掘があるに決まっていると思っていたが、非常に短期間で、特に熱帯ジャやングルの植物の成長は早いので、人知れずに埋もれてしまうことは十分にあり得るなと思ったのである。ついでに行方不明の一輪車も草の中から見つかった。
 
 太郎が二三日前からかき揚げ丼が食べたいと言っていた。どうしてかき揚げ丼なんだと訊くと、急に食べたくなったと言う。確かに少し前にかき揚げ丼を作ったことがあるが、あまりいい出来ではなかった、それなのに、どうして食べたくなったのだろう。まあ、いいや、自分で考えるのが面倒なので、そうやってリクエストを出してくれるとありがたい。
 
 で、今晩はかき揚げ丼(むきエビ、ホタテ、タマネギ、ごぼう、人参、さやいんげん)



平成30年 8月29日 (水)

 晴れ。今日は夕立もなし。
    最低気温 21.9℃ (06:02)、最高気温 31.9℃ (14:07)

 台風21号の動き・・・・まだまだ

 登校風景( 写真1写真2写真3写真4写真5写真6写真7写真8

 ニュースによると、今年は秋刀魚が豊漁だそうだ、豊漁と言うよりあまり捕れすぎて流通を含めてその後の処理ができないそうだ、そうまでしてどうして捕るのだ、捕らなければいいだろうに、だから漁業資源が枯渇するのだぞ。
 
    あはれ秋風よ情あらば伝へてよ――男ありて今日の夕餉に ひとりさんまを食ひて思ひにふける と。・・・・・・・・

 太郎、水泳教室の夏休みも終わって今日からまた練習開始。

 晩飯。カレー


平成30年 8月28日 (火)

 朝のうち、ちょっと雲があったが、その後は晴れ。夕方、ちょうど風呂に行く時にアゼリアに着いた途端に猛烈な雨に見舞われてしばらく車から出られなかった、雷もあまり近くは無かったが四方でさかんに光って鳴っていた。今日も屋内にいる限りは凌ぎやすかったが記録的にはかなり高い気温だったようだ。(写真1写真2
      最低気温 20.9℃ (05:51)、最高気温 32.3℃ (15:10)

 今年は阿蘇は久しぶりに台風の来ない稲刈りが出来るかと思っていたら、どうもそうは問屋が卸しそうもない。台風21号が発生した。まだ今の時点では最終的にどこを通るのかわからないが、日本にやってくることは間違いなさそうだ。気象庁JTWCもまだそこまでの予想を出していないが、ECMWFの動画ではそのあたりの予想を出している。      
 
 昨日漬けたぬか漬け、今朝早速食べてみた、確かに口上の通り見事にうまく漬かっていた、太郎のやつパクパク食べていた。

 本日の登校風景。今日から中学校も二学期が始まった。
    ( 写真1写真2写真3写真4写真5写真6写真7

 最近はすっかりグウタラ癖がついてしまって外作業をしていない、いつの間にかまた畑などがジャングル化しつつある。それでも何かしないとな、と家の入り口のところにある、教育委員会が立てている曽祖父の住居跡の看板が苔むして見苦しいので水をかけて拭いておいた。今度の土日、阿蘇市主催の「大阿蘇元氣ウォーク」というイベントがあり、我が家前の路もコースに入っているようだから、あまり汚いと阿蘇の評判にかかわるからな。(PDFファイル約3MB)

 晩飯。今日も残り物を並べて済ませた。毎日惣菜を作っては余ったものを冷凍保存しているので、食べるものには不自由しない。冷凍庫がそういったいろいろなものではち切れそうなので努めて食べることにした。


平成30年 8月27日 (月)

 晴れ。炎天下は知らないが家にいる限りは風が入って気持ちのいい一日だった。
    最低気温 22.3℃ (01:50)、最高気温 30.2℃ (15:34)

 今日から、寒冷地の当地、小学校は二学期が始まった。昨日は太郎、宿題は終わっていると思っていたが、寝る時に上から覗くと母親つきっきりで宿題をやっていた、なんだ終わったのじゃなかったのかと言うと、カミさん、見たらあまりに汚くて間違いだらけだからやり直させていると言う、かなり遅くまでやっていたようだ。そして、今朝になっても起きてから朝食も摂るヒマも無く一生懸命にやっていた、バカタレ。

 本日の登校風景 ( 写真1写真2写真3写真4写真5写真6写真7 )久しぶりに顔を見るこどもたちに、返ってくる答えは想像通りだったが、今日から学校、うれしいねえ、と言うと、全員が、全然!と言っていた。

 今年はとうとう「ぬか床」を作らず仕舞だった、忙しかった? いや、ぬか床を作れない程の忙しさなんてなかった、菜園を作らなかったので自家製の野菜を収穫することがなかったからか、そうかもしれない、あるいは面倒だっただけだったのか、そうだろう。

 でもそろそろ夏野菜も終わる頃になって無性にぬか漬けが食べたくなった、そんなところに、「無印良品」のぬか床が美味い、手軽に漬けられて、保存も楽だという記事が目について早速通販で取り寄せた。沢山食べるわけではいのでこれで十分だろう。
 
 で、この通販の方法だが、ネットで手続きを進めていくうちに、宅配業者のことがどこも載っていない、よく見ると、コンビニ受け取りになっている。宅配も可能だが、コンビニで受け取ることも出来る、のではなくて、コンビニでしか受け取れないのだ、ふ~ん、こんな通販方法もあるのかと思って、幸いに近くに指定のコンビニがあったので、そこを指定して、今日入荷したという連絡がメールで入ったので受け取りに行ってきた。機械にメールで届いた番号を打ち込むと自動発券機から引換証が出てきて、それをレジに持っていって商品を受け取る、初めての経験である。
 
 小生はコンビニを利用することは殆どないが、コンビニは銀行だったり、あるいは最近では「災害対策基本法」で指定公共機関になったり、小さな店舗でありながら、まさにconvenienceなストアなんだなあ。ここのところ不在による宅配便の再配達コストが掛かりすぎるということを聞くが、選択でこのコンビニ受け取り方式をもっと増やして、その分、配送料を割り引いて受取人側にキャッシュバックすれば、コストダウンにつながると思うのだがな。

 晩飯。残り物をかき集めて済ませる、これは楽でいい。


平成30年 8月26日 (日)

 晴れ。午後ちょっと気温が上がったが、今日は涼風が吹き込んで実に気持ちのいい日だった。夕方、にわか雨が通り過ぎた、風呂に行く途中の古閑の滝付近で、虹が出ていた
     最低気温 22.1℃ (06:40)、最高気温 31.3℃ (15:22)

 太郎は明日から二学期だ、別に成績が悪いわけではないが、交友関係が悪いわけでもないが、要は勉強が嫌いだと見えて、学校行きたくない、ばっかり言っている。まあ、行けば行ったで問題なく学校生活を送るのだろうが。最近は夏休みの宿題もあまり出ないのか、宿題帳は早々と済ませていたが、絵が残っていたようで、今日描いていた、これで全部終了のようだ。明日から、小生の旗振りも始まる。

 今日のような気持ちのいい日は家でゴロゴロするに限る、日曜日で休養日?でもあるので、横になったり縦になったり?して本を読んだり、プログラミング関係の本を読んだりして過ごした。珍しく我が家の三人も外出することなく家で過ごしていた。
 
 プログラム言語のこと、普通の人がとっつきにくい原因の一つに、プログラムとは何か、コンピューターとはなにかが分からないことがあるのではと思う、小生も、PICマイコンを勉強して、ようやくそのことに気がついた。
 
 ちょっと長くなるが・・・・

 全く初歩の初歩、もうひとつおまけに初歩、コンピューターのプログラム言語について。
 
 マイクロコンピューターのCPU(心臓部、脳みそ)は実際には一体何をしているのか。PIC(というマイクロコンピュター)でいうなら、このPICから出ている沢山の足(PIN)は何をしてるのか。電気がないと動かないから、まあ、電源をとったりするピンは必要だが、そしてそのほかにもPINにはいろいろと役割があるのが、それらを別にして、PINで一番多いものが、データーをやり取りする(命令を受けたり出したりする)ための入出力ピンなのだが、そこを通じてCPUは一体何をしているのか。である。
 
 いろいろな装置をコントロールするので、さぞかし非常に複雑な命令がでているのかと思うと、それは「否」である。では何が出ているのか。それはたくさんある入出力ピンのうち、あるピンには5Vの電圧がかかっているか、また別のあるピンにはかかっていないか、つま0Vであるかどうか、たったその二種類の信号しか出ていないのである。コンピューターのやっていることはたったそれだけのことなのである。これで気分がずいぶんと楽になる。
 
 その電圧の区別を数字で現すと、「1」か「0」か、だけなのである。じゃあ具体的にはそのピンから「1」だとか「0」だという数字が出ているのか、これまた「否」である。電気器具は大体スイッチが入ると動くし、切ると止まる、つまり基本的には「オン」か「オフ」しか分からないのである。それだけだとそのオンやオフという言葉を使っていろいろな組み合わせ(計算)が出来ないので、それらオン・オフを数字の1だとか0に当てはめているだけである。この1と0で現すのが2進数といわれるもので、コンピュータの世界では非常に便利な表現方法なのである。
 
 今、たとえばたくさんある入出力ピンのうちの2本のピンを使って、その2本で幾通りの電圧のかかり具合(組み合わせ)を作ることが出来るか(白と黒の碁石、あるいはオセロの石を使ってやるとわかりやすい)。
 
 最初のPINの1本だけ5Vの電圧がかかっていて、2本めのPINには電圧にはかかっていないとする、こういう言い方は面倒なので、ここで電圧がかかっている場合を1、かかっていない場合を0と決めるとすると、
 
 最初の1本だけ5Vの電圧がかかっていて、2本めのPINには電圧にはかかっていない状態を01(右側が最初の1本目)と表現できる。
 だから、2本とも電圧がかかっていない場合は、00である。
 
 2本目にだけ、電圧がかかっていて1本目にはかかっていない場合は、10である。
 
 2本とも電圧がかかっている場合は 11になる。
 
 つまり、2本のピンで00、01、10、11という4通りの通電の違いを表現できることになる。
 
 これがピンが3本、4本と増えていくと、当然その組み合わせは増えていく、つまり、組み合わせが増えた分だけ、それだけ多くの異なった信号を出すことが出来ることになる。
 
 では、PINが4本の場合は、その信号の有る無しで幾通りの違った表現が出来るであろうか。
 0000,0001,0010、0011、0100、0101、0110、0111、1000、1001、1010、1011、1100、1101、1110、1111
 つまり16通りの違った組み合わせを作ることが出来る。このような表現方法を2進数と言って、その一つ一つを「ビット」というのである。どうしてコンピューターはビットなんて言葉や01という数字で表現するのかというと、そういった「電気の事情」によるものなのである。4ビットあると、16通りの異なった信号を出すことが出来るのである(が、これが8ビットになると256通りの信号を出すことができる)。
 
 例えば、(ほんとうに例えばなのだが)
   0000 何もしない
   0001 赤い旗を上げる
   0010 赤い旗を下げる
   0011 白い旗を上げる
   0100 白い旗を下げる
 と言うふうに決めておくと、
 
 赤上げて、白上げて、(白下げないで)赤下げる、ということをやらせようとすると、
   0001 赤上げて
   0011 白上げて
   0010 (白下げないで)赤下げる。(白下げないで・・・というのは白を下げろという信号をだしていないからであるが)
 
 と言うふうに信号を各ピンに順繰りに送ってやれば、(実際にはPINにつながった旗を上げ下げする装置が旗を上げ下げするのであるが)いいのである。このようにどういう信号をどういう手順で送るか、というのがプログラムなのである。
 
 ところがこのように赤上げて、という言葉は人間にはわかるが、コンピューターには理解できない、コンピュータに理解できるのは、あくまで電気が来ているか来ていないか、つまり、0000、であり、0001などのオン、オフ信号だけである、そしてこの二つを結びつけてやるものがプログラム言語と言って、人間がわかる言葉で書いてそれをコンピューターがわかる言葉に変換してやるのである、BASICだとかC言語だとか言うものである。アセンブリ言語もこういったプログラム言語である。最近流行りのarduinoやRaspberry Piなどと言ったワンボードマイコンで使う言語にしても、要は、コンピューターにつながった装置類に何をどうやらせるかの手順を書いて、それを最終的にコンピューターがわかる言語(マシン語)に変換してやるための手段なのである。
 
 どんなプログラム言語を使おうと、最後は01に変換して、コンピューターに伝えるがためのものである、(コンピューターに何をやらせるのかによってプログラム言語には向き、不向きがあるが)たったそれだけのためのプログラム言語が世の中あまりにも多すぎてそういった言葉を耳にしただけで人は拒否反応を起こしてしまうのである。
 
 この01とCPUとの関係は低級言語と言われるアセンブラのほうがより直接的にコンピューターの構造に関わるので理屈がわかるが、高級言語と言われるBASICやC言語(もそうだろう)や、JAVAや今、子どもたちが学校で勉強をしているグラフィカルなインターフェースを使ったプログラム言語はそのあたりの理屈がブラックボックスになってしまって、習得しやすいが本当の部分での理解は難しい。ちなみにこの低級・高級とは、中身が低級・高級というのではなくて、低級言語はコンピュータの動作により近く、高級言語は私たちの日常使っている言葉により近い言語であるというわけ方である。

 小生は今しばらくPICアセンブラを続けて、その先に、arduinoにしようかRaspberry Piで行こうか、はたまた他の言語にするかを決めようと思っている、アセンブラが解ってくると、それぞれの言語がどういったものかなんとなくわかるようになったので、今は余裕を持ってそういった考察ができるようになったのである。
 
 なんでも世界には200種類以上のプログラム言語があるらしい。そのなかで現在注目ベスト10は以下なのだそうだ。
●1位:Java ●2位:C(言語)●3位:C++ ●4位:C# ●5位:Python ●6位: JavaScript ●7位:PHP ●8位:Visual Basic .NET ●9位:Assembly language ●10位:Ruby

 今日は夕食前に日記をさっさと片付けるつもりでここまで書いたところ、急遽、夕食は外でバーベキューをしようとカミさんが言いだしたのだが、草も刈っていないし、バーバキューコンロや炭の準備もしていない、そんなこと急に言うな、虫が飛んでくるし、この先もっと日差しが優しくなった秋の昼間にでもやればいいだろうと言ったのだが、夏子はそのほうが良いようだったが、太郎のスイッチが入ってしまってすっかりその気になって、今日は中止だと言っても「ぶんむくれて」、やむを得ず玄関先で形だけのバーベキューをすることになった。(写真1写真2

 案の定、食事を始めた途端に、明かりを求めて虫がたくさん集まりだして、虫類が大嫌いな夏子も太郎も右往左往、それミロ!と言ってやったが、太郎なんかすっかり懲りたようでもう外ではせん!と言っていた。食事の後に花火をするつもりでいたようだが、これもやめにした。田舎暮らしでこんなに虫が嫌いなようでは本当に先が思いやられる、宮崎のじっちゃいの爺孫の爪の垢でも貰って飲ませたいくらいだ。



平成30年 8月25日 (土)

 晴れ。
     最低気温 23.2℃ (05:38)、最高気温 31.4℃ (14:32)

 午前中、いつもの土曜日の「仕事」、箱石峠越えで南阿蘇のオープンセサミに馬の世話に行く。今日は運動会を前に、小学校の美化作業があったようだが、小生はあまり聞いていなかったので、それはカミさんと太郎が出かけていったようだ。

 午後、従兄の滉兄が娘の薫ちゃんと夫君のアルジーと一粒種のゆんちゃんをつれて来てくれた。薫ちゃんとアルちゃん一家は普段はウイーンで音楽活動をしていて、毎年夏には父君のいる博多に里帰りで帰ってくる。今年は博多に帰ってくる前に、薫ちゃんの兄貴がいる山形でもうひとりの兄貴家族と両親の滉兄夫妻が飛んで一緒に集まったそうだ。
 
 ゆんちゃんも太郎も去年のことは覚えていて、最初は照れていたがすぐに仲良くなって、楽しそうに遊んでいた。中華民国(台灣)出身のアルジーは薫ちゃんもそのメンバーの一人だがタンゴのバンドで音楽活動もしていて、彼らが今回リリースした中華民国の音楽とタンゴを融合させた楽曲が入ったCDを持ってきてくれた。アルちゃんは楽器はピアノを始めとしていろいろ弾くが、今はバンドネオンがメインのようで、薫ちゃんはバイオリンである。
 
 今回持ってきてくれたCDのジャケット、中華民国とアルゼンチンとは地球のちょうど裏表の位置関係にあるらしくて、ジャケットの片方には中華民国の、もう一方にはタンゴの本場 アルゼンチン共和国の地図が凹型に彫ってあって、その中心にそれぞれ相手国の形が赤色で彩ってある。CDのタイトルは「世界的另一個盡頭」The Other End Of The World・・・意訳すると「地球の反対側」という意味になろうか、なかなか洒落たデザインである。
 
 自然音楽の話で、小生のトランペットの話になって、じゃあ、吹いてみろということになって、小生の調子っぱずれの音を聞いて、ちょっと自分にも貸してみろと言うので、トランペットも吹けるのかと聞くと、少しだけねと言って、吹いていた。小生と似たりよったりだったが、どうして吹けるのかと訊くと、昔軍隊で仲間がトランペットをやっていたので、それでちょっと覚えたという。
 
 ええ?軍隊?と訊くと、中華民国では今も徴兵制があり一度は入隊しなければならず、音楽をやっていたので、基礎訓練の後は軍楽隊に回されてマーチングをしていて、彼はクラリネットだったが、仲間がトランペットだったからという。へえ、そうだったのか、中華民国にも徴兵制があるのだ、身近に実際の軍隊経験者がいたとは思わなかった。彼の軍隊生活でのいろいろな話、まるでコメディー映画のような面白い話がいろいろあって、小生のトランペットが糸口になって、いままで知らなかった話を聞くことが出来た。

 毎年、里帰りのように、阿蘇まで足を伸ばしてくれる彼女たち。帰り際にまた来年もきっと来てねと言っておいたが、問題は、この先、どうやってくるかだ。というのは、車を運転するのは滉兄だけだが、そろそろ高齢者運転の問題がある、現在は80歳くらいだと思うが、来年も大丈夫だろうか。去年は7月17日に訪ねてくれた、そのときもいろいろと話が尽きなかった(日記参)。そうだ、今回は「虫の声」について訊こうと思っていて忘れた。後からメールで訊いておこう。

 Welcome Algying Family 連続写真
 
 今日は昼から、天気が大崩れするような予報で心配していたが、完全に外れて、というのか、天気の崩れが遅れているのか、ピーカンの一日で本当に良かった。


平成30年 8月24日 (金)

 遠い台風の影響か青空が広がったが、いろいろな表情の雲が急いで流れていた。そして台風19号、20号のその後の位置・・・・もういいや。気圧も正直に上がってきている。被害もそれなりに出ているが当初大騒ぎしていたほどでは無かったようだ、まあ、良かった。
        最低気温 23.8℃ (01:42)、最高気温 29.6℃ (14:35)

 ラジオ体操。今日は夏休み最後の体操である。というのは土日は休みで、来週の月曜日はもう始業式である。寒冷地なので、夏休みがちょっと短く、その分を冬に持っていくのだろう。学童保育も夏休みバージョンは今日が最終日だった。
 
 午前中、コイン精米所で30キロ精米する。前回から「姫ごのみ」という品種を食べている。このコメは晩生のコメでコシヒカリなどより一月近く稲刈りが遅くなる。食感がコシヒカリよりもモチっとしていて、コメを分けてくれている農家も、うちもこれを食べている、美味いと思うから試しに食べてみろと言って届けてもらったが、確かにこちらのほうが美味しい気がする。

 阿蘇市建康推進員の研修会が保健センターであった。今日は腎臓の働きについて勉強をした。

 晩飯。オムライスを作った。


平成30年 8月23日 (木)

 曇り、遠い台風の影響だろうか空が不安定で、夕方ちょっとまとまった雨が降った。
     最低気温 23.8℃ (00:02)、最高気温 29.4℃ (13:56)
     最低気圧 994.8 hPa (15:59)
     雨は今日一日で20mmほど降った。
     最高瞬間風速 7.6 m/s(11:36)

 台風19号、そして台風20号。台風20号は日記を書いている時点(20:00)で間もなく四国に上陸して普段波静かな瀬戸内を襲おうとしている。

 ラジオ体操

 今日も、読書などをして過ごした。

 ネットの記事で、「航空自衛隊に初の女性戦闘機パイロットが誕生した。新田原基地の第5航空団に配属され、F15戦闘機に乗り、今後、外国軍機による領空侵犯に対処する任務に就く。」・・・・・フィクションの女性戦闘機乗りが活躍する小説はあるがこれが現実になったのか、手弱女だ、カッコいいな、時代だなあ、しかも新田原だ。

 晩飯。ナスの豚バラ巻き。いつもはポン酢仕立てだが、今日は甘酢あんかけ仕立てで作った。こちらのほうが子どもたちは好きなようだ。ご近所からいつもナスをたくさん頂戴するのナスを使う献立が増える。


平成30年 8月22日 (水)

 晴れ、時々曇り、台風の影響で雲の動きも騒々しい。ただ、昨夜のほうが平均的には風があったような気がする。気圧はまだ下がり続けている
       最低気温 23.2℃ (06:06)、最高気温 29.9℃ (12:16)
       最高瞬間風速 10.3 m/s (14:48)

 台風19号、予想コースに乗って進んでいるようだ、まだ相当強い台風だが、徐々に九州から離れ行っており、ここ阿蘇はずっと強風圏にもかからなずに済み、風も殆ど吹いていない。もうこの先は急に進路の関心がなくなる、一方で、あまり大したことはないと思っていた台風20号が非常に大きくなって、しかも四国か紀伊半島に上陸しそうな気配である。コース上には先ごろの豪雨災害があった地域も含まれている、非常に心配である。ただ何度も書いているが、大きな台風が直近を通りながら二つとも九州を直撃しないで済みそうなのは、これはもう僥倖といしか言いようがない、周囲の稲も黄色く色づいていて、もう間もなく稲刈りが始まる、これからも、台風はやってこないことを祈るばかりである。

 夕方、6時半頃、熊本西区で震度4の地震があったそうだが、極めて浅い地震だったのだろう、ここはピクリともしなかった。
 
 この二日ほど東京行きでラジオ体操は休みだったが、今朝から再開するので、太郎を起こしたが、これが起きない。東京行きで疲れた上に就寝が遅かったのでどうしても目覚めない。後から来いよと言って声をかけて、もうひとりのRクンも東京に一緒に行ったので多分同じ状況だろうとは思ったが、念のために、ラジオ体操の準備をして待った。そして、結局二人共やってこなかった。しかたがない、小生一人でやるか、ということで、ボッチラジオ体操をした
 
 そういう按配だから、今日の学童も休ませた。
 
 小生もなぜだか今日は全く何もやる気が起きず、適当に本を読んだり、プログラミングの本を読んで過ごした。
 夕食も何を作ったらいいか思いつかず、飯だけ炊いて、簡単に「ひや汁」を食べて済ませた

 たまにはこのように気の乗らない日もある。


平成30年 8月21日 (火)

 晴れ。
    最低気温 23.5℃ (00:00)、最高気温 29.4℃ (13:33)

 台風19号、九州の西側を結構離れて進む予想だが相当強い台風なので、まだ奄美大島付近にあるのにもかかわらず夕方にはもう結構強い風が吹いていた。気圧も下がってきている。今度の19号、これがもし直撃だったらと思うとゾッとする。
台風20号も結構大きくなっている・・・
 最高瞬間風速 8.0 m/s(17:27現在)

 そんななか、子どもたちが乗った飛行機、ほぼ予定通り羽田を発って、少し遅れて午後7時40分過ぎにあそ熊本空港に無事帰着した(写真1写真2)。台風余波の強い風で着陸時に大きく機体が浮き沈みをしてヒヤリとしたそうだが、本当にいいタイミングで帰ってきた。空港からバスで阿蘇に向けて帰ってきて、到着は午後9時半近かったろうか。
 
 帰着後、体育館で青年館ホールで行われた演舞のビデオ映像の披露があって、その後、解団式などで10時半近くに解散となった。皆んな事故もなく元氣に帰ってきた、お疲れ、お疲れ、思い出の残るいい経験をしたことだろう。

 「虎舞い」東京演舞 帰着時の様子 連続写真

 村では日中、村の仏事、お大師さん、薬師さん、お地蔵さんがあった。毎年この日は仏様ご三体をお参りする。この行事は女性が中心になって、妙法寺の庵主さんにお経を上げていただく。そのあとで、集会所で、村の老若男女全員が自分の都合のいい時間に三々五々集まって今年の当番のみなさんが作ってくれた「お斎」をいただく。我が家は太郎たちがいないので夏子と二人でお参りをしてお斎を頂いてきた

 今までは、村外れにある大師像をこの日だけ集会所に持ってきてそこでお参りをするのだが、みなさん高齢化で石仏が重くて運べないから今年から御本尊は動かさずに、集会所には仏さんの居ないお仏壇で線香をあげた。でも、やはりこれじゃあ、なんだから、とせめて来年から写真でも飾ろうかということになって、その写真の撮影の依頼を今日受けたので、来年は写真の仏様を飾ることになる。地蔵尊と大師像は同じところにあるが、薬師像は別のところにあって、我が家のすぐ前の山を少し登ったところにある。この坂がまた急坂で、庵主さんも足腰が痛くて山を登れないので、近年は山の入り口でお経をあげていただいている。こうやって村もだんだんと高齢化限界化していくのである。


平成30年 8月20日 (月)

 晴れ。
    最低気温 17.2℃ (06:22)、最高気温 28.5℃ (12:41)

 あとで引っ込みがつかなくなると困るけど、もういいだろう、二つの台風がほぼ同時にやってきて、二つともが台風銀座の九州を挟むようにして進んでいながら幸いなことに九州直撃は無いようだ、これはもう奇跡に近い。特に非常に強い台風19号、どうしても日本のどこかを横断せざるを得ないコースだが、九州と沖縄の間、奄美群島は大変だろうがこのコース・・・、こどもたちの東京行の日程なども合わせて「絶妙」な間合いだ。その上に・・・・・いや、やめとこう。四百余州を挙る十万余騎の敵・・・・   

 坂梨こども会の郷土芸能「虎舞」の東京演舞、いよいよ今日だ、朝5時半、まだ薄暗い時刻、全員遅れること無く坂梨小学校前に集合して引率する保護者など総勢約40名、貸切バスで出発してあそ熊本空港から羽田に飛び立っていった

 「坂梨虎舞い」東京に向けて出発 連続写真

 そして、午後から東京青年会館のホールで練習の成果を披露して大成功だったという報告が入った。後は今日明日と東京見物をして明日の夜に帰ってくるそうである。

 今日は夏子の16回目の誕生日。母親と太郎は東京に行っていないので、小生と二人だけの誕生会になった。なにかプレゼントに欲しいものはあるかと訊いたが、特に無いと言う。太郎にしてもいわゆる年頃の物欲がない。こういう田舎にいるとあまり外部からの刺激がないので自然そうなるのだろうか、なかなか親孝行のこどもたちでもある。
 
 それじゃあと言うことで、小生が腕を奮って晩餐会をした。何か食べたいものはあるかと訊くと、(母親でなくて、小生がいつも作る)煮込みハンバーグが食べたいという、そうかそれじゃあと、特製のつばめグリル風のハンバーグを作ってやった(写真1写真2)。自画自賛になるがこれはウマい、自分で言うのも変だがウマい。それからお腹いっぱいメロンが食べたいというのでメロンを二人で一個食べることにした。腹いっぱいだと丸々一個になるが、以前同じようにプリンをお腹いっぱい食べて、食べすぎて、以来プリンが嫌いになった経緯があるから、腹いっぱいはやめて、半分にしようと言うことになったのだ。それから、定番のバースデーケーキ、菓心なかむらさんにお願いした。そして、結局お腹いっぱいになってメロンまでは手が出ずに明日に回すことにした。


平成30年 8月19日 (日)

 晴れ。明け方18℃を切った、暑い時期と違って薄いタオルケットで寝ていると体が冷えるようで発汗作用も少なくなって、歳のせいで夜中に二三度小便に起きる。
       最低気温 17.4℃ (05:53)、最高気温 28.8℃ (15:22)

 台風20号が発生して、19号とほぼ一日遅れで、同じコースを日本にやってくる、日本に近づくと少しコースが分かれるようだが。
 
 台風19号予想コース 気象庁 JTWC 
 台風20号予想コース 気象庁 JTWC

 太郎は「虎舞」の最後の練習があった、道具や衣装類はもう東京に送ったので、ほとんど衣装なし鳴り物無しの練習で昼過ぎに締めくくった、明日はいよい一泊二日で東京行きだ、朝、5時半の集合だから遅れないようにと言う注意があった。
 (写真1写真2写真3写真4
 
 夏子は進学通信教育の夏期講座というのかオープンキャンパスというのかがあるとかで、日帰りで母親と二人で高速バスで福岡にある九州大学まで出かけていった(九州ではここだけのようだ)。今の熊本の若い人は高速道路があり、新幹線もできたので普段でも実に気軽に福岡まで遊びに行くが、福岡熊本間は今はそんな距離になったのだ、昔は一日がかりだった。
 
 太郎は午後は、お習字の教室に出かけて、展覧会に出すのだろうか大きな作品を書いていた、太郎は時々習字の練習にいっているようだが小生はノータッチ、今日も母親に頼まれての送り迎えだけでその中身は知らない。
 
 今晩は太郎と二人の夕食になるので、何が食べたい?と訊くと・・・とろろ!・・・またかあ、たまには他のものにしないか?・・・いや、とろろ!ということでとろろ汁を作った


平成30年 8月18日 (土)

 晴れ。今朝は寒くて目が冷めた、あわてて毛布を引っ張り出した。このまま一気に秋に向かうのだろうか、まだ8月も中旬だと言うのに。
       最低気温 17.6℃ (04:26)、最高気温 29.1℃ (14:33)

 台風19号、まだ、行き先定まらずフラフラしている、それでも大分予報円が狭まってきた、そうこうしているうちに、間をおかずにすぐ後をこれは多分台風20号になるのだろう、ほとんど同じコースで日本列島を窺っている。

 午前中、箱石峠超えで南阿蘇のオープンセサミに馬の世話に行く。写真1写真2写真3写真4

 午後二時から、村の行事、妙見祭が行われる


平成30年 8月17日 (金)

 晴れ。めっきり涼しくなった、このまま気温が下がっていくのだろうか。北海道の大雪山系黒岳では記録的な早さで初雪が降ったそうだ。
     最低気温 21.3℃ (19:34)、最高気温 26.9℃ (14:28)

 台風予想進路、 少し予想コースがフラフラしているが、大体このあたりだろうか、後は大きさ強さだな。
     気象庁  JTWC

 ラジオ体操

 太郎の夏休み中の学童保育、普段は放課後だけだが、夏休みとなると一日の保育になるので、施設側でも子供たちが退屈しないようにいろいろと工夫をしてくれている。その中の一つにクッキングがあって、カレーやハヤシなどもあって、その日は白ごはんだけを持っていく。昨日だったか、そのクッキングに「タコライス」なるのもがあって、夕方迎えに行って一緒に帰るときに、太郎「タコライスというから、ご飯の中にタコが刻んではいっているのかと思ったけど、全然違うものだった」と言う。「えっそうなのか、お父さんもてっきりそうだと思っていたけど」。と言って家に帰って調べたら、タコを混ぜたご飯とは全く別物だった。こんな食べ物があるとは今の今まで知らなかっt。でもなあ、レシピをみたけどこれは若い人が好きなジャンクフードと呼ばれるものだろう、どうも小生の「感性」には合わない食べ物だなあ、少なくとも今度作ってみようとは思わない食わず嫌いの食い物だ。

 ここのところ、外作業で苦痛を感じるほどの暑さは無くなっているがどうもこのお盆休みで怠け癖がついてしまったようで、今日も外での作業はしなかった。

 太郎、午後7時から虎舞の練習があるので少し早めに食事を済まさせた。今晩はチキンカツを揚げてポテトサラダをたっぷり作った


平成30年 8月16日 (木)

 晴れ、夕方からちょっと曇りがち。
     最低気温 23.6℃ (06:54)、最高気温 28.9℃ (09:57)

 おーい、また来るぞー。全く気の休まる暇もない、子どもたちの東京行き、ギリギリセーフ・・・・かな。

 お盆休みも終わって今日からまたラジオ体操が始まった

ようやくお盆休みが終わった、皆(夏子は課外授業と部活、太郎は学童保育)出かけて昼飯の心配もしなくていいし、さあ、小生のお盆休みだ。

 朝一番で、宇治歯科に三月に一度の歯のメンテナンスに行く。
 
 カミさんが数年前にお払い箱にしたノートPC、DELL INSPIRON 1300、去年だったか小生がCPUをPentium M 1.70GHzを2.00に交換してOSもXPからWin7に入れ替えて使えるようにしてあったが、キーボードの「M」の文字がパンタグラフの故障で浮き上がってどうしても直らず使いにくい上に、バッテリーが死んでしまっていて、それらをずっと交換したいと思っていたが、キーボードだけで数千円、バッテリーも数千円、バカバカしいのでオークションでジャンクが出ていないかと時々見ていたところ、液晶が壊れているやつが1,000円で出ていたので、他に競争相手がおらず落として送料込みで2,000円で入手した。
 キーボード部分は写真で判断できるがバッテリーについては何も書かれていなかったが、写真を見る限り、アクシデントで液晶が物理的に割れたようで使用期間としてはそんなに長く使ったものではなさそうなので、バッテリーにも期待をして落としたのだが、想像通り、バッテリーも全くくたびれてはおらず、結局キーボードとバッテリーを2,000円で修理できた

 Windowsエクスペリエンスインデックスを見ると、一番低いのが1、これはグラフィック関係でゲームなどで使うにはよろしくないが、他の数値は十分に使用に耐える。マイコン工作のプログラミングなどに使うには十分すぎるので、ヨーソローである。
 
 で、今回、入手した液晶が壊れたPCだが捨てるのは勿体無い・・・外付けのモニターをつければ使えるし、液晶のジャンク品を手に入れて取り替えることも出来る、CPUも交換できる、OSも入れ替えて・・・・・やめた、やめた、キリがない。
 
 晩飯。炊き込みご飯、刺し身、だし巻き卵、冷や奴、味噌汁など


平成30年 8月15日 (水)

 大分県日向市に午前三時ころだったか上陸した台風15号、午前四時ころに阿蘇の真上を通過していった。らしい。知らなければ全く知らないで済んだ台風だった、ほとんど風もなく、雨もほとんど降らなかった。こんなもの、台風なんて呼ぶな、台風の定義を変更しろ、だ。普段もっと強い風がいくらでもある。誰もが今回の台風を台風として認めていなかったようで誰も本気に捉えていなかったようだ、市の防災無線も今回は何も言わなかった(ような気がする、いや少ししたかな)、避難場所も開設しなかった(と思うが、どうだったろう)。
     最低気温 23.4℃ (05:45)、最高気温 27.8℃ (15:29)
     最高瞬間風速 11.2 m/s(05:17)
     本日の雨量 7.9 mm
     最低気圧 999.7 hPa(04:14)
     
 今日が大東亜戦争の「終戦記念日」だということはニュースなどで聞かなければ思い出すこともだんだん少なくなってきている。もう73年前になるのか、小生二歳の時で、博多で焼け出されて疎開して祖母が住んでいたこの地で終戦を迎えた。その日のことは覚えていないが、その後、どのくらいいたのだろう、一年くらいだったろうか、引き揚げて戻る時の博多駅での混乱した光景はおぼろげながら覚えている。
 
 「山口・周防大島町で行方不明となっていた 2歳の男の子を無事発見」・・・これなんかよくわからない事件(事故)だが、この子も二歳だという、二歳になるともうちゃんと受け答えができる年齢なんだなあ、あとはその時の記憶が後々残っているかどうかだけなんだろう。

 夏子は他県の高校に行っていて夏休みで帰ってきている友人と二人でバスで光の森に映画を観に出かけていった。最近はこの「やまびこ号」という大分と熊本を結ぶバス、予約制になったそうで、それを知らないで乗ろうとすると乗れない事があるそうだが、もし乗れなかったら小生が送らなければならないと思っていたら、空席があったようでLINEで無事に乗れたと言ってきた。娘が帰ってきてから、鉄道がちゃんと通じていれば片道700円強で行けるのに、バスと鉄道を乗り継いで1,200円(だったか)かかった、とボヤいていた。
  おい!f-JR九州、大津~阿蘇間の代替バスを走らせろ、公共交通機関としての自覚を持て、社会的な責任を果たせ!

 夕方、子どもたちと送り火を焚いてご先祖様をお送りした、今年も「現地解散」ということでご勘弁願った。改めて日記の「例繰り」をしたわけではないが、確かここ二年ほど、天候のせいなどでご先祖様を山まで送る代わりに送り火を焚いてお送りしている。ひとつにはだんだんとしんどくなって来ているのもある。今年も多分そうなるだろうと、予め「オガラ」を買っておいたので、それを焚いて送った。去年などオガラが無いので線香を焚いて送ったがやはり古式に則ってオガラでなくてはと事前に用意をしておいたのだ。迎え火、送り火に焚く「オガラ」、このあたりではそういった風習がないのか、あるいはタイミングが悪かったのか昨年も二三軒の店にあたったが、売っていなかった。そこで先日、山を下りたときに、下の大きなスーパーで見つけて買っておいた。
 
 この「オガラ」、小生は芋ガラだろうと長い間思っていた。「オガラ」を字引で引くと、麻幹、苧殻という字が出てくる。麻の外側の繊維を取った後の中の幹部分をさして、「オガラ」ということを今回初めて知った、苧殻の「苧」と言う字がイモ「芋」という字に似ているから芋ガラだとずっと思っていたのだ。
 
 昨日風呂で知り合いが交通違反で罰金を取られたとボヤいていた。どんな違反かと訊いたら、信号のない横断歩道に人が立っていたけど、歩行者は渡ろうと行動を起こしていたわけでもなく、前後の状況からここは通過してもいい、通過したほうが良いと判断して通過したら、先の方でお巡りさんが待ちかまえていて、停まらなかったから違反だと切符を切られたそうだ、減点2点で反則金9,000円だそうだ。本人の「自供」だけで詳しい状況はわからないけど、道交法で厳密に言ったら違反なんだろうが、これも時と場合で、全部の車がルール通りに止まっていたら道路が道路として機能しなくなるだろう、特に都会では。

 お姉ちゃんが居なかったので太郎に今晩何を食べたいか?と問うたところ、チンジャオロース、しばらく食べていないけん食べたいと言う。そうか、じゃあそうするか、ということで、今晩はチンジャオロースをたくさん。自分で考えるのが面倒なのでリクエストしてくれると楽である。



平成30年 8月14日 (火)

 晴れ。今日も風があり凌ぎやすかった。
   最低気温 21.8℃ (01:46)、最高気温 31.1℃ (14:10)

 台風15号・・・結局ここを通るのか・・・・でも台風と言えないほど大きさのようだ、全く何も準備をしていない、ベランダのものも一切片付けていないがさてどうなるやら。

 坂梨公民館で、坂梨地区のラジオ体操大会が開かれた。毎年、お盆休みを利用して、多分、帰省した人も対象にだろうと思うが開催される。過疎化と少子化で年々参加者が減っていて、今朝などは太郎を連れて行ったときは主催者の大人が二三人いるだけ、体操が始まるまであまり時間が無いので皆やきもきしていたが、ギリギリになってようやく人が集まり始めて、一応は「らしく」なって皆ホッとしていた。そのくらい今年は人数が少なかった。
 
 体操の後には恒例の風船飛ばしをして、参加賞の花火などをもらって帰ってきた。
 
 坂梨地区ラジオ体操大会 連続写真
 
 先日、虎舞の東京演舞を前に壮行会が開かれたがその様子が今朝の地元紙に載った、昨夕は、地元テレビ(RKK)でその様子が放映された、太郎もインタビューに答えていた。太郎いわく「大きな演技をしたいです」・・・どこでそんなセリフを仕入れたのだ。

 今日は日本山妙法寺の庵主さんがお経をあげに来てくださった。庵主さんは村の各戸を順番に廻ってお経をあげられるが、我が家は順路からいって最後近くになるので午後三時半ころお見えになった。

 昨日世紀の発見?希少植物の「ノカンゾウ」をみつけたと興奮したが、じっちゃいがそれ「キツネノカミソリ」じゃないかと教えてくれて、ネットで確認したところ、どうもそのようである。阿蘇の希少植物の保護活動をしている岩下さんに電話をして、こうこうこう言うわけでノカンゾウだと思ったが、キツネノカミソリのようなので、わざわざ確認においでになるほどのことではありません、一応、写真を撮っておきますから、おついでのときにでもお立ちよりくださいと伝えておいた。
 
 晩飯。豚大根など


平成30年 8月13日 (月) お盆

 晴れ
 台風はまだかなり遠いところにあって、しかも大きな台風ではないようだから、その台風の影響では無いと思うのだが今日は風が結構強くて、その風が家の中を吹き抜けていたので気持ちがいい一日だった。天気図
     最低気温 23.7℃ (06:08)、最高気温 31.9℃ (12:53)

 カミさんはここのところ虎舞がらみで結構有給休暇を使って、さらにこの先も東京での演舞についていくので普通ならお盆休みをとるところだが、休まずに仕事に出ていった。
 
 ご先祖様をお迎えに、子どもたち二人を連れて山に登った。夏子も一緒に行ったのはいつだったろうか。お墓にお参りをして、ご先祖全部の墓石一基一基にペットボトルの(閼伽)水をかけて(写真1写真2)、太郎が(自分でそう言っているのだが)ご先祖様(の魂)を背負って、途中、うちの墓のちょうど下にある妙法寺に寄って、開祖日達さんのお墓に手を合わせて本堂に廻って庵主さんにご挨拶をした。そして庵主さんにおやつをもらって帰ってきた(寄ると必ずくださる)
 
 いつもはいい加減にしているご仏壇も今日は綺麗にしてご先祖様をお迎えした。
 
 毎年、午後一番で円通寺様がお経をあげに来てくださるのだが、今年は初盆の家が多くてちょっと時間が遅れるかもしれないとのことであったが、確かに午後二時半ころだったろうか、坂本和尚がお経をあげに来てくださった。今日はお寺さんの「師走」で、忙しそうん走り回っておいでだった。
 
 その後で、八千場の分家の墓にも香華を手向けてきた

 この地は初盆参りと言って、初盆のお宅にお付き合いのある人はお参りをする。狭い地域なので普段からたくさんのお付き合いがあるので、初盆のお宅にはお参りの人で引きも切らずという光景が見られる、道を歩いていても、そのための車の往来やお参りのために少し改まった服装をしていてすぐそれと分かる人があちらこちらで行き交っている。人によっては十軒以上回る人もいる。小生は今年は我が家の隣家(と言っても200mほど離れているが)一軒だけだった。
 
 流石に今日の国道は交通量が多かった、そして、スーパーも年末並の賑わいようだった、久しぶりに帰省で帰ってきた家族と楽しい夕食を囲むためだろう。風呂も普段見慣れない顔でいっぱいだった。

 晩飯。精進揚げ(ナス、ジャガイモ、タマネギ、オクラにエビを加えて)
 
 これ、一重だから希少植物の「ノカンゾウ」だと思うのだがなあ、「ヤブカンゾウ」じゃないよなあ・・・・


平成30年 8月12日 (日)

 昨日は山の日だった、単なる土曜休みかと思っていた、今朝気がついて、昨日の日記に日の丸を追加しておいた。

 晴れ。
     最低気温 23.7℃ (03:40)、最高気温 30.9℃ (14:11)

  ん?台風15号・・・まだまだ今の段階では海のものとも山のものとも・・・いやこれは海のものだが、どうなるかわからない、あまり強い台風でもなさそうだし・・・・気象庁 JTWC

 もうお盆休みに入っていて、トンネル工事や道路工事のトラックの行き来もなく静かな一日だった。我が家の連中はそれぞれ自分のことをやって過ごしていた。小生も楽しくマイコンの勉強をして過ごした。


平成30年 8月11日 (土) 山の日

 晴れ。風が少し強かった、気温はあまり上がらずに過ごしやすかった。
      最低気温 20.3℃ (05:51)、最高気温 29.3℃ (15:36)

 台風14号はいいとして、また次なる台風が生まれそうな気配がする、これは15号になるのだろうか

 世間では実質今日からお盆休みが始まった、国道57号線も心持ち交通量が増えたようだ。夏休みの旅行客と故郷を故郷で過ごす帰省客とでしばらくの間阿蘇は賑やかになる。

 午前中、オープンセサミに馬の世話に行く
 
 太郎とカミさんは虎舞の練習に旧坂梨小体育館へ。カミさんは午後からも東京公演用の衣装のアイロンがけや荷造り発送で出かける。

 小生はゆっくり、自己啓発とAmazonのビデオ映画を楽しむ。


平成30年 8月10日 (金)

 晴れ。もう乾燥しすぎたのだろうかここのところずっと夕立も無い。
     最低気温 20.4℃ (05:41)、最高気温 30.2℃ (14:57)

 台風14号、いいね、いいね(こちらに来なくて)。やめとこ、穴二つになるから。

 ラジオ体操 写真1写真2

 今日は二三の用件もあってついでに、いやこちらがメインだが、光の森に『ミッション:インポッシブル/フォールアウト』を観に行った。公開した時はもっとゆっくり出ればいい時間だったが、上映開始の時間が少し早くなって朝9時30分になっていたので、ラジオ体操をしてボンの散歩をして急いで一人で朝食を済ませて家を出た。 

 普段早い時間に映画館に行くといつもは小生のような爺さん婆さんばかりだが、今日は子どもたちとその引率の母親たちで賑わっていた、夏休みだから、子供向けの映画をいくつもやっているからだ。

 いやあ、おもしろい映画だった、小生の評価、最高ランクの映画だった。字幕版だったせいもあるが、この手のインテリジェンスものは、誰が味方で誰が敵かちょっと判りにくかったが、それを割り引いても最高に面白かった、日本映画では逆立ちしたって絶対に作ることが出来ない映画だ、出来たらもう一回観たいくらいだ。

 最近は歳のせいか、昔に比べると尿意を覚える間隔が短くなって、映画一本を見終わる頃だいたいいつも尿意を覚える。歳を取るとその合図がじわじわくるのではなくて、いきなり満タンの信号がでる、ちょど映画が終わってエンドロールが始まる頃だ。ほとんどの観客はエンドロールが始まるとさっさと席を立って帰っていくが、最近の映画はエンドロールの後に時々また映画の続編を予感させるようなシーンが入ることがある、だから、いつもトイレに行きたいのを必死で我慢して、エンドロールが終わるまで席に座っているが、ところがこのエンドロールというやつがまた長くて延々と続くのだ。で、今日は・・・エンドロールの後は何も無かった・・・・・

 夏になると皆もう無条件で迷うこと無くエアコンを入れて走る。果たして本当に必要なんだろうかと思って、へそ曲がりなので、今日は山を下りるにあたってエアコンを切って窓を開けて走った。下界は今日は記録を見ると34℃以上あったようだが、結論、特にどうということはなかった、コンクリートに囲まれているとしても都会と違って隙間なくコンクリートや車に囲まれているわけでもなく渋滞もなく空間が広いので、暑くないとは言わないが、我慢できないほどでは全然なかった、というわけで今日は行きも帰りもエアコンを入れなかった。昔は今年ほど暑くはなかったかもしれないが、車にエアコンなんか無かったのだから、それで平気で走っていたのだから、それを思えば無くても特に困らない、あまり暑い暑い、気をつけろ気をつけろ、エアコンを入れろ入れろと騒ぐものだから、入れなければならないと皆暗示にかかっているようなものだ。そして今日走りながら行き交う車を見ていたが、窓を開けて走っていたのは小生だけだった。
 
 我が家の三人組は、小生が戻ってくるのと入れ替わるようにして「くまもとマーチングフェスティバル」に出かけていった。毎年この時期、熊本県下の学校や県警などのマーチング部が一同に会してその演技を披露する。結構人気の催しで、アマチュア集団ばかりの出演にしては結構な入場料を取る。夏子は去年まで出演する側でその家族もどちらからと言うと舞台裏から見ていたようだが、今年は一般の観客席で見ることが出来ると楽しみにして出かけていった。開始は夕方近くからだろうから日中の暑さは少しは収まっていることだろう。


平成30年 8月 9日 (木)

 晴れ。朝、18℃近くまで気温が下がった、このくらいまで下がるとちょっと肌寒く感じた。
      最低気温 18.1℃ (05:31)、最高気温 31.5℃ (13:31)

 台風13号、まだこんなところにいる。今回の台風、心配していたようなことにならずに済んだようだ。千葉の梨園は大丈夫だったろうか。

 ラジオ体操 写真1写真2

 73年前の今日、広島に続いて長崎に原爆が投下された。ちょど投下された11時過ぎに防災無線のサイレンに合わせて黙祷をした。
 
 太郎、午前中、虎舞の練習。夏子はちょっと風邪気味で午前中寝ていたが、なんとか大丈夫そうだ、夕方ピアノのレッスンに行った。

 昨日の日記にPICが解っても、実際にどう応用するかが、本当は大変なんだろうと思う。と書いたが、そのあたりをもう少し。
 PICというワンチップマイコン、マイコンと言うからコンピューターである。ということはプログラムで動く。そのプログラムを一個数百円の小さなPICなどのというICにプログラマーという道具を使って書き込んで、それにいろいろな周辺機器をつないで使う。その周辺機器に何を使うかが実際にそのPICを使う立場に立たないとアイデアが生まれてこない。

 実際にPICなどのワンチップマイコンは炊飯器、冷蔵庫、洗濯機、エアコン、電子レンジなど凡そ現代のあらゆるところで使われている。

 ここは農業地帯なので、農業にいろいろな面で使うことが出来る。例えば、田んぼの水管理、ハウスの温度湿度管理、スズメ脅し、イノシシ脅しなどなど。
 
 田んぼの水管理で言えば、ある線で水門を開けてやるとか閉じるとか、ハウスの場合、気温が上がりすぎた場合、逆に下がった場合ハウスの開放部を開いたりとか閉じたりとか、水分が不足してきたら水をやって、やり終わったら栓を止めるとか、スズメ脅しはただ単調に一定間隔で大きな音を出すのではなくて、スズメに学習をさせないようにランダムに田んぼのアチラコチラに置いてある、まあ、カカシのようなものを音響と併せてヌッと立ち上がらせたり、座らせたり、イノシシの場合は赤外線などを使って近づいたら犬の鳴き声などで追っ払うとか、などなど。

 これらは、どれも、ある状況になった場合にそういった装置のスイッチを入れたり切ったりするということである。単純に言ってしまうとこのスイッチのオン・オフをPICがするのである、スイッチのオン・オフと書いたが、ゲジゲジのようなPICにたくさんある入出力ピンを自在に使ってそれぞれのピンに電圧がかかっているか、いないか(あるいは電圧をかけるか、かけないか)、または1か0か(1にするか0にするか)を自在にコントロールするのがPICなのである。
 
 スイッチのオン・オフと言っても、いろいろなオン・オフがあって、例えば水位計センサーが(水位が下がるなり上がるなりして)ある線まで水が来たら、その情報をPICに送って、その信号を受けたPICが今度は水門を開けたり閉めたりする装填にどう動けと言う命令を送って、決まった線まで水位が達したら、水門のスイッチを切れだとか入れろだとかの指示を出すと言ったオンオフである。だから実際にはPICがそういった仕事をするのでなくて、PICにつながったいろいろな周辺装置が直接的に仕事をするのであって、PICはその命令をするだけである、つまり人間の目、手足の役割をするのであって、田んぼまで行って人間が状況を見ながらスイッチを入れたり切ったりするのを代わりにPICが自動的にするのである。だから実際のところはPICよりはそのPICにつなぐそういった機器類の値段のほうが高いのである。それでも、メーカーものを使うとびっくりするほど高いと思うのだが、自作すると相当安く出来ると思うのである。いずれにしてもこういった装置をゼロから作るなり買うとなると非常な出費を強いられるが、今現に人力で動かしている装置があればそれにPICを繋げばいいのだからそれほどカネもかからないだろうと思うのである。ただこういった装置の自動化は実際に自分で農業をやっていて現場に居る人間でないと実際には具体化しにくいのだろう。
 
 ここに書いたことはマイコンでできるほんの基本部分のことであり、ちょっと、いや非常に高度すぎるが、色センサーや大きさセンサーなどと組み合わせてマイコンロボットのようなものを作ってトマトの自動収穫装置だとかに発展させることもできるのではと思うのである。
 
 とまあ、人口減少や農業従事者減少による労働力不足を補うためにワンチップマイコンやマイコンボードは使い方によって非常に有効なツールになり、これを地元の学校教育にどうして取り入れないのかと歯がゆい思いをするのである。

 晩飯。小生が考えるのは面倒なので、子どもたちに何食べたい?・・・酢豚!、へいへいお安いご用だ、と酢豚を作った
 昼には早速三人で「ひや汁」を食べた、太郎は初めてだったが美味そうに食べていた。夏のあいだ、何度か手っ取り早くこれで昼飯を済ますとしよう。


平成30年 8月 8日 (水)

 晴れ。数字的には高い気温だったが凌ぎやすかった。
      最低気温 21.3℃ (05:14)、最高気温 33.2℃ (13:40)

 台風13号、当初の予想よりかなり右方向にずれてきて首都圏直撃は免れたようだがもうこれ以上は曲がらないのだろうか、カミさんの親戚二軒が千葉で梨園を経営しているが、被害が少ないことを祈るばかりである。

 ラジオ体操
 ラジオ体操の途中で突然体操を中断してJRの事故で運転「見合わせ」の放送があった。第二ラジオ体操の真ん中辺りだった、九州地方ローカルだけだと思うが、それでもこの放送でラジオ体操をしている人数がどれくらいあるかNHKは考えたのか、地震速報ならまあ分かる、たかがローカル鉄道の運転見合わせ、二三分待って体操が終わってから放送すれば済む程度の事故だろう、ラジオ体操を中断してまで放送をしなければならないほど寸刻を争う交通情報でも無いだろうにどうしてちょっと待てないのだろうか、全くセンスを疑う。放送中断中、小生はアカペラで体操のメロディーを口ずさんで太郎と二人で体操を続けて、放送が復帰したときに放送の進行とほぼ同じ位置で体操に戻る事ができた。

 太郎、旧坂梨小学校体育館で虎舞の練習。(写真1写真2写真3
 迎えに行って待つ間、久しぶりにグランドに出てみたら、想像以上に綺麗に保たれていて、生えた草も綺麗に刈ってあったので天然芝のような運動場になってた。校庭にどっかと植わっていたプラタナスが二本切り倒されていた、一本は結構腐っていたので安全のために切り倒したのだろうか、この一本に以前ニホンミツバチが巣を作っていた。切り倒した後からもうヒコバエが芽を出していた。プールも綺麗に整備されていてどこかの施設が借りたのだろうか子どもたちが元氣に水遊びをしていた。

 太郎を迎えに行って帰ってくると、玄関の伝言板に・・・・じっちゃいが寄ってくれたのだ、すぐに電話をしたらもう高森まで戻っていて今日は帰ってから予定があって時間がないからすぐに折り返したとのこと、申し訳なかった。
 
 じっちゃいが持ってきてくれたお土産のなかに、「ひや汁の素」と自家製のニホンミツバチの蜜が入っていた、明日にでも早速本場宮崎のひや汁を頂戴することにする。この「ひや汁の素」は最近「鶴瓶の家族に乾杯」で宮崎を旅したときに登場したというひや汁の素のようである。
 
 もう周辺の田は稲穂が黄色く色づき始めて、最初の頃は葉と穂が両方共垂直に立っていたのに、穂に実が入って穂部分だけが葉と分かれてかなり頭を垂れてきた、あと一月もすれば稲刈りだ、田んぼにはカカシも立ち始めた。面白いことに、隣の馬場地区の人達はこのカカシが好きでいつのころからか毎年あちらこちらに意匠が凝ったカカシを立てるが、すぐ隣のここ豆札の人たちはどうもそういった遊び心と言うか風流心が無いのかどうか知らないが、どこにも立っていない。太郎がカカシはどうやって作ると?と訊いてくるので、そうだオマエ、夏休みの自由研究でカカシを作ったら?このアイデアはユニークだからきっと注目されるバイと言ったところ、ウーンと考えていた。

 苦節20年、ようやくアセンブラが解った、尤もアセンブラと言ってもPICアセンブラでしかもたくさん種類のあるPICのなかでPIC16F84に限られていて、それに、解ったと言ってもまだホンのとば口だけだが。それでもこのとば口が最大難関でここを突破すればあとは(一を聞いて十を知る小生?)楽なものである(と思っている)。そしてこの次にこれを実際にどう応用するかだが、本当はこの応用部分が大変なんだろうと思う。

 ところがこの20年の間に、PICマイコンはかなり時代遅れになってきているようで、PICと同類にAVRやH8(だったかな)などがあり、どれがどれでそれぞれどうやって使い分けるのか、混乱するばかりである。
 
 そこに近年はマイコンもどんどん進化してきていて、マイコンの領域を越えてもはやコンピューターになってきているものもある。
 最近はArduino(アルドゥイーノ)やRaspberry Pi (ラズペリー・パイ)と言ったマイコンも広く普及してきている。このラズバイはもう完全にコンピュータだろう、ところがこのラズパイが数千円で入手できるのだ。
 
 ただ、問題は、これらどのマイコンも、WindowsのようなOSは無いので買ってきてすぐに使えるわけにはいかない、自分で動かすにはある程度のスキルが必要になってくる。そのスキルと言うのがプログラミングで、そのためのプログラミング言語が出来なければどうにもならないのである。
 
 ところがこのプログラミング言語というやつが無数にあって、一体どのプログラミング言語をつかえば良いのかという事になってくる。で、いろいろ読んでみたが、アセンブラは一番基本のプログラミング言語で、一番CPUに近い言語である。このCPUに近い方のプログラミング言語を「低級言語」と言って、反対に人間に近い方のプログラミング言語を「高級言語」と言うが、人に近いということは、人があまりCPUの細かなことを知らなくても、相対的にであるが人が普通に会話するようにプログラムを組むことが出来るプログラミング言語ということである。BASICなどはこの高級言語になる。最近は幼児や小学生のプログラミング言語として、モニターを見ながらマウスなどを使って簡単にプログラムを組むことが出来るような言語も登場しているようであるが、そういった扱いやすいプログラミング言語も見えない所では機械語変換をしているわけで、人間からみるとブラックボックスになっていて、理屈は解らなくてもプログラムを組むことが出来るようになっている。
 
 さて、どのプログラミング言語を選ぶか、であるが、アセンブラの次に?C言語があり、その進化系と言うか変形というか、Cなんとかかんとかなどがあって、Raspberry Pi などはPythonというプログラミング言語を使うらしい、これなんかCの変化系のようだが。
 使用目的によって、選択するプログラミング言語も違ってくるようで、機械制御などが目的であればアセンブラやC言語系統になるのだろうか。いずれにしてもアセンブラが少しでもわかってくると、C言語を見てもあまり慌てない自分に気がつく。アセンブラをしっかりやっておけば他の言語にもそれほどの苦労は要らずに入っていけるような気がする。以上、ざっと、独断と偏見のアセンブラについての理解である。
 
 晩飯。ナスの豚バラ巻き、焼きなす、春雨サラダ、ナスとタマネギ、オクラの味噌汁などなど。とにかくご近所からいつもたくさんのナスを頂戴するのでナスを使う献立を一生懸命作っている。


平成30年 8月 7日 (火)

 晴れ。風があり爽やかだった。
    最低気温 21.7℃ (05:48)、最高気温 31.4℃ (13:15)

 台風13号、関東方面に進んでいるが、大分右の方に曲がってきている、もう一息だ。それとはまた別に・・・

 ラジオ体操

 午前中、太郎は旧坂梨小体育館で虎舞の練習、

 太郎を虎舞の練習に送って、そのまま、八千場霊園に分家の墓掃除に行く。思ったほど草は生えていなかった。阿蘇坊主どのの命日は確か明日のはずだ、併せて近くにあるお墓にお参りをした、もうまる三年になるのだ。戻って、家の入口の草も刈る。まあ、それほど暑くはなかったが汗をかいて爽快爽快。

 夏子は午後からクラブ活動、昼飯は二人に素麺。

 太郎を美容室に連れて行ってくれと頼まれていたので、夕方連れいていく。この美容室は住宅街にあってお一人で店をやっておいでで、非常に人気がある店で、我が家の三人組は皆この美容室にお世話になっている、小生は生まれて初めて美容室なるところに入った

 晩飯、カツカレー。子どもたちに何を食べたいかと訊くとカツカレーが食べたいという。昨日も揚げ物だったが、暑い夏はどんどん食べたほうがいいし、小生も好きだからじゃあそうするかとカツカレーを作った。カレーは最近レトルでも美味しいので、トンカツだけ揚げた、トンカツはやはり揚げたてのほうがいい、小生はカレーはかけずにトンカツを食べた(最近1キロほど体重が増えているヤバイ)。


平成30年 8月 6日 (月)

 晴れ。記録を見ると結構高い数値になっているが、「別に・・・」という感想である、体感的には大したことはなかった。今日も夕立はなかった。
    最低気温 23.4℃ (04:29)、最高気温 34.1℃ (13:53)
 阿蘇市のアメダスポイントの最高気温はこれほど高くはなかったが、南阿蘇でも34℃近くを記録している、ちょっとのことで違ってくるのだろう。
 
 台風13号、世界のいろいろな機関で予想をしているようだが、選り取り見取りだ。我が気象庁ももうすこし手前で右に回頭して欲しいところだが、それほど大きな台風では無いような気がするものの台風が自分のところを目指して刻一刻一刻迫ってくるときの気持ち、なんだか胸が締め付けられるような気分になるものだが、今回はその気持にならずに遠くから心配をしていられるのが幸いである。

 オリンピックの酷暑対策でサマータイムを導入とかなんとか言っているようだが、たかがオリンピックごときのために思いつきでやるもんじゃない。小生が子供の頃、終戦直後だったが、日本もサマータイムを導入したことがあり、小生はその時にこの言葉を知った。父親から教えてもらって、夏の間だけ時間が少し早くなったんだなあと思ったことを覚えている。しかし、それが実社会にどう影響があったのなんかはもちろん子供の頃なので知らないが、あの時と比べて、現代は遥かに社会が複雑になっていて、あらゆるものを一斉に時間を繰り上げるということは昔と違って大変なことだということは間違いない、大混乱が起きること間違いなし、そもそもサマータイムを導入したらそれで涼しくなるわけじゃなし、マラソンなんかスタート時間を繰り上げれば済む問題だろう。世の趨勢はどうなんだろう、議員立法云々と言っているようだが、ムードでやるなよ。

 ラジオ体操 今日から数日間、Rクン不在につき太郎一人の体操になる。家でやってもよかったのだがたとえ一人でもちゃんと公民館で体操をした。

 ボンにフィラリア予防薬を投与(3/5回)

 広島原爆の日、慰霊の黙とうの呼びかけが防災無線であったので、太郎、遊びを中断して黙とうをしていた。太郎は今日中に夏休みの宿題を全部終わらせると言って、一生懸命宿題帳に取り組んでいた、そして、夕方には全部終わったと言っていた。宿題帳の他には無いのだろうか。

 太郎は今週、虎舞の練習が午前中になったので、今週はとりあえず学童を休むつもりでいる。10時から坂梨公民館で練習があるので小生が送迎をすることになった(なんだ小生今週は遠出が出来ないじゃないか)。
 
 そろそろお盆を前に、墓の草刈りをしなければとカレンダーを見ながら考えていたが、小生のやり方だとまだいいなもう少し先でいいなとなるところ、突然、何が作用したか、突然今日やっちゃおうかと決めて、準備をして太郎を公民館に送った足でそのまま墓のある裏山に登った。
 
 墓地は墓石がたくさんあるので、刈払機は丸歯がついたものと、ナイロンコードのものと二台あったほうが都合がいいので、二台を一括りにして持って登ったが、一台の時はあまり感じない重さが二台一緒になるとこんなに重いものかと感じる重さで、フウフウ言いながら山に登った。
 
 とにかく墓掃除はお盆の時の年一回なのでさぞや草ボウボウだろうと思っていたら、思ったほど生えていなかった、どうしたのだろうか。そういわけで、約一時間ほどかけてざっと草を刈って山を下りてきた
 
 時計を見ると昼前だったので、みやはらで昼飯の材料を仕入れて太郎を迎えに行った、ちょうど練習が終わったところだった。
 
 夏は暑くて当たり前という心構えでいるので、もっとも、ここは高地で下界よりは気温は高くないが、今日の暑さも特に苦ではなかった。終わって下着は絞れば水が落ちるくらい汗をかいていたが、汗をかいた後は爽快な気分になる。同じ暑くても気持ちの持ちようひとつだ。
 
 晩飯。ひき肉とナスのはさみ揚げ、焼きなす、冷ややっこ、コールスロー、味噌汁


平成30年 8月 5日 (日)

 晴れ。夕方、ほんのちょっとだけ夕立の気配があったがほぼ空振りだった。
      最低気温 24.4℃ (05:20)、最高気温 31.1℃ (15:12)

 台風13号、今回はどうやらほぼ九州方面には来ないで済みそうだ。気象庁  JTWC

 人には汗っかきとあまり汗をかかないタイプとがあるらしい、この汗をかくということは体温調整に非常に重要なことで、汗をかかない人は熱が体の内部にこもって、汗とともに体内の熱を発散することが出来ずに熱中症にかかりやすいそうだ。ところが現代人、特に都会人は何かと言うとすぐにエアコンに頼りすぎる傾向にあるが、このエアコンの頼りすぎが、自律神経に影響を与えて、本来のこの大事な汗をかく機能がおかしくなるそうだ。だから夏はどんどん汗をかくために安易にエアコンに頼らないことだ、どんどん汗をかけばいいのだ。運動をする人はこの汗をかくことに慣れているので熱中症にかかりにくのだ。これも何かと言うとすぐ命に関わるからエアコンを入れろと喚いているNHKのせいだ。

 我が家の三人組は休日にしては早々朝食を済ませて光の森に映画を見に行った。娘に外題は何かと問うと「コード・ブルー」という映画だそうだ。何でもドクターヘリを扱った劇映画だそうで、今非常にヒットしているとか。
 
 ドクターヘリといえば、ここ阿蘇は、非常にドクターヘリの出場が多い。阿蘇には高度医療を施す医療機関が無いので、何かの折にはすぐにドクターヘリで熊本市に運ぶ、小生の知り合いも何人もドクターヘリのお世話になっている。特に脳卒中の場合、(正確な時間は忘れたが)発症して数時間以内だったら最近は薬で治るそうで、倒れてから、救急車で熊本市まで運ぶ時間を計算して、間に合わないなと判断すると、ドクターヘリで運ぶらしい。ドクターヘリが飛ぶ前は、県の防災ヘリがその役を担っていたが、その後、ドクターヘリが置かれるようになった。以前のアナログ時代の消防無線が聞けたころは、その情報が時々入ってきて搬送の様子がよくわかったが、今はデジタル化して全く聞くことができなくなった。
 
 つまり「コード・ブルー」とはそういった救急搬送に携わる人達のドラマなんだろう。多分、娘がそれを見たくて母親が引率して、太郎もついでについていったのだと思う。この映画はどうもテレビドラマの劇場版のようだが、どうしてテレビを見ない娘が知っているかというと多分学校の仲間からの情報なんだろう。先日、ピアノ調律師を扱った「鋼と羊の森」も三人で観に行って、この映画は太郎には難しすぎて退屈して少しもじっとしていなかったということだったが、そういう点では今日はヘリが出てくるのだろうから太郎も楽しんだろう。

 小生はこれは好みの問題だが基本的には日本の映画は観ない。特に青春ものなんか絶対に観ない(ところが最近の日本の映画はほとんどこの手の映画かアニメか戦隊モノヒーローものの映画ばかりだ)。理由は一言で言うならば映画に「リアリティ」を感じないからである。出演する俳優がアイドル俳優・タレントと呼ばれる普段テレビなんかでチャラチャラしている連中(人間年をとるとそう思ってしまうのだ)ばかりで、脚本がしっかりしていればこれまた別だがテレビを見ない小生ですら知っているようなそういった連中が登場していくら真面目くさって演技をしても一向に「配役」として見ることが出来ず、「タレント」がそこに登場しているというふうにしか見えないからである。といいながら、昔は「踊る大捜査線」なんか喜んでみていたなあ。今、時を同じくして、「ミッション・インポシブル」が公開されているが、これは観たいと思っている、時間があればだが。

 久しぶりにMQY御入来。この3月で仕事を完全リタイアして晴れて自由の身になり、一旦もともとの本拠地の関東に戻ってすぐにまた阿蘇で暮らす予定にしていたところ、向こうにいるお孫さんが体調を崩してその看病などで動くことが出来ずようやく数日前にやってきたとのことである。この先も行ったり来たりの生活が続くのだろうか、まあともかくもこの先の長い「余生」を大いに楽しんで充実したものにして欲しいものである。


平成30年 8月 4日 (土)

 晴れ。夕方、にわか雨。
     最低気温 22.4℃ (03:44)、最高気温 31.9℃ (13:45)

 台風13号、今回はこちらの方は大丈夫だろうと思っていたら、どうもそうとばかりは言っていられないようだ。主要な観測機関の予想がバラバラで、中には四国から九州方面にコースの予想をしている。ことほと左様に今の段階ではまだわからないということなのだろう。    気象庁・・・・・JTWC・・・・ECMWF(動画)

 土曜日、日曜日はラジオ体操は休みである。

 朝、いつものように木村豆腐店でオカラをもらって、オープンセサミに餌やりに行く。途中の箱石峠超え、やはりここより標高が高いので空気がひんやりしている。(写真1写真2
 
 今日は連日の暑さで馬も飲む水の量が多いと見えて、水桶の水が少なくなっていてその補給でいつもより時間がかかった。
 
 帰ってからはノンビリ読書をして過ごした、暑いときにはこれに限る。小生の机周りは数台のPCや無線機が発する熱で、測ってみると34℃くらいはある、それでも小生は暑くないとは言わないが、言うほど暑いと思わない、高齢者は暑さがわからないというがそれか?いや小生自身は夏は暑いものだと思っていてそれが当たり前だと思っているからだと思うのだが。
 
 それにしても毎日毎日、ニュースを聞いていると、やれ、今日はどこそこが38度*分、やれどこそこが38度*分、と延々と都市名を挙げては「分」刻みで最高気温を読み上げている、馬ッ鹿じゃないかと思う、いつになったらこんなバカげた報道をやめるかと思っているが一向にやめない。小生のような考えをもった人間が他にもいないかと思ってネットで検索するが、不思議といない、こんな風に思っているのは小生くらいなものか、夏は暑いに決まっているのだ。
 
 ところが「うわて」がいた、暑い名古屋地方に住む小生の義弟(確か2歳下だと思った)が、週三回、日中にテニスをしているそうである。うん、こうでなくては、人間そう簡単にはクタバラないのだ。

 地元の老健施設の「あそん里」の夏祭りがあり、会場が狭いので低学年は出番がなかったが虎舞の演舞があり、役員をしているカミさんと太郎は昼間出かけていった、夏子は家にいて勉強をしていた(ハズだ)が、昼食は済ませたようなので、小生一人で昼飯を作った。一人分でもちゃんと作る、今日は「冷やし中華」を作った、自分でもマメだと思う。


平成30年 8月 3日 (金)

 晴れ。夕方にわか雨と言うにはちょっと長めの激しい雨。
        最低気温 20.8℃ (05:39)、最高気温 32.6℃ (14:05)
        最高降雨強度 149.4 mm/hr(16:12)

 午後四時ころだったろうか突然バサバサバサと音を立てて雨が降り始めた。一時的ではあるが降雨強度(1時間に換算すると)150mm/hの強い雨も降った、すぐに止むかなと思っっていたが一向に止まずそれもずっと強い雨で二時間あまり降り続けて、道路のマンホールのフタから雨が吹き上げるほどだった(二時間で50mm)。レーダーをみると阿蘇の上空にだけ雨雲があった。大体夕方、いつも子どもたちが帰ってくるころに降る。夏子は今日は在宅だったが、太郎は学童から今日は母親が乗せて帰ってきたが傘がまったく役に立たなかったと言ってずぶ濡れで帰ってきた。

 台風13号発生。おい、またか?でも今回のコースはこちらだろう、ECMWFのマクロの予想をみても今回は「絶対に」こちらでは無いだろう(ECMWF動画)
 
 ラジオ体操 写真1写真2写真3

 夏休み中、小学校のプールは保護者の監視のもとで開放されている。今日はたまたまカミさんたちが監視当番で出かけていたが、規則で「日陰の気温」が35℃以上になったので、プールの開放を中止する一斉メールが入った。これなんか、まさにレアケースの事故を基準に設けられたルールなんだろう、本来暑いから水に入るのに、そしてプールサイドはコンクリート張りだから照り返し温度は高いに決まっているのに、中止になるのだからおかしな基準である。大部分の子どもたちが逆に犠牲になる。これも事故があるとなんでもかんでも学校側が悪者になるような報道姿勢が招いたものだろうと小生は思う。

ついでに
 「2年後の東京オリンピックで課題になる猛暑への対策につなげようと、陸上のマラソンコースとなる東京 日本橋で、冷房の効いた店舗を開放する「クールシェア」についての意識調査が行われました。」とかなんとかと続く記事が載っていたがバカバカしくてその先はもう読まなかった。なんでクソ暑い時期にオリンピックをやらなければならないのかという疑問が一番にあるが、なんとなく伝わってくるところによると日本の都合でなくて、外国の特にアメリカの都合によるもののようだ。小生は非常にヘソが曲がっているからだが、そんなにまでして日本でオリンピックを開催する必要があるのかと思ってしまう。誰が喜び誰が「儲かる」のかだが、もともと小生はスポーツ観戦自体に興味がないからだが、そういった人たちがいるんだろうな。もう昭和に開催された東京オリンピックを実際に知っている年代のほうが少なくなっているのだろうか、小生が確か大学3年の時で当時東京に住んでいて、仲間たちと開催式の日は横浜に遊びに行ったことを覚えている。いっそのこと道路を覆う42.195キロの冷房完備のコースを作ったら?あそうか、折り返すのだから21キロでいいのか。

 朝、散歩から帰るとすぐに着替えて家回りの草を刈った。前庭がもうジャングル化し始めていた。前回いつ刈っただろうか。またライブカメラの線を切ってしまった(休止中のカメラ)。
 
 それから、家を出たところにあるカーブミラー、我が家の植栽が鏡面を塞いで見えにくくなっているので枝払いをしておいた。その下に続く道路端、公道なので正確には我が家の責任ではないが、我が家に沿っているのでなるべく刈るようにしているが、先日、道路を挟んだ向かい側に最近できた工事事務所の人が、見かねて?かどうかわからないが刈ってくれていたので通りがけに礼を言っておいた。多分、安全管理上、周辺の草を刈っているのだろう。この工事事務所は、阿蘇市内の建設会社の現場事務所で、北坂梨方面で行っている公共工事の現場事務所のようだ、しっかり地ならしをして事務所を設置していたので、尋ねたら一年くらい開設するとのことであった。この事務所には「AED」も置いてあると看板が出ている。万一の場合、ガラス戸を割ってでも入ってAEDを使うことが出来るので、そういうことは無いと思うが安心である。ガラス戸なんか後で弁償すればいいのだから、命には代えられない。

 今晩臨時の虎舞の練習。前々回だったか、台風か何かで練習が中止になった分の練習が今晩あった。

 晩飯。ハヤシライス


平成30年 8月 2日 (木)

 晴れ。台風12号が去ってようやく本来の夏が戻ってきた(と言ってもまだ台風はウロウロしているが)、気持ちのいい一日だった。
    最低気温 22.8℃ (02:52)、最高気温 30.2℃ (16:11)

 一昨日の火星の最大接近の夜は生憎雲がかかって見えなかったが、昨夜は赤く輝く火星が見えた、二階の部屋から覗くと外輪の上に光っていたので、娘と一緒によく見ようと外に出たところ、見た位置が二階よりも低いために外輪の頂上に隠れて見えなかったのでまた二階に上がって見た、時間は9時半前だったが、ようやくその位置に顔を出したばかりだったのだろう、夜遅くなるともっと上の方に上がってきたのだろうが。
 
 ラジオ体操 写真1写真2写真3

 旧坂梨小学校の校庭の切り倒した薪材、先日一台分だけ積んで残りはもっと涼しくなってからと思っていたところ、昨日風呂で、世話役の中川さんが今度の日曜日に草刈りをするので出来たらその前に・・・そういうことなら是非もない、今朝涼しいうちにと積み込みに行ってきた。今日は台風が去って久しぶりの爽やかな空が戻ってきて、ヒンヤリとした風もあり、まったく作業中も暑さを感じなかった、これが本来の阿蘇の夏だ。

 薪運びが終わって帰ってきて、一旦家に上がるともう動きたくなくなるので、そのまま浄化槽回りの草をざっと刈っておいた。今月は浄化槽の点検月で、別に草が生えていても構わないのだが、どうせなら気持ちよくやってもらったほうが良いと思って草を刈っておいた。

 晩飯。えびチリ、マーボー豆腐、春雨サラダ、中華スープなど。



平成30年 8月 1日 (水)

 昨夜は火星大接近だったが、生憎と雲がかかっていて見えなかった、最大ではなくてもうしばらくは大きな火星が見えるのだろう。

 台風12号、ようやく日本から離れ行く、これで明日から阿蘇も本来の夏が戻ってくることだろう。今日もかなり青空が広がってたがそれでも時々にわか雨が通り過ぎていった。つかの間の雨だから虹が出ていた
    最低気温 23.3℃ (02:51)、最高気温 28.6℃ (13:28)

 ラジオ体操

 読書をちょっと無理をして休みにして、今日の時間を自己啓発に使った。

 夕方出先から帰ってくると、家の入口の田んぼに電気柵が設置してあった。まだちょっと早いだろうという気もするが、去年はかなり荒らされてから電気柵を設置したので、今年は早めに設置したのだろう。稲が黄色くなり始めると、山からイノシシが降りてきて、稲を食べるわけではなく、遊び場にして稲を踏み荒らす。田のぬかるみをヌタ場として転げ回るのだ。今年ももうそろそろそういう時期が近づいているのか、時間が過ぎるのが早いなあ。

 これインチキだろう、小生「iTunes」は利用しているけどiphone7なんて使っていないゾ、それにこのアドレス、如何にも胡散臭い。

 先日登録をした「朝日新聞デジタル」の無料購読の登録を解除した。

 この動画はAmazonのAIスピーカーのAlexaというらしい、ちょっと前までSF映画の世界でしか見られなかったシーンが今や家庭に普通に入ってきている、茅ヶ崎の無線仲間の横溝氏が買ってその動画をアップしていたので転載させてもらった。この先、どんどん進化していくのだろうな。(Alexa動画1)・・(Alexa動画2)(ファイルサイズ、共に約5MB)

 太郎の水泳教室の日だが、教室は夏休み中は休みだったことをわすれて、カレーを作った。まあ、こどもたちは大好きだからいいが。
 
 「冷や汁」という郷土料理がある、阿蘇にもある、確か四国の伊予地方にも名前が違ったかもしれないがある、伊予ではさつま汁と言ったと思うが、ということはさつま方面から「伝来」したのだろうか、そしてこの冷や汁は宮崎が本家だと言われているが九州一円の食文化圏なのだろう。本来は各家庭で作るものだが、近年、その「冷汁の素」というものがあって、ネットで取り寄せて今日昼間娘と二人で食べてみた。要は味噌汁なのだが、それにアジだとかの魚を焼いてすり鉢であたって味噌やネギやキュウリやシソやミョウガなどを混ぜて冷たい水で溶いたものをご飯にかけて食べる、そういった料理で、夏の暑い時にさっぱりしていてよく食べられる。

 ところで、この冷や汁をかける「ご飯」は温かいご飯なのか、冷たいご飯にかけるのだろうか、ネットで調べると、どちらも載っている、じっちゃいに訊いたところじっちゃいは温かいご飯にかけて食べるという。じゃあわざわざ汁を冷やさなくてもいい気がするが、熱いご飯に冷たい冷汁をかけてちょうど食べやすい温度にして食べるということなのだろうか。一方でわざわざ炊いたご飯を冷やしてから出す店もあると言う。ご飯も冷やご飯はβ化して美味しくないのでやはり温かいご飯のほうがが良いのだろうか。

 今日は炊きたての御飯にかけて食べた、娘はちょっと毛色が変わったものは警戒するが美味しいと言って食べていた、太郎は学童でいなかったからまだ経験していない。小生もウマいと思った、ただ、下界ほどの暑さではないので、温かいご飯にかけて食べてちょうどいい具合だったが、いくらでも食べられるから炭水化物の摂り過ぎになるな、こんど冷や飯で試してみようか。 



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