風師庵日記目次へ

平成30戊戌(2018)年 4月の記録(新しい日付けの順)

平成30年 4月30日 (月) 振替休日

 朝のうち少し降る、その後晴れて素晴らしい天気になる。
      最低気温 10.1℃ (00:41)、最高気温 23.7℃ (13:30)

 今朝もこどもたち、ボンの散歩に付き合う。周囲の田んぼ、用水路に水が流れ出し、田の畦切や、粗起こし、田植えの準備で田んぼが賑やかになっている。途中、田んぼで盛人さんと立ち話をしているうちにこどもたちは先に行ってしまい、ひとり取り残されてしまった。隣家の、と言っても200mほど離れた隣家だが、ご当主の博臣さん、毎年、自分の田とその周囲の土手の草刈り、いつもこまめにまるで芝生のように綺麗に刈っているが、昨日見ると息子さんが刈払機で草を刈っていた、博臣さんに会ったので、どうしましたか、もう引退ですかと尋ねると、ハイ、もう体が動かん、と言っておいでだった。息子さんも勤め人で時間が無いこともあってだろうが博臣さんほど綺麗には刈っていない、やはり年季の差だろう。

 ヤマハ 発電機 EF2600A 落札価格1,000円、送料3,200円也、外見はどこをみても、怪しい箇所は無い、リコイルを引くと圧はある、プラグも点火する、じゃあ、あとはキャブレターだろう、ということで、ジャガイモのマルチを破って芽をだしてやって、その後は少し草刈りをして、伸びすぎたタケノコを切り倒して、と思っていたら弱い雨が降り出したので今日はその作業は中止して、早速キャブレターの分解清掃に掛かった。
 
 外見は殆ど傷みが無いがキャブレターの中はかなり油分が固着していてバタフライが開閉できないくらいだった。例によって分解(写真1写真2写真3)して中をクリーニングをした。ニードルバルブは今まで扱ってきたものとちょっと形状が違う、全部バラして再組み立てをする時に分からなくならないようにじっくりと記憶に留めて、分解して清掃した。フロート式はダイヤフラムが無いから交換などの手間がかからずに助かる。
 
 場数を踏むにしたがって段々と要領が掴めてきて、あまり時間がかからなくなった、でも、キャブレターのスロットルを引っ張るヘンに曲がった細い針金とバネの取り外し、取り付け、これは何度やっても苦手である。
 
 キャブレターの再組み立てが終わって、オイルを入れて、ガソリンを入れて、となるところだが、燃料コックが少しガタガタしていて、もし、ここからガソリンが漏れると厄介だし、素性の知れない機械を動かして万一火がでると家が燃えることになるので、そこは万事慎重な小生、一旦離れたところに運んで火を吹いても大丈夫なようにしてから、ガソリンを入れたが、燃料コックからはまったく燃料漏れは無かった。
 
 どうせすぐには始動しないだろう、オイルフィルターも例によって酸化してボロボロになっているので、とりはずしてチョークが見えるようにして、エンジンが掛からないようだったら例によってキャブクリーナーを吹きかけようと思って、リコイルを引いたところ、一発で掛かった、そして軽快に回っている、いやあ、これは嬉しかった。
 
 さあ、次に発電機の方は大丈夫だろうかとスイッチをONにして、ハンドグラインダーとライトをつないだところ、これもまったく問題無し。暫くの試運転を続けて異常のないことを確認してから停止した。(写真1写真2
 
 この発電機にはオイル警告灯も付いている、脚にはダンパーが付いていて発電機が踊らないようにもなっている。へんな言い方だが、「完璧なジャンク品」だ、稼働時間そのものはそんなに多くないうちにたまたまま使われなくなって処分されたのだろう、ガスケットもOリングも全く劣化していない。これ以上のジャンク品なんか探そうたってそうそう見つからないだろう、どうしてこんなものがジャンクとして出てきたのだろうか。
 
 我が家にはエンジン溶接機があって、これは発電機でもあるので熊本地震の時には大活躍をしたが、ガタイが大きく重くて機動性に欠けるので、もう一台欲しいなと思っていたところだ、エアフィルター(サンセイイーストア KF34)を注文しておいた。

 今日はさっそく新装なった屋根付きの作業場で気分良く作業をして、コーヒーを淹れて一服していると、太郎も一服すると言ってカルピスを入れて持ってきたので椅子を二脚並べて二人で並んで一休み。なんだかわざわざ部屋をつくらなくても、これで良いかなあなんて、早くも、増築計画が後退しかけている。そういえば、この物置自体が、数年前にドアと窓をつけたところで、サグラダ・ファミリア状態だからなあ。


平成30年 4月29日 (日)  堂々の「昭和の日」

 快晴。実に気持ちのいい祝日だ。
      最低気温 6.9℃ (05:40)、最高気温 23.0℃ (13:22)

 ちょっとの間に、あちらこちらがタケノコだらけ、もうタケノコを通り越して竹になりつつある、早く切らないと後が大変だ。家の軒先まで出てきた。床はコンクリート張りだからいいが、昔ながらの家なら床下から畳を破って出てくるというのもあながち大袈裟な話では無いようだ。(写真1写真2写真3写真4

 朝、小生が散歩に出ようとすると、子どもたちもボンの散歩に行きたいと言うので小生はシャベルを持って後から付いていった、以前はボンの力が強くて、子どもたちは力に負けて転ぶこともあったが、高齢化によって力が弱くなったので子どもたちも安心して引けるようになった。カミさんは仕事に行った、仕事が遅いのか、忙しいのか、まあ、その双方だろう。(写真1写真2

 工作室に作り替えようという目論見の第一期工事がようやく終わった、と言っても屋根の高さを変更しただけだが。そして20センチほど堆積していた数年分の薪のクズを運んで燃やしながら掃除をしてようやく生コンを打った床が数年ぶりに顔を出した。細かな薪のクズの中はアリだとかゴキブリだとかがわんさかといるだろう想像していたが、全くいなかった、阿蘇にはゴキブリがいないのだ。たまに見かけるゴキブリは何か隠れて届いた荷物なんかに紛れていたやつで、それも、阿蘇に来ると生きられないのだろう間もなく姿を消すようだ。薪のクズのなかにはそのかわり、ムカデの小さなやつが数匹いた。
 
 第二期工事だが、屋根を長くして床面積をもう少し稼ぎたいのだが、今の屋根の傾斜のまま延ばすと、屋根の先端部分の高さがかなり低くなる、つまり頭の上の空間が狭くなる。だから、今までの傾斜よりもっと緩やかにしたい。そう思って、今日、実際に今の屋根をちょっと仮に上げてみたところ、当然のごとく隣の屋根との間に段差ができる。この段差をどうするかだな、なんとか上手くできそうな気もするが、もう少し考えよう。(写真1写真2
 
 そんな作業中に、ヤマトが荷物を運んできた。40キロ以上あってドライバー独りではちょっと大変だと言うので、二人で一輪車に載せた。そして、それをとりあえず、置くところがないので、軽トラックに積み替えて置き場所が決まってから改めて降ろすことにした。

 まあ、後日改めて降ろして、それから、中を点検しよう、その間、載せたままで走ろうかと思っていたが、どうもそれまで待てずに積んだばかりなのにまた降ろして、、綺麗にした下屋の中に運び込んで包装を開いて、しみじみ眺めた。
 
 実は、ああ、また手を出してしまったのだ。ヤマハ 発電機 EF2600A 他に入札者なし、落札価格1,000円、送料3,200円也。動かないそうだが、これが動くと非常に嬉しい、エンジンだけでなく発電機だからな、しかも26Aだ。これは中古業者の出品で、扱い数が多いので、いちいち細かくはチェックせずに、単に動かないから、というだけで出したものだと思う、思いたい。(PDFファイル

 とりあえず、エアフィルターを外してキャブの中をちょっとだけ覗いてみた、かなり汚れているようだが、他に目立つダメージは無い、外観は非常に綺麗なほうだろう、リコイルを引くと圧はある、整備が楽しみだ。この型番、ネットで検索したが、ヤマハのサイトには無い、いろいろ調べた所、どうも英語圏向けの製品のようである(英文マニュアルはネット上にある)、ところが、本体にいろいろ書いてある文字は日本語だ、しかも出力100Vだから、逆輸入品だろうか。貼ってあるラベルを見ると60Hz仕様だ、そこまでは分からなかったが、九州では有り難い(とっても今どきあまり周波数指定は関係がないかもしれない)。上手く動くといいが。もし上手く動いてもこれは我が家用だ。よく本当に骨董好きは骨董屋になれないと言う。骨董好きは良いものだと自分のものにしたくなって商売にならないからだそうだ。その伝だ。


平成30年 4月28日 (土)

 快晴。すばらしい行楽日和になった。
     最低気温 4.1℃ (06:00)、最高気温 23.5℃ (12:26)

 朝食後、木村豆腐店に寄ってオカラをもらってオープンセサミに出かける。牧場に着くと「新顔」が入っていた。なんと馬だはなくて、大きなブタである。牧場主どのに尋ねると、正確ではないが、ペットとして飼っていた年寄りが亡くなって、その子だか孫は食べようかということになったのだが、ペットとして飼っていて懐いているブタを食べるのはちょっとまずいだろうということで、オープンセサミにやって来たらしい。小生も牧場に着いた時の第一声、美味そうだなあ、だった。まるまると肥えた大きなブタで、しっぽを振りながら人に寄ってくる、ただ、あちらは軽くのつもりだろうが、鼻先を押し付けてくるあたりが強くて、来るな!と言って押すと、さすがご先祖がイノシシだけあって、闘牛の牛のように前脚で土を掻いて突進してくる、危なくて仕方がない。馬もブタが入った最初は恐慌状態だったそうだが、今では大分慣れて、一緒にいるが、それでもブタの方から馬の方に寄っていくと、馬はなんとなく逃げていく。もともと食べられるために生まれてきたブタ、このように、命拾いをする確率は果たしてどのくらいだろか。
 
 そんなわけで、馬の囲いだとブタは柵の下から外に出るので、ネット張りをしなければならず、今日は午前中イッパイ、途中まで張ってあったネットを全周グルリと張った(写真1写真2)。そのうちに、この牧場は動物園なりそうである。

 今日は箱石峠越えの往復、実に気持ちが良くて、朝はちょっと空気が冷たかったが、窓を開けて走った。普段あまり車の数が多くないR265も今日は県外ナンバーの乗用車やツーリングのオートバイがたくさん走っていた。もう新緑の季節になった。
  (写真1写真2写真3写真4写真5

 帰ってから、下屋の拡張工事の続きをやった。ようやく屋根を上まで上げることが出来た。まだ微調整が必要だが、ほぼピシャリと隣の屋根に合わせることが出来た。
 
 ただ、計画では、今回整備をする下屋の張り出しをもっと長くして床面積を広くしたいと思っているので、この屋根の勾配のままさらに前の方に屋根を延ばすと、屋根の先端部分の天井高がかなり低くなりそうなので、この一角だけ、屋根の勾配をゆるくしようか、でもそうすると、隣の屋根の勾配とずれが出来て、雨仕舞が大変だなあ、じゃあ、延ばす部分は陸屋根にするか、どうしようかと思案中である。


平成30年 4月27日 (金)

 晴れ。
    最低気温 7.9℃ (05:14)、最高気温 19.1℃ (15:10)

 本日の登校風景 いつも、極端に遅れる常連が何人かいるが、今日は不思議とその子たちが早々と通過していったので今日の立ち番はアッという間に終わった。あくまで小生が好きで立っているのだから、小生の都合に合わせてもっと早くしろとは決して言わない、豆粒くらい小さな点でも遠くに姿が見えると気長にやってくるのを待っているが、できたらいつも今朝のようにあってほしいものである。
   写真1写真2写真3写真4写真5写真6写真7

 ここからすぐ隣の馬場集落で国道57号線の滝室坂トンネルの工事用道路の建設が進んでいる。住宅の立ち退きはしないようにと、住宅を避けて用地買収が行われたようだが、避けさえすればいいだろうとばかりに、なんとも不自然に道路が作られている。これなら立ち退きのほうがマシだろう、補償一切なくただ騒音被害を蒙るばかりだろう。

 なんだか気が付かないうちに明日から大型連休が始まるのだなあ、皆さん楽しみにしているのだろうなあ。
 
 昨日ネットで注文してあった「こまめ」のキャブレターの部品、メインジェット、今日、その番数を知らせてくれと照会メールがあった。youtubeを見て、メインジェットの番数のことは知ってたが、「こまめ」のキャブのメインジェットの番数なんかわからないし、オートバイじゃないんだから、適当でいいのだろう、標準でいいと言ったが、そんなことを言われても困るから、キャブをバラして、メインジェットを取り出すと番数が彫ってあるからそれを見ろと言う。当方、形状やサイズから注文をしたので、当然バラして、メインジェットは手元にあるが、まさかあんな小さなものに番号が振ってあるなんて考えもしなかった。改めてルーペで見ると、かろうじて刻印が見えた、米粒に字を書くようなものである。60とある。なるほどと納得して番数60番を注文しておいた。この番数というのは確か、燃料の流量の違いを示すものだったと思う。ところがせっかく番数がわかったのに肝心のその番数は今在庫がないので、連休明けになるとのこと。ということはしばらくこの作業は休みになる。
 
 そこで、今日は、工作室の制作にかかった。工作室と言っても、今の薪小屋の屋根を高くして、もう少し前の方を広くて壁を張り、窓をつけようと言うのである。とりあずは、低い屋根部分を隣の高さに合わせて持ち上げて、その後、前方に少し増築することにした。
 
 今までこの部分の屋根が低かった理由は、玄関どあを出て表通りを見た場合、障害物が無く見通せるようにと、低くしてあったのだが、屋根を高くしても壁の前後の両面にガラス窓をつければ、そこを通して表通りをみることができるので、今回の計画になった。
 
 単管パイプの柱を高くして、今ある屋根をそっくり上に上げれば済むので、その部分は簡単に行くと思ったが、これが大間違い。とてもでは無いが人力では上げられないほどの重量があり、軽トラックのクレーンで引っ張り上げようとしたが、屋根に垂木クランプがたくさん取り付けてあってそれらが邪魔をしてどうしても上がらない、チョット上げては、また下げて、そしてまたチョット上げて、上げたり下げたりしながら屋根を引き揚げようとしたが、どうしても駄目、クレーンの操作をしながらでは独りではできないので、夏子にクレーンの操作を手伝ってもらってやったが、結局今日は屋根上げは途中までで、終わった。
 
 いやいやくたびれた。全身運動、アスレチック、重量挙げ、登ったり下りたりボルタリング、体の節々が悲鳴を上げている。
     写真1写真2写真3写真4写真5写真6

 晩飯。今日は夏子のリクエストがありそれを作ろうかと言っていたのだが、屋根上げで時間がなくなり疲れたので、冷凍保存のジンギスカンにした。それでもみんな大好物には違いない。


平成30年 4月26日 (木)

 晴れ。今日も朝は寒かったなあ、でも昼間は暑いくらいになって、温度差が大きく、厚い下着のまま、着替えるのも面倒なので我慢して過ごした。
      最低気温 3.7℃ (04:28)、最高気温 21.5℃ (13:48)

 今朝の新聞によると、仙酔峡のミヤマキリシマが開き始めたそうだが、道路が崩壊したままで、今年も仙酔峡の花見は出来ないそうである。道路復旧工事の進捗率、三割程度だとか。     

 本日の登校風景  写真1写真2写真3写真4写真5写真6写真7

 借りていた本を返却して、また数冊借りてきた。連休中は市立図書館も休みになるそうだ、図書館もお役所だからなあ、でも普通図書館は休日に休むか?不思議な市である。
 
 今日返した本は伊藤潤著「修羅の都」、源頼朝のことを書いた歴史小説である。小生、源頼朝が(いい国作ろうと言って)鎌倉幕府を開き(と我々は習ったが、今の教科書は「いい箱作ろう」らしいが)、三代目の源実朝が鶴岡八幡宮の大銀杏のところで公暁に暗殺されて源氏が滅亡したというくらいは知っているが、頼朝の最後については全く知らなかった、実は頼朝の死については、歴史上も分かっていないようで、鎌倉幕府の歴史書とも言える「吾妻鏡」にも、このあたりの記述が不自然だと言われているそうである。この「修羅の都」は、この前後のことを書いた小説である。頼朝の死につながることになる、落馬事件というのがあったが、小生がここに来る前に住んでいた神奈川県の茅ヶ崎市と隣の平塚市を分ける相模川がその舞台になっている。その河口付近を特に馬入川と言う、地元の人間は、だから相模川とは言わずに「馬入」というが(当時の川筋は今とは違う)、相模川に新らしく架けられた橋の落慶の為にやってきた頼朝の乗った馬が川にはまって頼朝は大怪我をしたのに由来するそうである。今でもその橋の遺構は残っている(寺さんの家のすぐ近くだ)。そう言えば小生が住んでいた2〜300mくらい先に梶原景時の屋敷跡というのもあった。

 午前中は特にこれと言ったことは何もしなかったが、午後からちょっとだけ「こまめ」の整備をする。いろいろやってもエンジンが掛からないので、再度、キャブレターを徹底的に掃除しようと思ってバラした。そして、今まではそこまで手をださなかったが、メインジェットと言われる小さな部品を取り外そうとして、この部品を取り外す時には、"なめ”ないように注意しろとあちらこちらの記事に書いてあるにもかかわらず、なめてしまって、取り出すのに苦労した、そして変形しているこのメインジェット、掃除してまた使うにはちょっとまずいかもしれないと思って、ネットで探したが、この型のメインジェットがなかなか無い、そしてようやく、これだろうと思われるものを見つけてとりあえず注文をしておいた。

 こどもたちはカツカレーを食べたいという。カレーも好きだ、とんかつも好きだ、だから両方を楽しむためにカツカレーがいいと言うのだ。もともとカツカレーという食べ物はそういった要求から生まれた食べ物ではあるようだが。それで先日、試しに、小生の昼飯に冷凍してあったトンカツをチンしてレトルトカレーを掛けて食べてみたが、どうも冷凍のトンカツではカツカレーの旨さはない、やはり揚げたてのパリッとしたトンカツにカレーをかけてこそカツカレーだろう。それでもレトルトのカレーは驚くほど美味かった、ああ、これじゃあわざわざ苦労してカレーを作らなくてもいいなあと思ったほどだ。そんな事があって、今朝だったか、何かの記事に、最近は出荷量のことだろうが、レトルトカレーがルーのカレーを追い抜いたとあった。それだけレトルトのカレーが美味くなったのだろう(手抜きがふえたこともあるのだろうが)。ところで余談だが、レトルトのカレーで思い出すのはもう大昔になるが、松山容子・琴姫七変化のボンカレーがあった、当時はレトルのカレーと言うとそんなものしか無かったのではないだろうか。最近ではアンパンマンカレー、なんとかレンジャーなどといったキャラクター商品のカレーは子どもたち用に何度か買ったことがあるが、大人が食べるものとしてはあまり知らず、買ったことがなかった。今日の記事をもとにネットで検索してみると、今やたくさんのレトルトのカレーが世に出ている。
 
 ということで、今晩はカレーはレトルトのカレーを使うことにして、トンカツだけを揚げてカツカレーにした。もちろん子どもたちはイエーイ!と言って大喜び。


平成30年 4月25日 (水)

 雨は東に去ったが、今日も今ひとつハッキリしない空模様だった。今日もあまり気温が上がらず、ヒートテックの上下を着た。
       最低気温 10.5℃ (但し20:03現在、今夜も夜になって気温が下がっている)。
       最高気温 13.8℃ (16:48)

 今の時期、杉林の間から、なんだろう欅だろうか、鮮やかな緑が湧くように鮮やかである。(写真1写真2

 本日の登校風景。 写真1写真2写真3

 小生、来月、”晴れて”後期高齢者になる。それに先立ち、5月に誕生日を迎える市民に対して、「後期高齢者医療被保険者証」の交付と高齢者健康講習会が、市役所内の一の宮保健センターで開催された。机に置かれた資料の数から約20名くらいが阿蘇市で来月後期高齢者になるようである。
 
 現在は国民健康保険の被保険者であるが、75歳の誕生日以降は国保とは別の医療保険制度のもとに組み入れられることになる。被保険者証も替わる。9時から受付順に個別にその説明と手続があり、新しい被保険者証をもらって、10時から保険制度の説明(写真1写真2)と健康講習会が一時間ほどあった。
 
 個別の手続きで、漏れ聞こえてくる他の人のトンチンカンのやりとりを聞いていると、なんだか、自分も同年齢なのかと急に自分が老け込んだような気になってくる、75歳なんてまだまだ若造だぞ、しっかりしてくれよと言いたくもなる。小生の場合は75歳になっても医療費の個人負担は一割で済むが、今まであまり関心を持って見てこなかったが、高齢者の医療費の半分が税金などの公費で賄われ、1割が高齢者、すなわち、(来月からの)我々の保険料で賄われ、そしてなんと残りの4割が現役世代の保険料から支援されているそうである。そうか、現役世代にそんなに負担をかけているのか。現役世代でも間もなくこちらにやってくる年代は良いとしても、生まれたばかりの赤ちゃんの保険料もそのなかに含まれるという、これからますます高齢化社会が進むが、出生率の低下と相まって大変な時代に向かっているのだなあ。務めて自分の健康管理には責任を持たなくてはならないなと思ったものである、不摂生に起因する生活習慣病など、本来罹らないで済む病気には絶対にならないようにしなければ。

 ジャガイモの芽が出始めたようなので、マルチを破ってみたが、まだようやく土を押し上げてほんのちょっと顔を覗かせた程度だったので、今日はまだいいだろうと途中でやめた。去年が、過去がどうだったか日記を調べていないが、今まではもっと早く芽が出たような気がするが、今年はちょっと例年に比べて遅いような気がする。

 太郎、水泳教室
 
 晩飯、麻婆豆腐、エビチリ、中華スープ。


平成30年 4月24日 (火)

 予報通り、朝のうちから雨になり午後に入って雨の勢いが強くなった、この雨域帯は徐々に東に移動をしているが、20時現在まだ活発な雨雲が掛かっている。
      最低気温 15.9℃ (但し20:28現在、夜に入ってちょっと下がっている)、
      最高気温 19.4℃ (08:43)

 阿蘇中岳の火口周辺立ち入り規制が今日から解除された。噴火以来長い規制期間を経て、この3月に規制が解除されたと思ったら、直後に再び火山活動の活発化が見られると、また規制が敷かれてから約50日、ようやくまた火口見物が出来るようになった。が、せっかくのこの様な日に生憎の天気、火口見物は出来無いだろう。そう言えば、3月の規制解除の日も天気が悪かった。両日とも、その前後は天気が良かったのに、つくづく運に見放されているように思えて仕方がない。今回の解除、当然、大型連休を前にしての政策的判断だろう、せっかくだから山の神もしばらくは静かにしてほしいものである。
 
 本日の登校風景 この時間は降りみ降らずみで傘をさす子、差さない子いろいろ
  写真1写真2写真3写真4

 太郎の小学校の家庭訪問があった、カミさんがその時間、休みをとって家にいたので、保護者が二人も顔を連ねることも無いだろうと、小生はその間ちょっと図書館に行っていた。去年はどうだったかと日記をめくると、去年は保護者二人してお迎えしてたのだった。

 それより少し前、今日は家庭訪問があるので、太郎は学童には行かずに学校から直接帰ってきた。朝はともかくも、前々から放課後、学童保育に行かず登校班下校をしてみたいと言っていたので、今日はそれが出来るので楽しみにしていたようだが、生憎の雨、それも結構降っていて、二人だけの登校班のもうひとりは、ここからまたちょっと「山奥」になるので、間違いなく車の迎えがくるだろう、そうすると、太郎独りの下校になる。別に心配するほどの道のりでも無いのだが、二年生独りの下校になるとまた学校で余分な人員を割かなければならなくなると申し訳ないなと思って、学校近くまで行ってみた所、坂梨地区の登校班の徒歩下校の仲間たちと一緒に帰ってきたので、家まで歩けといって、小生は先に帰った。他の坂梨の登校班のみんなとは小生が毎朝立っているところで別れて、あと少しの距離を独りで歩くので特に心配をすることは無い。
下校風景 写真1写真2写真3写真4写真5写真6

 夜、夏子と太郎がムカデだアーと言って騒いでいる、騒ぐことはないだろうとハシで摘んでトイレに捨てた所、すごその便器脇の壁にまたムカデが張り付いている、夏子、続けてキャー。二匹まとめて流した。このあたりは何処の家でもムカデがごく普通に出る、小生は普段でも全く気が付かないが、子どもたちは実に目ざとく見つける。ムカデだってたまたまそこを通りかかっただけで気が付かなければ通過していくのだからというのだが、子どもたちは常にレーダーのごとく索敵しながら家の中を行動しているのだろう、ムカデもとんだ災難だ。暖かくなって虫どもの活動も活発化してきたのだろう。

 晩飯。キジ焼き丼、ダイコンホタテサラダ、出汁巻玉子、豆腐と油揚げ味噌汁


平成30年 4月23日 (月)

 晴れ、ちょっと雲が多かった、一時パラっときた。明日は雨らしい。
    最低気温 11.8℃ (02:38)、最高気温 21.7℃ (13:11)

 本日の登校風景。  写真1写真2写真3写真4写真5
 先日の高学年に続いて今日は中学年の自転車安全点検日で、三四年生は自転車を押して登校していった。因みに、一二年生は太郎の言うには、自宅の敷地外で自転車に乗るのは禁止されているそうで、だから学校での安全点検は無いということで、したがって自転車を押して登校することも無いそうである。

 市役所の敷地内にある社会福祉協議会で太郎と小生のボランティア保険の更新をしてきた。このボランティア保険の保険期間は加入の日から一年間だと思っていたら、年度ごとの期限だということで、年度の途中に入っても年度末が期限だということを、そろそろ一年になるからと思って、カードに記載されている期限を見て初めて知り、今日慌てて再加入手続きをしてきたというわけである。ということはこの4月1日から無保険で牧場に通っていたことになる、危なかった。年間保険料は、一番安いやつで350円である。

 今日は午前中、小生にしては珍しく草刈りをした、冬になれば枯れるんだからという主義で、年に三度はやらないだろう。今日の草刈りをした場所、我が家の敷地に沿った県道の路肩、我が家に入る取り付け道路、それから、庭先のライブカメラの回転で映る範囲(別にそれを意識したわけではないが)、今日のような太陽があまり照らず気温も若干低め、こんな日の草刈りは汗もかかず楽である。その我が家の取付道路だが、最近カミさんが、狭くなった、車い生け垣がガリガリあたる、田んぼがこちらに押してきているのかしらと言っていたが、アホ、そんなことは無い、生け垣の植栽が大きくなって横に張り出してきたからその分狭くなったのだ。考えてみたら、こちらに来て十数年、一度は「剪定」した記憶はあるが、もしかしたらそれ以来かも。それだけ経てば道も狭くなろうというものである、トリマーが無いので、刈払機を振り回して思い切り枝払いをして随分と道路が広くなった。道具類は好きだが、小生は植木や植栽の世話整備は興味が無いので、トリマーは持っていなのだ。最近故障していた刈払機を整備して、一台はチップソー、もう一台はナイロンコードと専用で使い分けができるので、草刈りもあまり苦では無くなった。

 敷地内の藤の花が咲いている。この藤の花というやつは、綺麗だが、まるで雑草のように蔓延る(はびこる)、去年かなり伐ったつもりだが、また結構延びている。
 
 数日前に我が家の玄関先に、レタス(だと思う)の苗の入ったポットが10個くらい置いてあった、誰が置いたか分からないが多分菜園名人の節子さんだろう。小生今年はジャガイモ以外はもう野菜つくりはしないことにしたが、せっかく持ってきてくださったものを枯れさせるわけにはいかない、かと言って畑に定植するとおそらく放りっぱなしにしてしまうだろう、ということで、目につく所で育てようと玄関の階段脇にプランターで育てることにした
 
 プランターがちょっと足りなかったので買いに行ったついでに、青じその苗を買ってきて、これも植えておいた、シソはこれからの季節、素麺や冷奴には必ず要るので、とにかく植えておけば勝手に大きくなるので、これも育てるのは楽である、育てると言うより勝手に育つのである。

 晩飯、ハンバーグ。以前は煮込みハンバーグが多かったが、小生が食べる分は、デミグラは遠慮して塩コショーだけで食べているのを太郎が見て、太郎もそれで食べたいと言い出して、夏子まで私もというので、じゃあ全部塩コショーで良いのかと言うと、煮込みハンバーグも食べたいということで、結局、煮込みハンバーグと塩コショーの二種類のハンバーグが食卓に載ることになってしまった、ナンジャラホイ。


平成30年 4月22日 (日)

 今日も暑かった。
     最低気温 8.7℃ (05:54)、最高気温 26.4℃ (15:25)

 久しぶりに家事一切から開放されて、のんびりと道楽を楽しむ・・・という日本語はオカシイか、道楽をする・・・か。もう太陽直下は暑くてたまらんので、日陰を選んで店開き。とりとめもなくエンジンいじり。ほんとうは一定の結論を出したかったのだが、どうもよくワカラン。「こまめ」、点火コイルの中古を見つけて替えてみた、フライホイルとマグネットの隙間、付かず離れずの隙間で取り付け。火花は飛んでいる、でも掛からない。掛からなくてもいいや、少しずつやっていこう。点火コイルを交換しながら気がついた。エンジンスイッチのキーが無くて入手したが、よくよく考えたら、とりあえずはセル始動するわけではなし、手動で動かすことがさしあたっての目標だから、キースイッチにつながる配線はみな要らないということだ、長い配線がのたくっているだけで、煩わしい、手動で動くまで取っ払うことにした。今回の一連のエンジン整備で分かったこと。普通、何かのスイッチを入れるということは、何かしらの線をつなぐことだが、この手のエンジンはもともと最初から掛かるようにつながっていてい、逆に掛かった運転を停止する時に線をつないで、点火コイルの電流をアースに落として点火をやめさせるということ。だから、キースイッチに行っている配線は、手動で掛ける限り不要だということである。これが最初から分かっていたら、何もキーを買うこともなかったということだ。これは最近学んだことだ。チェンソーにしても、スイッチのON、OFFは実は普通考えるのとは配線が逆で、ONのときはなんにもつながっていない、テスターであたってわかった。停止のときに点火コイルの電流をアースに落とすために線をつなぐようになっている。そう言えば我が家の刈払機の一台にはスタートボタンは無い、停止のときにだけOFFボタンを押す、そういうことなのだ。
 
 今週、太郎の家庭訪問があるのでカミさんは一日掃除で大わらわ。別に普段の姿を見てもらえばいいのだから、そんなに一生懸命やることもないだろう、普段、小生の客にはいつも、ありのままを見てもらっているぞ。大掃除をしたければ今度の連休にゆっくりやればいいのに。

 昼の便で寺さんにチェンソーを送る。試し切り用に「竹」を二三本同梱した。普段わざわざタケノコだけ送るのもなんだから送ることは無いが、こんな場合にはついでということで入れておいた。


平成30年 4月21日 (土)

 晴れ。今日も真夏のような暑さになった。
      最低気温 7.0℃ (05:26)、最高気温 28.3℃ (14:23)

 朝、太郎を連れて南阿蘇オープンセサミに出かけた。いつものように木村豆腐店からオカラをもらって持っていった。今日は牧場主どのは所用で県外だそうで、パンナコッタが転んでいないかどうか朝一番で確認をしてほしいというメールが入っていたので、まず、パンの囲いのところに行って無事を確認した。パンも最近時々転んで起き上がれなくなるそうである。
 
 あっという間にチョット前まで水も地面もガチガチに凍って寒さに震えていたことが信じられないほどの陽気になった、もう新緑の季節だ。

 太郎と朝の餌やりをして飲み水の補給をして、下の水場まで空になたポリタンクを持っていって水を詰めて運んだ。水が気持ちのいい季節になった。
 南阿蘇余生馬牧場オープンセサミ 連続写真 (1/2)
 南阿蘇余生馬牧場オープンセサミ 連続写真 (2/2)

 昼ちょっと前に、午後の担当者はまだだったが、牧場主どのに業務報告のメールを送って引き揚げてきた。引き揚げる時に夏子に電話をして、昼飯がまだで、待てるようだったら、何か買って帰ってから作るけどどうする?・・待つ!待つ!というので、高森のスーパーで冷やし中華の材料を買って帰り、昼飯は冷やし中華にした。冷やし中華が美味しい季節になった
 
 カミさんも今日は南阿蘇村で行われるイベントに出るということで、土曜日だが晩飯も小生が作ることになって、最近はだんだんと献立を考えるのが億劫になりつつあって、なにか手早く・・・と考えて、結局、餃子を焼いて、中華スープとモヤシの中華風サラダを作って済ませた。


平成30年 4月20日 (金)

 晴れ。日記を書く段になって気象の記録を見て驚いた、もうちょっとで真夏日というところまで気温が上がったのか、どうりで暑かったわけだ。
     最低気温 4.4℃ (05:09)、最高気温 28.5℃ (15:08)

 阿蘇カルデラ、加久藤カルデラ、姶良カルデラ、鬼界カルデラなど九州には大きなカルデラがいくつもある。新燃岳や硫黄山もこの加久藤カルデラに属する。小説「死都日本」はこの加久藤カルデラの噴火で日本が・・・だが、まさにこの小説を彷彿とさせるような今回の連動噴火である。九州に限らず日本各地いたるところにマグマ溜まりがあり、日本は本当に危うい場所に乗っかっているのだなあということを改めて感じた。

 今日の登校風景。本日は上級生は自転車の安全点検がある日で、自転車を押して登校していった。乗っていけば良さそうなものだが、登下校は自転車は禁止なので、仕方なく?皆押して行った。
写真1写真2写真3写真4写真5写真6写真7写真8写真9写真10
 
 昨日、もらってきた錆びた電動チェンソー、寺さんが欲しいと言うので、最優先で整備をした。エアで吹いて綺麗にして、ガイドバーには注油をしてモーターも問題なく回る。ただソーチェン(刃)がガチガチに錆びて全く回らない。とりあえず、556を吹きかけてみて、少しずつ、解していったところ、とりあえずは回転はするようになったので、試しにそれで木を切ってみたが、予想通り、全く切れない。新品の刃に換えると2.5Kくらいはするようで、それもなんとなく勿体無い気がしたので、とりあえず目立てをして、改めて切ってみたところ、ベストとは言えないまでもちゃんと切れることがわかった。サビも表面部分だけで、中まで腐食はしていないので、とりあえず刃は交換しないで、このまま使ってみると良いと思う。
 
 このまま発送してしまおうかと、荷造りの準備にとりかかろうとしたところにDIOT御入来。今日の発送作業はやめて、デッキでコーヒーの飲みながら歓談になった。これからしばらくはデッキ書斎が気持ちがいい季節になる。発送は二三日うちだな。
 
 二階のベランダに出るドアの網戸が昨年から破れ始めたので、本格的な蚊のシーズンに入る前に修理できるか分解してみたが、ロール式で網が特殊な加工をしてあって網を買ってきて交換などは全く不可能で、しかも、そういった交換を前提に作られていないので、分解自体が出来ない、更にどうやって取り付けたがわからないような複雑な取り付け方をしてあって、とてもではないが、修理はできないということがわかった、というわけで、暑くなる前に網戸を新調しなければならなくなった。
 
 晩飯は何にしようかと悩んで、思いつかず、手っ取り早くハヤシライスにした。


平成30年 4月19日 (木)

 晴れ。朝のうち連続の霧である。日中は気温が上がり、雲ひとつ無い快晴になった。
 えびの高原の硫黄山が250年ぶりに噴火したという、今さかんに噴火を繰り返している新燃岳の近くだ。あのあたりは全部火山のでチョット不気味である。
     最低気温 4.3 ℃ (05:48)、最高気温 21.6℃ (15:25)
     
 この二日ほど、観測装置が停まっていることに気が付かずに、昨日はその前のデータを計上してしまったようだ。ちゃんと整備すればいいのだが、時間が無くて、このところ、チョイチョイエラーが出ている。

 本日の登校風景 写真1写真2写真3写真4写真5写真6写真7写真8

 敷地内のシャクナゲがいつの間にか満開になっていた。午前中、タケノコと格闘して、余った時間で焼却炉の溶接の続きをしたが、同じ1.6mmの溶接棒ながら、今度買ってきたやつは全く使えない、どんなにやってもすぐにくっついてしまう、小生の腕のせいだということはわかっているのだが。止む無く今までと同じ溶接棒を買うべく正に家を出んとしたところに登士男さんがやってきて、近所で梅の木を切ったから取りに来んね、そうですか、じゃあ、ナフコに行く前に寄って積んで来ましょう、と中通りのそのお宅まで付いていって、薪材をもらってきた
 
 ついでに、錆々の電動チェンソーが転がっていて、その屋の主殿が要るなら持っていっていいですよとのことだったので、もらってきた、刃はもう全く駄目だが、通電するとちゃんと動く、刃さえ新しくしたら、これは使える、これで在庫商品がまたひとつ出来た。古物商というのは、他から仕入れて売る場合は免許がいるが、ただで貰ったやつを売る分には古物商の免許は要らないらしい。

 DIOTから頼まれた車のホイールをつなげて焼却炉を作る作業。当初、板厚を勘違いして150アンペアの溶接機の電流の上の方に設定して溶接をしようとしたら、溶接どころではなくボカボカ大きな穴が開いてしまい、不思議に思って板厚を測り直した所、板厚が2mmだということがわかり、溶接電流を一番絞って溶接をしたが、それでも穴が開いてしまう。この溶接機では電流が大きすぎて2mmの板厚の溶接は無理なんだ、と、家庭用の100Vの溶接機を持ち出してきた溶接をした。この溶接機ぐらいがちょうどいいのかなと思ったが、でも、ちょっと溶け込みが浅いような気がして、どうも満足ができない。そこで、当初の150アンペアの溶接機で再挑戦をすることにして、何度か溶接電流の設定を変えてみて、ダイヤルで1.3あたりにしてあまり長く同じ場所にとどまらず、なおかつ、溶融池はちゃんと作って運棒することによって最後の最後になってなんとか2mmの板厚の溶接をすることが出来るようになった
 
 この焼却炉は空気孔がいくつかあったほうがいいので、穴の開いたままでもいいのだが、無様は穴はあまり格好が良くないので、穴埋めして、いかにも、意識的に空気孔を作った風に修正しておいた。もう一台作るなら、今度は立派なやつを作る自信があるが、今回は、とにかくくっついていればいいだろう、というレベルで仕上がって、夕方風呂に行きがてら、DIOTの裏庭に置いてきた。
 
 晩飯。タケノコご飯、土佐煮、カツオのたたき、若竹汁、イチゴ。今日はイチゴが一箱158円(外税)だった。それからカツオ、いつもは刺し身にして売っているやつを使うが、今日はサクしか無かったので、家で刺し身にしたが、量が普段の倍ほどあったので、皆腹いっぱい食べていた。
 
 昨夕、坂梨の知人の高齢の母上が夕方外に出たまま、夜になっても帰らないと、捜索依頼の放送があり、心配してたが、昨夜のうちに無事に保護されたとの放送があり本当に良かった。
 
 ああ、くたびれたなあ、今日も一日、全く座ることがなかった。


平成30年 4月18日 (水)

 晴れ。朝のうち霧が出た
      最低気温 9.3℃ (06:14)、最高気温 12.0℃ (09:38)

 本日の登校風景 写真1写真2写真3写真4写真5写真6

 今日は光の森に「パシフィック・リム」を観に行った。同じ荒唐無稽の映画でも、日本のこの手の映画は見ていて腹が立つが、ハリウッド映画は大人が観ても十分に面白い。何が面白いかと言うと、特殊撮影がこれが素晴らしいのだ、最近の映画技術には心底驚かされる、小生がこういった映画を見るのはそれを観たいがためのようなものである。今回は東京の市街部でのロボットと怪獣の闘いで、小生もう東京を離れて随分になるので、目まぐるしく替わるシーンに追いつけて行けず東京のどのあたりかパッと見ただけでは分からなったが、とにかくリアリティいっぱいの東京の街が破壊されるのだ。その昔、新東宝や円谷プロの映画を観てきた人間にとってこれだけで驚きの連続である。いやあ、映画って本当に面白いですね、である。まあ、映画そのものは改めて評するものではないが。近々やってくるこの映画、これは是非観たいと思っている、なんたって「馬」が活躍する映画だからな。

 実は今日は太郎の二年生になって初めての授業参観があった、今回はカミさんが午後から休みをとって出るというので、小生は映画の方に行ったのだが、仕事がずれ込んで、授業参観には出られずにその後の保護者総会などには出たとのことで、太郎が、帰ってきて、お母さんが来んかった、とムクレていた、それがわかっていれば小生が出たものを。
 
 映画ともう一つの目的のハンズマン行き。特に今日は買うものは無かったが、いろいろと欲しいものがある。それと、平日の昼間なんて客は爺様ばかりだが、どの爺様も一様にシニア向けのファッション雑誌に乗っているような洒落た服装をしている、ふーんなるほどな、でも、よく見ると小生にはそういったシャツやズボンが歩いているだけに見えるんだけどな、それに衣装代が大変だろうにと思ってしまうのである。小生みたいな人間ばかりだとファッション界は成り立たないだろう。それから今の時期、山奥から下りてくると、気温が違うので、下ではTシャツ姿なのに、小生は冬のような格好をしていてこれまたチグハグなのである。
 
 注文してあった、エンジンキーが届いた、カタログには寸法は描いてあったのだろうが、ロクに見ていなかったので、届いた実物をみて、その大きさにちょっと驚いた。取り付けるものが大きいのでかえってこれでいいのかもしれない。

 本日、太郎の水泳教室。

 夜、学童保育の保護者総会、カミさん出席。


平成30年 4月17日 (火)

 曇のち雨。子どもたちが登校した後、いつのころからか降りだして、結局終日、そして寝るころも強くはなかったがずっと降っていた。それに気温が低めで、セーターを引っ張り出して着た。
     最低気温 9.3℃ (06:14)、最高気温 12.0℃ (09:38)

 本日の登校風景 写真1写真2写真3写真4写真5写真6写真7写真8

 今日は外作業もできず、久しぶりにじっくりと読書をして、調べ物をした、というともっともらしいが、工作の資料や製作記事をネットで検索したりしたということだ。
 
 仏壇の脇に、原野に咲く盆花の種が袋に入ってあったので、いつからあったのか知らないが、このまま放置すると多分捨てられることになるかもしれないと思って、適当に鋤いて蒔いておいた。もし出芽すればこの続きが日記に登場すると思うが、出なかったらそれまでである。
 
 今日も一二年生のみの下校だったので、見守りに立った。(写真1写真2)
 
 晩飯。ほうれん草たっぷりのクリームシチュー、アスパラ、コールスロー、イチゴ。珍しくカミさんが飯時に帰ってきた。


平成30年 4月16日 (月)

 朝のうちだけだったが、寒いくらいに気温が下がった、あわてて股引を引っ張り出して穿いた。そして、しばらく霧が出た。日中は黄砂でも飛んでいたのだろうか晴れているのに空は黄色く霞んでいた
 
     最低気温 2.8℃ (06:30)、最高気温 18.7℃ (14:43)

 本日の登校風景 写真1写真2写真3写真4

 熊本地震の本震から二年目の今日10時、市役所の防災無線を通じて犠牲者鎮魂慰霊の黙祷の誘いがあり、ちょうど外にいたのでその場で黙祷をしたが、放送では市民の皆様にはサイレンの音に合わせて黙祷の「ご協力」をお願いします、と言っていた。原爆投下の日の黙祷もご協力をお願いしますだった。これらは、装置故障により温泉センターを休業します、市民の皆様のご理解ご協力をお願いします、道路崩壊により交通止めにします、市民の皆様のご理解ご協力をお願いします、などとはちょっと意味合いが違って黙祷は協力を仰ぐものではないだろう、このような場合は、例えばサイレンの音に合わせて市民の皆様の「ご参加」をお願いします、といったような表現の方がいいのじゃないのかなと思うけど、市役所の人これ読んでいるかな、どう思う?
 
 それに関連して。夕方、太郎の学童保育の迎えに行った際、中学校の校庭に国旗と校旗がポールの一番上でなくて少し降ろした位置ではためくはためいていた、夕方ちょっと風が強いから少し降ろしたのかな、でもなあ、国旗などを少し降ろした位置に揚げるのはちょっと別の意味があるんだけどなあ、と思いながら太郎を引き取って戻る道すがら、太郎が、小学校の校庭の国旗も少し降ろしてあったバイ、と言う。それでわかった、そうだったのか、熊本地震二年目の今日、弔意を表す「半旗」だったのか、失礼しましたと心の中で詫た。

 午前中は親戚に送るタケノコ掘りと余ったやつを我が家用に茹でる作業で終わった。午後から、エンジンに触りたい誘惑に駆られながら今日はそれをやめて、タイヤホイールの焼却炉作りの溶接作業をした。ところが溶接どころか電流が強すぎて穴だらけになってしまう、溶接電流を一番弱くしてもそうである。オカシイなと思って、ホイールの板厚を測ると2mmしか無い。先日、ハブの部分を切った時には6mmあったのに、リムの部分の板厚は2mmしか無かったのだ、これじゃあ小生の技量では穴があくよなあ、と、改めて100V仕様の家庭用の溶接機を持ってきて、それで、溶接をしたところ、今度は穴が空くこともなくビードが乗った、このクラスの溶接機がちょうど良いみたいだ。今日は時間切れで少しだけやって終わった。
 
 今日も小学校は一二年生だけの下校だとのことだったので、いつもの場所に旗振りにでかけた。(写真1写真2写真3
 
 晩飯。ひき肉と玉ねぎのミジンのオムレツ、ジャーマンポテト、コールスロー、ポタージュスープ。


平成30年 4月15日 (日)

 午前中はまだスッキリしなかったが午後から良い天気になった、昨夜の嵐はいつころまで荒れたのだろうか。
     最低気温 10.3℃ (07:25)、最高気温 15.2℃ (00:00)

 ロビンエンジンEH30BSが気になって仕方がない、理屈上では動かし方がわかったような気がするので実践はそのうちにと、今日は他のことをやろうと思っていながら、ちょっとだけならいいかなと、昼からまたエンジンの前に座り込んで、実際にセル始動が出来るかどうかやってみることにした、そして結局それで一日は終わった。

 各線が部品の裏にあって、いまひとつ、配線がわからないので、整流器とマグネットスイッチを取り外して、確認をした。図面とは線の色などが微妙な部分で違っているが、理解していたことと間違いがないことが確認できたので、実際に始動してみることにした。

 バッテリーを持ってきて、マグネットスイッチのバッテリーターミナルにつないで、マグネットスイッチから出ている赤い線、これはソレノイドスイッチを動かす線だと思うので、恐る恐る、バッテリーターミナルにチョン付けしたところ、火花を飛ばしてガチャという結構大きな音がして、スターターモーターのピニオンが飛び出す音が聞こえてリレーが働いたことが分かった、それを二三度繰り返してみたが、それ以上エンジンが掛かる雰囲気ではない。そこでチョン付けをもうすこし長めにくっつけたところ、ブルッと一度だけエンジンが動く気配がしたが、そのまま静かになってしまって、その後、ウンともスンとも音もしなくなった、やり方間違ったかなと一瞬思ったが、そうだ、使ったバッテリーは古いやつで本来なら棄てるものを何かに使えるだろうと、充電をしてとっていたやつで、満足な蓄電能力が無いので一度の始動で電気を使い切ってしまったのだろうと思って、もう一台別の予備バッテリーを持ってきて、それで再度始動を掛けたところ、今度は勢いよくエンジンが掛かった、ようやくセル始動が出来た。とうとうやったなあという満足感でいっぱいだ。

 「赤い線」で間違いないとは分かっていても、テスターで測ってみるとアースに導通している。それでもしかして間違っていると大変だと思ってチョン付けをしたのだが、考えてみたら、コイルに直流を流すわけだから、直流はコンデンサーと違ってコイルを通るんだよなあ、別に間違っているわけでは無いよなあ。それに、恐る恐る線を接触させるとチャタリングが激しくてあまり良くないのだろう、思い切ってぐっと押し付けたほうがいいようだ、早速、エンジンキーを手配しよう。

 そんなことをやっていると、佐川急便が荷物を届けに来た、敢えてだが故障動噴をオークションで落としてしまった、また手を出してしまった、まるで「なんとか依存症」だ。今回の落札価格は100円で送料1600円也。動かないうえに、ホースが破れている。我が家には動噴は無いので動けば使えるし、と言っても動噴を使うような農作業なんかしないだろうから、再生して格安で売りに出そう。このエンジン、ザッと外側から見ただけだがフロート式なので4サイクルエンジンだとばかり思っていたがオイルの注入口がいくら探しても見当たらない、燃料は混合油を使うのだろうか、フロート式は4サイクルエンジンとばかり思っていたが2サイクルエンジンでもフロート式のキャブはあるのだろうか、そう言えばずいぶん小型で吸気排気バルブなんかありそうにないな、インターネットで検索したがこのモデルに関する資料は全くヒットしない、いつころの製品なのだろうか。

 オヤジがそういうことをやっている頃、家の中では、太郎がプラパンだかプラバンだかを作って、お父さんオーブンで熱くして、と言ってきた。プラパンだかプラバンだかはプラスチックの板に好きな絵を描いて、それに熱を加えると最初の大きさの四分の一(だったかな)に縮んでアクセサリーになるという工作だ。太郎に便乗して夏子もキーホルダーを作ったので一緒にオーブンで加熱して作ってやった。(写真1写真2写真3)

 カミさんは今日も仕事だった。
 
 小生は推理小説は好きだが、今回読んだ「赤猫」、面白かった、個人的には松本清張の小説を思い出した、そういった雰囲気の小説だった。


平成30年 4月14日 (土)

 大嵐
     最低気温 13.9℃ (02:31)、最高気温 20.9℃ (17:46)

 南阿蘇のオープンセサミにルーチンになった木村豆腐店提供のオカラを届けがてら餌やりにでかけた。季節はもう緑に移りつつある。天気が怪しいので、いつもより一時間ほど早くでかけた。牧場主どの、ユウザンの死で忙しかったのだろうか、馬たちのメニューに従ったいつもは用意してある餌が見当たらなかったので、今日はこのまま帰るとメールをして、帰ってきた。ユウザンの厩舎には遺影が飾ってあった。帰り道の峠越えでは時々間欠ワイパーを動かすていどに少し雨を含んだ風が吹いていた。(写真

 午後から風と雨が強くなって、まるで台風並みの強風が吹いていた。下手な台風よりも強い風だ、こんななか、我が家の三人組は、映画を観に行った。確か「名探偵コナン」と言ったか、小生は日本のアニメは腹が立つから絶対に付き合わない。

 夜になって風雨ますます激しくなっている、小国方面に洪水警報が出された、少し南のここも、そのうちに警報が出されるかもしれない。

 熊本地震から今日で2年目になる、この日14日は婆様(母)の命日だが、そうか、命日の日に地震があったのだったか、どうも地震と命日が結びつかないと思って二年前の日記を読んでみると、二年前は命日でも七回忌なので平日でなく次の日曜日に法要をすることにしていたのだ、そして、結果的にこの地震が前震にあたり、少し後になってもっと大きな本震が起きて、七回忌どころでは無くなって、実際に法要をしたのはずっとあとになってからだった。
 
 今日の命日、八年目の命日になる。太郎の誕生日が三月ほど後になり、婆様とはこの世ではすれ違いになったが、太郎の年齢を覚えている限り、没後何年かはすぐに分かる。

 婆様が生前、私が死んだらトンカツを供えてくれとよく冗談に言っていたので、今日もトンカツとポテトサラダを作って供えた。そうだった、今日は「とんかつ忌」にしたのだった(H27.4.14日記参)、翌年の地震ですかり忘れてしまっていた。

 今日はロビンエンジンEH30BSのスタータースイッチについて勉強をした、大体わかってきた、エンジンキー、ネットで探すけど殆どディーゼル用だ、しばらく探して、どうしても無ければ、高いけどこれになるかな。


平成30年 4月13日 (金)

 晴れ。
   最低気温 5.2℃ (04:55)、最高気温 20.5℃ (14:07)

 本日の登校風景 今日は遠足だから、皆リュック姿で登校していった。
  写真1写真2写真3写真4写真5写真6写真7写真8

 一の宮小学校、新一年生を迎えて春の遠足があった。去年は旧中通り小学校、今年は旧坂梨小学校が目的地である。一の宮小学校が一の宮地区の小学校の統廃合で生まれた学校なので、思い出の元の小学校に順繰りに遠足に行くのだろうか。坂梨には浄土寺牧という今年はもう桜は終わったが、美しい公園がある、そこにすればいいだろうと思ったが、考えたらトイレの問題があるので、そういった設備が整った場所になるのだろうか。我が家から、田んぼの中を旧坂梨小学校に向かって歩く遠足の列がよく見えた。一日ズレると雨になったはずだが、素晴らしい天気のもとで無事に遠足が行われた。
 
 のだが、遠足が終わって学校に戻ってきた時分に学校から母親に電話があって、太郎が、遠足で女の子に何かを言われて、それで「切れて」石を投げたのが、女の子の歯に当たって、歯が折れた、ということで、母親が仕事場から学校に飛んでいって、事情を聞いて、先方の保護者に謝罪をしたという騒動があった。その後、詳しく訊くと、乳歯が抜けかけていてグラグラしている状態のところに運悪く(運良く?)石が当たったようで、それで羽が抜けたということらしい、先方の保護者も、子供同士のことですからと、それで治めていただいたようだが、よくもまあ、歯だけで唇や顔にあたらなかったものだ、万一女の子の顔に傷が残るようなことにでもなったらどうするのか、これは奇跡のようなものだ。ともかくも事情はどうであれ、石を投げるとは言語道断、小生だったら、太郎を先ず一発殴りつけるところだが、母親が処理にあたったので、こういったことはタイミングが肝心で、小生が出る幕は無くて、殴りつける機会も無かった。ただ家に帰ってからもじっと睨みつけて口も利かなかったので、かえって不気味に感じたようだ。これから成長するにつれて、男の子だけに、またこういった事件を起こすことになるのだろう。
 
 今日は、たけのこ掘りをして、親戚筋に送って、もう薹が立ちすぎているタケノコは我が家で食べようと、タケノコを茹でたり、料理をしたりで、ほぼそれで一日終わった。ここのところ他にやりたことがあったので、なるべく竹やぶの方に目をやらないようにしていたのでちょっと大きくなり過ぎたかもしれない。

 で、今晩の献立。タケノコご飯、土佐煮、若竹汁、カツオのたたき、イチゴ
 
 ロビンエンジンEH30BS、手動で運転をする方法はわかったが、セルモーターで動かすにはどうしたらいいか、まだ、わからない。セルモーターにくっつくようにして取り付けられているもの、これが何なんだろう、といろいろ調べていたが、どうやら、レギュレータレクチファイヤと言われるものとリレーだろうということが分かってきた。このリレーは始動スイッチがエンジンから離れているところに付いている場合、大電流をオン・オフするのに、太いケーブルを長く這わせないで済ませるためのものだろう。レギュレータレクチファイヤは単にエンジンを回すだけのものには不要だが、バッテリーに充電をしたり、電源を取り出したりするためには点火コイルだけでは当然駄目で、別途発電機能が要ることになると思うのだが、「こまめ」もまだ、修理途中だが、これもセル始動するからには、バッテリーを抱えるわけで、そうすると、バッテリーから電気を取るだけでなく、充電をしなければならないので、こまめにも発電機能が付いているということになるのだろうか。いわゆる「オルタネーター」のような立派な発電機ではなくても、何かしらの発電装置が内蔵されているだろうか。整流回路というからには、交流発電機がついていて、それを整流するのだろうか、エンジンのカバーを外してみると、中の方がもう少しは分かるかもしれないが、このレギュレータレクチファイヤはこのために必要な部品だろう。日本語に直すと電圧調整と整流回路とでも言うのだろうか、でもこの整流回路は三相発電用だがなあ。


平成30年 4月12日 (木)

 晴れ。数日間冬に逆戻りをしたような寒さが続いていたが、ここにきてようやく本来の春の気温に戻ったようだ。
      最低気温 10.8℃ (05:30)、最高気温 24.0℃ (15:10)

 本日の登校風景 連続写真
  尚、今日は初めての(上級生のいない)一二年生だけの下校になるので、時間のある保護者は途中の道筋で見守ってほしいというメールが学校から届いていたので、ちょうど晩飯の買い出しに出る時間だったので、朝、交通指導に立つ場所で、子どもたちが下校するのを見守った。学校も心配と見えて、先生方が三人も付いて子どもたちと坂梨まで歩いておいでだった、こどもたちの無事下校を見届けた後はとんぼ返りでまた学校まで歩くのだから、先生稼業も大変だ、まさに体力勝負だ。

 朝一番の仕事。ボンをつないでいるワイヤーが昨夕切れたのでつないでやった。昨年の暮れだったろうか新しく買ったやつがもう切れた。China製だから当然といえばそれまでだが、ワイヤーを覆っているビニールが低温で割れてその隙間に水が入って錆びてきれるのだ、寒冷地でなければビニールが割れることもないのだろうが、寒冷地仕様でもあればいいのだが。

 こんなに天気がいいと、あれもこれもやりたいことが山ほどある。しかし体はひとつだ。今日はまず、頼まれ仕事のタイヤホイールのガス切りをした。ホイールを三個積ん焼却炉を作るのだが、ホイールのハブというのか、あれがじゃまになるので、切ったのである。切ってひとつの筒にするのである。久しぶりに酸素アセチレンガスを使った。ホイールの切った部分の板厚は6mmあった、結構な厚さだ。これはやはり「オトコの仕事」だ(などと今どき言うとガタガタいうヤツがいるかもしれないが大きなお世話だ)、実に気持ちがいい。このあと、三本のホイールを溶接でくっつける、これも「オトコの仕事」だ、大きな世話だ。
 
 ガス切をしている周囲を盛んにハチが飛び回っている。一気の春でハチたちの活動も急に活発になってきた、のんびりはしておられない、ホイールをガスで切ったところで、今日は一旦中断して、ハチウトの準備にかかる。簡単に補修して、中を軽く焼いてエアで綺麗にして蜜蝋を塗って、ウトを置く場所を刈払機で草刈りをして、今日は二基だけ準備した、とにかく一基だけでも綺麗に整備したやつを置いておかなければ落ち着かない

 夏子は新入生の行事で、青少年交流の家で集団宿泊ででかけた。だから、今晩は、迷うこと無く、とろろメシにした。とろろメシだけ、他は何もなし、とろろメシだけ。


平成30年 4月11日 (水)

 今日は朝から雲が多くて南風が強かった。一時雨もパラパラ降った。
       最低気温 10.8℃ (02:18)、最高気温 19.4℃ (09:45)

 小、中、高校が今日から実際に始まる。昨日入学式を済ませた新一年生たちも、今朝は登校班に加わって、晴れがましそうに、そして、ちょっと照れくさそうに歩いていった。中学生の新一年生も、まだ体に合わない制服に身を包んで元気よく自転車に乗って登校していった。娘の登校シーンも撮ろうと思っていたが、交通指導の間にルートがちょっと違うようで行ってしまって捕まえ損なった。

 本日の登校風景 連続写真

 ようやく皆がでかけて小生独りの時間になった、いやいや今度の春休みは長かったなあ。普通、春休みが一番短かいはずだが、どうしたことだろう。

 で、何をやったかと言うと、まあ、ある種、放心状態、なーんにもしなかった、ただ、ちょっとのつもりで触った不調のチェンソー、結局、点火コイルの取替をやってしまった、点火コイルの交換自体は簡単だが、点火コイルからスイッチに延びる線の取替が大変で、キャブレターやその他の部品まで全部取り外さないと交換できない、メンテまで考えて作って欲しいものである。点火コイルの交換で、とりあえずはエンジンがかかるようになったが、それまで、いろいろといじくり回して今ひとつ調子が出ないので、また調整だ。
 
 太郎、水泳教室
 
 晩飯。豚肉の味噌漬け、ジャガイモのベーコン巻き、コールスロー、ダイコンと里芋の味噌汁、イチゴ。


平成30年 4月10日 (火)

 晴れ。
    最低気温 5.2℃ (06:03)、最高気温 20.6℃ (14:56)

 本日の登校風景。写真1写真2写真3写真4写真5
 今日は少学校の入学式があった。新入児童は入学式典の時間に合わせて保護者と登校するので、今朝の登校班には居ない、明日から皆と登校するはずである。今日は小学校だけでなく、中学校も高校も入学式があった。夏子も高校の入学式だ、朝、太郎と二人で記念写真を撮っておいた。夏子の入学式には母親が参列した。

 今朝早く、と言ってもまだうんと早い夜明け間近の頃だろう、ユウザンが逝ったというメールが届いた。小生は夜が明けてからそのメールを知った。あと数日で35歳になる直前だったそうだ、人間で言えば4倍した年齢になるそうだから、140歳ということになる、しかも脳卒中の後遺症で不自由な体だったが本当によく生きた。土曜日の転倒から起ちあがり、点滴などの治療を受けて一旦は元気になったそうだが、昨夕から急に体力が落ちたようで、全く苦しむこと無く大往生をしたと牧場主どのが語っていた。小生は今日は熊本方面に出かける予定だったので、ちょっと遠回りをして箱石経由で牧場に寄って、ユウザンに別れを告げて山を降りた

 今日の予定はハンズマンでいろいろな部品漁りをすることにしてあったが、ついでに光の森に寄って映画を観てきた。最初から目当ての映画があったわけではなかったが、たまたま時間的に、これならまあいいだろうという映画を選んで入った。邦題は「トレイン・ミッション」原題は The Commuter。全く期待をして入ったわけではなかったが、これは実に面白かった、サスペンス・アクションものだが、こういった筋立てとテンポ、日本の監督サンには絶対に無理だろう、さすがハリウッドだ。

 で、ハンズマンでの捜し物、結局欲しいパーツは全く無かった、まあ、ネットで買えばいいから構わないが。

 晩飯。豆ごはん、ブリの塩焼き、出汁巻玉子、揚げ出し豆腐、味噌汁、イチゴ。珍しく飯時にカミさんが帰ってきた。


平成30年 4月 9日 (月)

 晴れ。寒さは緩んだが風が強かった。(今の時期、緩むというのも変だが)
      最低気温 6.3℃ (00:00)、最高気温 15.0℃ (14:57)

 小学校は今日から新学期である(多分、中高も)、久しぶりに子どもたちが登校していった。そして明日は入学式だ。太郎は今日から二年生、クラス替えは無くてそのまま持ち上がりだそうだが、担任の先生が替わったそうだ。
 写真1写真2写真3写真4写真5写真6写真7

 
 今日は昼から柿の木に柿の木をもらいに行った。最初の柿の木は集落の名前である。ここ豆札と馬場と柿の木と福原がちょうど四角形の四隅の位置関係にある、この四つの集落が一緒に行事などをすることが多い、子供会の四分団もそうである。豆札から見るとその四角形の対角線の位置に柿の木集落がある、そしてこの柿の木はほとんどが斉藤姓で、小生が柿の木をもらいに行ったお宅も斎藤さんである。今日伺った斎藤さんは確かつぼみさんの実家だったと思う。

 午前中にもらいに行くつもりだったが、チェンソーの調子が悪くて、一生懸命調整していて行けなくなった、別のチェンソーを使えばどうということはなかったのだが、調子が悪いということに我慢ができずに、無駄な時間を費やしてしまった。そして結局別のチェンソーを持っていったのだが、、薪を積んで帰ってきてからもその調子の悪いチェンソーの整備をしたが、解決は出来なかった。もうやめようという頃に、点火のテストをしたところ、全く火花が飛んでいない、このチェンソーは確か、ダイヤフラムは交換していなかったのでキャブレターを分解清掃をしたが、キャブのすぐ近くに運転・停止のスイッチがあって、多分、このあたりが外れてしまったのかもしれない、点火コイルではないと思うが今日はもう時間切れで、また改めてということにした。写真1写真2写真3
 
 晩飯、チキン南蛮。これは夏子が弁当のオカズの作り置き(冷凍保存)をするために昨日鶏の胸肉を使ったのだが、肉が余るのは分かっていたので、今日はその胸肉を使ってチキン南蛮にしたのである。


平成30年 4月 8日 (日)

 晴れ、なんだかすっかり冬に戻ったような季節だ。今朝は霜が降りていた。写真1写真2写真3
    最低気温 -0.1℃ (05:47)、最高気温 11.1℃ (15:44)(グラフ表示が故障しているようだ)

 坂本棟梁から大黒屋さんの裏の木を切るという連絡をもらったので、朝9時にでかけた。古閑の高木さんをアシスタントにもうかなり切ってあったので、積み込んで昼までかかって2台分、たっぷりもらってきた。(写真1写真2

 ロビンEH30BSエンジンのエンジン停止方法がわかった、多分これでいいのだろうと思う。ずっと運転回路を物理的に切る方法を考えていたが、何処を見てもそれらしきものが見当たらないので、物理的に切らなくても、回路をアースに落としてやれば、同じことではないだろうかと思い至って、エンジン(のどの部分につながっているのか開けて見ていないからわからないが)から黒い線が一本だけ出ているやつがもしかしたらその線ではないかと思って、アースしてやったらエンジンが停止した。この線に、運転・停止の切り替えスイッチを付けて、逆発想で、接地回路を切った側(つまりNC側)を「運転」に設定すればいいのだろうと思うのだがどうだろうか。と、裏付け資料を探したらJLZからもらった別モデルの説明書にその図が載っていた、正にこの部分が一本だけ出ていた黒い線だろう。確かこのエンジンはセル付だと思ったが、今度はその線を探さなければ。



平成30年 4月 7日 (土)

 なごり雪の一日。真冬並みに寒かった、風が強くて体感温度が低かった。
     最低気温 2.0℃ (10:34)、最高気温 6.3℃ (00:00)

 朝はまだ良かった、薄日も差していた、ちょっと寒かったがそんな天気の中、木村豆腐店に寄ってオカラをもらって南阿蘇余生馬牧場オープンセサミにでかけた。峠越えの頃から雪が少し降り始めた、今日は風が強いので横殴りの雪だ。牧場についても風が強くて、まるで真冬なみの寒さ、先週体調不良だったルナも防寒着は着ているが復調したようだ、今日は餌だけやってさっさと帰ろうと、一番下の囲いの中に入ろうとした時、まるで見ていたかのように、牧場主から電話が入り、ユウザンが倒れて起こさなければならないけど手が足りないのですぐに上がってきてくれと切迫した様子(牧場は傾斜地にあっていくつかの囲いが階段状に連なっていて、ユウザンは下から三番目の囲いである)。
 
 急いで駆けつけると、ユウザンは小屋の中に倒れている。このユウザンは人間で言うと130歳をとっくに超えたサラで、名馬シンザン直系の唯一残っている子である、高齢のうえ先年、脳卒中で倒れて、後ろ脚の片方が麻痺して、歩くのが不自由で、小屋の中で躓いて倒れたらしい、ところが馬小屋が狭いので、独りで立ち上がる事ができない。そんな状態で、今朝上がってきた手伝いの後藤老人が見つけて牧場主に連絡をしたらしい。
 
 さて、どうやって立ち上がらせるか、以前にもあったそうだが、馬を一旦小屋の外に引きずり出さなければならない。前脚から首にかけてロープを渡して、えいやあで引くのだが、これが重たくてびくともしない、サラブレットは500キロくらいあるのではないだろうか、それでも、もうひとりの応援をえて、何度かの試みでようやく外まで引きずり出すことが出来た。
 
 普通、引きずり出してやれば、馬は自力で立ち上がるのだが、今朝のユウザン、起きようと狭い厩舎でもがいたのだろう、あちらこちらから出血している、弱ってか、疲れ果ててか、寝たきりで起き上がろうとしない。
 
 よりによってこんな時になんでだというように風が強くて雪が横殴りに叩きつけてどんどん体温を奪っている。ちょっとでも起き上がろうとする素振りをみせたときに、皆で背中の方から起き上がるように押すのだが、とにかく重くて、ユウザン自身がそれ以上立ち上がろうという意欲を見せないので、また泥だらけの地面に横たわってしまう、そういったことは何度も繰り返して、最後に、馬を一旦寝返りを打たせてその勢いで立たせようかということになって、前脚と後ろ脚にロープを引っかかて、反対側からせ〜の、と寝返りを打たせたところ、思惑通り、その反動でようやく立ち上がるることが出来た。それでも長時間横になっていて、なおかつ不自由な体なので、立ち上がってもフラフラしてまた倒れそうになる、ここでまた倒れたらもうおしまいだとばかりに皆で馬体を支えて、なんとか、立った状態を維持することが出来た(サラブレットは、横になると普通自分の力では反転(寝返り)出来ないようである、だから骨折をすると、寝返りが打てないので褥瘡を起こし、助からないという)。その後、少し餌を食べて、牧場主どのが治療にあたった。この牧場主は生まれた時から馬に乗っていたというような人なので、獣医のようなこともする。宮地のB獣医師だと思うが電話で相談指示を仰いで、自分で、注射と点滴をしていた。注射は皮下で、どこでもいいが、点滴は静脈を探らなければならない、この牧場主殿はそれをするのだ、首の下の静脈を探って針を刺し、都合、三本、点滴をした、点滴は竹の棒の先にぶら下げて、馬が動くのに合わせて移動する、傷口には塗り薬を塗っていた。小生は点滴三本目の途中で、もういいだろうと思って、腹を空かせている他の馬群に餌をやって、何かあったら電話をもらうことで牧場を引き揚げてきた。(写真を撮っている余裕など無かったので肝心な場面が無い、夢中だったのでどうやって起ち上がったかの記憶もあまりない)
 
 牧場の地面がぬかるんでいたので、衣服など泥だらけになって、2時過ぎころだったろうかヘトヘトなって帰ってきた。帰りの峠道、積もることはなかったが凄い勢いで雪が降っていたが、里に降りてくると、弱いながら日が差していた。我が家の三人組は今日は娘は友達と、太郎は母親とそれぞれ別行動で光の森にでかけていて留守だった。

 と本日を締めくくるところだが、実はもう一件、牧場の帰り道にドジをやらかしてしまった、それもヘトヘトになった一因でもある。
 
 帰る途中、南阿蘇の鍋の平キャンプ場に曲がる交差点を過ぎた時に、左側をみると、チラッと見えた風景、ああいいなちょっと写真でも撮ろうかと、交差点を通り過ぎて停まって、Uターンをすればよかったのだが、田舎道で車なんか通らないので、そのまま、バックで交差点まで戻り左にハンドルを切って、山側にバックで入って行った、ミラーで見てちょっと膨らみ過ぎだなあとは思ったのだが、どうせ、土手の法面だからぶつかったらその時ハンドルを切り直せばいいかと思って、そのままバックをしていたら、なんと側溝が切ってあって、右の後輪を脱輪!くたびれて注意力が散漫になっていたのもある、シマッタと思っても後の祭り、こんな時に自分の車にクレーンを積んでいてもまったく用を成さない。しかたがない、ジャッキアップして、動かすか(ジャッキアップしてどう動かすかまでは全く考えていなかった)、とジャッキを取り出して、セットしようといているところに、軽乗用車が通りかかり、脱離輪ね、私の車は4駆だから引っ張っていやろうか、ぬかるみのスタックならいいけど、側溝にタイヤを落として、軽で引けるかなあとは思ったが、せっかくのご好意、お願いすることにして、常備しているロープを出して準備をしているところに、今度は運良くユニックが通りかかって、脱輪かあクレーンで揚げてやるよ、すぐに準備をしてアッという間に揚げてくれた、最初の軽四輪の主も一緒になって手伝ってくれた、いや、地獄に仏だった、しかも御二体も、名前も伺わなかった、ありがとうございました。

 で、小生が撮ろうとした風景はこれ、散り始めの桜となごり雪の根子岳、思い出に残る一枚になった。

 家に帰って、これはちょっと寒いなと、久しぶりにストーブを焚いた、いやいやクタビレタ、昨日の予定では今日の日記、「午前中、いつものように餌やりに行って、午後は読書をして過ごした」のハズだった、本当に毎日日記ネタには事欠かない、ネタを誰かに分けてやりたいくらいだ。



平成30年 4月 6日 (金)

 午前中に降り始めた雨、夕方近くには上がった、所によっては強い雨と雷の予報も出ていたが、ここは大したことは無かった。ただ、今日は寒くて、股引を出してはいたほどだった。
    最低気温 9.3℃ (但し19:29現在)、最高気温 16.8℃ (12:04)

 太郎は元気に学童に復帰した。春休みは今日までで、月曜日は新年度の始業式だ。

 雨で外での活動ができないので久しぶりに室内でゆっくりした、youtubeで修理ものの動画ばかり見ていた。

 夏子は高校に入ると給食がなくなり弁当持ちになるが、母親から弁当くらい自分で作りなさいと言われて、本人も今のところはそのつもりでいて、料理本を眺めているので、今日の昼飯はオマエが作ってみろ、わからないところは教えてやるからと言って作らせた。基本が全く駄目なので、小生がつきっきりで指導して、何とか昼飯のオカズをつくって、二人で食べた。見栄えは悪くても材料と調味量が間違っていなければ味なんか大きくは違わないので、ちゃんとした昼飯を食べることが出来た。今回を経験に今度はどうしたらもっとよくなるか考えろと言っておいた。(写真を見るとなんとも汚い台所だ)
 
 晩飯。マーボー豆腐、エビチリ、中華スープ、イチゴ。今イチゴが安い、一箱199円也(外税)、大粒でもっと高いイチゴもあるが、これでも甘さは十分である。


平成30年 4月 5日 (木)

 曇り、夕方近くから少し雨になる。
    最低気温 9.8℃ (06:01)、最高気温 20.2℃ (14:03)

 太郎、本当はもう良いと思ったのだが、ちょっと時々咳が残っていたので、まあ、無理をすることもあるまい、と今日まで学童を休ませることにした。我が家は強制しているわけでは全く無いが、誰も全くと言って良いほどテレビを見ないが、その時間はしっかりと好きなことに充てている、太郎は紙工作が好きで、紙を切り抜いたり色を塗ったりしていろいろなものを作っている。今日は何か背中に背負っているので、それは何だと訊くと、スプラトゥーンのなんとかかんとかで・・・と小生が全く知らない話をしていた、なんでもゲームのキャラクターらしくて、小生にはサッパリ、太郎は今、約束を破ったので小生にゲーム機を取り上げられていて、ゲームなしの生活をしているが、このスプラトゥーンはそのゲーム機のソフトでは無いようで、友達同士でいろいろ情報交換をしては、今度誕生日に買ってもらう(つもりでいる)ゲーム機のソフトらしい、すべて小生にはちんぷんかんぷんである。

 2月に手に入れたロビンEH30BSエンジン、林内作業車に搭載されていたエンジンだが、車体の方に操作盤が付いていて、それからエンジンだけ降ろしたものをもらってきたので配線が全く分からない、チョークとスロットルはエンジンを見ればどれだか分かるので指先で動かせるが、肝心の「始動」のスイッチが分からない、二三本配線があるが、どうもピンとこない。

 今日、たまたまエアフィルターを外してみたところ、ダイレクトにキャブレターのチョークバルブが見える、よし!ものは試しだ、と、このバタフライ(フタ)を開いて例によって「魔法の薬」を吹き込んでスターターを引いたところ、二三回目でエンジンが掛かった、別に始動のスイッチを押さなくてもエンジンがかかるノーマルクローズの回路だったようだ。スロットルのレバーを指先で動かすと回転をコントロールすることが出来る、おお、動くではないか、これは嬉しい、ところが、今度はエンジンの止め方が分からない。回路を切らないとエンジンが止まらないのだがその方法が分からない、止む無くプラグを抜いてエンジンを止めた。
 
 ちゃんとエンジンを止めるのはどうすればいいのだろうか、JLZが参考にと持ってきてくれたロビンのエンジンのと取扱説明書をみるが型式が違うので、ちょっと分からない。今日はとりあえず動くことがわかっただけで良しとしよう、今度じっくり調べてみよう。
 
 それからエンジンを作業車から降ろすまでは使っていたのでオイルは入っているはずだが念の為にオイルキャップを取ったところ、水平にしてあったのに、ドロドロと流れ出した、おいおいこれは、ドレンじゃないぞ、あふれるほど入れてあったのだろうか、いずれにしても真っ黒だったので、替えなくてはと思ってみたが、ドレンが見当たらない、オマケに、オイルキャップが二箇所ある、これはなんだろう、下でつながっているようでどちらから入れても良さそうだが、どうして二つあるのだろうかと、ネットで調べたら、使いやすい方を使うように二箇所あるという記事があった、汎用エンジンなので、取り付ける機械によって、どちらか選べるようになっているのだろうか、なかなか親切である。ドレンはもしたらこれだろうか、これもそのうちに調べよう。
 
 「こまめ」の点火コイルをヤフオクで注文しておいた、もちろん中古だが約3kだった。それやこれやでこれからエンジンをいじくり回すにあたって、管理機のハンドルが邪魔で仕方がないので、これを外した。ところがこれが大仕事で昨日の夕方から今日の午前中かかってしまった。ひたすらレンチをハンマーで叩きながらようやく緩めることが出来た、もしかしたら逆ねじではないかと思ったくらいだった、取ってみると、別にネジ山が変形しているわけでもなく、単に硬かっただけだ(無くならないようまた軽く締めておいた)。
 
 それからもう一件、夕方、注文してあったエアフィルターが届いた、これはどのエンジンのやつだったっけ、と迷うくらいいくつかいじっているのですぐには思い出せなかった。そうだ、手押し田植え機「春風」のエンジンのやつだった。フィルターが完全に無くなっていて、ここにどんなフィルターが入っていたのかネットで調べても分からないし、今更メーカーに聞いてもとっくに廃番なので、訊くだけ無駄だろうと思って、形状、サイズをもとに調べたら、汎用のフィルターと称して同じサイズのスポンジがあることがわかったので、それを注文した。はめたところピッタリである、エアフィルターにはいろいろ凝ったものがあるが、多分、これにはもともとウレタンのスポンジ製のフィルターが入っていたのだろう。ということなら、ホームセンターで適当なものを買ってきて丸く切れば良かっただけか。いろいろ調べていると、このウレタン製のフィルターはオイルに浸してしっかり絞って入れることとある、なんでもそのまま入れると酸化してボロボロになるそうである、古い機械のそういったフィルターがボロボロになっているのは、そういったことなのだろう。 
 
 そろそろ雨が来そうなので、(そう言えば昨夜は降らなかったなあ)、今燃やしている朽材をできるだけ燃やしてしまおうと、例のブロアーで風を送って燃やした、しかしもともと長い年月土中に埋まっていて芯までどっぷり湿っているのでなかなか燃えない。
 
 夕方近く、DIOTが御入来、仕事の以来である。仕事と言っても、タイヤホイールをつないで、ゴミ焼却炉を作ってくれという要請である。焼却炉と言っても、ホイールを達磨落とし的に三個重ねて、重ねたところを点溶接をしてドラム缶様にするだけである、ただ、一番下は良いとして、上二つのホイールのハブ部分(という言い方で良いのか)はガスで切らないとひとつの缶にはならないので、しばらく時間をもらうことにした。それから断捨離、終活で整理をしていて出てきたという、ローテーターを頂戴した

 夏子、今月からピアノのレッスンは、以前通っていた阿蘇神社横の宮地のピアノ教室に戻った。先月までは泗水のピアノ教室に通っていた。というのは、昔、宮地で習っていた先生が、泗水に移られて、娘はその先生を慕っていたので、遠いにもかかわらずずっとそちらの方に習いに通っていた、ところがその先生がこのたび、出産で退職されたので、またこちらの教室に通うことになったということである、今日がその最初の日で、夕方、新しい先生のもとでレッスンを受けた。

 晩飯、ご近所から菜園で採れたほうれん草を山程頂戴したので、シチューに入れて食べようと、クリームシチューを作って、たくさん入れて食べた、これはうまかった。それから同じく村のアスパラ農家さんからアスパラをたくさん頂戴したので、これもシチューに入れようかと思ったが、軽く塩ゆでをしてマヨネーズで食べた、こどもたちがこんなにアスパラが好きだとは思わなかった。お父さん、このアスパラの下の方も柔らかいねというので、一本のアスパラを二等分して、穂の部分と下の方とは、一緒に茹でないで、下の方を茹でてあるていど火が通ってから上の穂の方を一緒に入れて茹でているのだぞ、と言うと、へえ、と感心していた。どうだこの気配り!


平成30年 4月 4日 (水)

 晴れ、昼過ぎに少しパラパラと雨が降ってきたので、予報よりも少し早いなと思っていたらすぐにやんだ。
     最低気温 8.1℃ (06:10)、最高気温 21.8℃ (12:09)

 太郎のやつ、体調不良で、学童と水泳教室を休ませる。昨夜辺りから少し咳をしていてい、大丈夫かと訊くと大丈夫だというので大丈夫なんだろうと思っていたところ、今朝、起きて、顔を見ると少し白っぽい顔をして、大丈夫そうでない。軽い喘息が起きたようで、酸素の取り込みが少なくて、顔色が悪かったのだろう、母親にネブライザーを用意してもらって吸入して、とりあえず、元気になったが、用心のために、冒頭に書いたように今日は自宅静養とした。病院に行っても仕方ないので、今日は医者にはかからなかった、よほど退屈したと見えて、ボク明日、学童に行くけん、もう大丈夫ばい、と言ってるが、それは明日の朝の顔色を見てからだと言っておいた。

 おねえちゃんは、入学の事務手続きで、母親と一緒にでかけていって、教科書や制服をもらって帰ってきた、自転車通学で、どのコースが一番近いかいろいろ調べているようである。

 小生、いつも、あれとこれとそれと、とやることを予定を立てていながら緊急を要するものではないものはすぐに忘れて、夜寝る段になって布団に入って、あいたしもた、となる。と書いたところで、「あいたしもた」は漢字で書けるのだろうかと思って調べたら、あいたしもたは熊本弁なんだそうだ、標準語だとばかり思っていた。
 
 それで今日は朝起きたときに、これだけは忘れずに今日中にやっておこうとメモ書きをしておいた。薪運び、クレーン固定、桜の枝打ち、本の返却、順不同で思いついた順に書いた。
 
 「薪運び」は、夜にはちょっと天気が崩れそうな上に、この先、また寒さが戻ってくるということなので、せっかくの好天続きで乾いた薪を雨で濡らすこともないだろう、また燃やすことになるかもしれないので、降る前に少しだけだが薪小屋に運び込んでおいた。

 そう書いてから、レーダーで確認をしようとしたところ、いつも小生が見ている国土交通省の防災情報センターのレーダーのデザインが全く変わってしまっていたのでびっくりした、4月から新デザインに変更したのだろうか、ここのところずっと天気が良くてレーダーを見ることがなかったので、変わっていたことに今日気がついた。

 「クレーンの固定」は、先日、堆肥を運んだあとで水洗をした時に、荷台に敷いてあるマットを外したので、マットを外すに際してトラッククレーンの荷台へのネジ止めを緩めたままにしてあって、走るたびにグラグラガタガタしていたやつを今日しっかり固定した、荷台の下のボルトの頭を探して動かないようにして上のナットを締める作業が、見えないので結構大変で延ばし延ばしになっていた。
 
 「桜の枝打ち」、我が家の入り口に咲いているソメイヨシノ、てんぐ巣病が入って、年々、花が咲かない枝が増えている、このてんぐ巣病はウイルスによるものだそうで、どんどん広がるので、その枝は早く切ったほうがいいと聞いている、どれだけ効果があるか分からないが、花が咲いている時期でないと分からないので、今日、枝を落とした、かなりの枝を切り落とした。大分スッキリした、その桜もそろそろ散り始めている
 
 「本の返却」、本の貸出期間は2週間で、最近忙しくて昼間は読む時間が無くて、布団に入ってから、ようやく読書でもしようかと本を開くと疲れてすぐに寝てしまうので、最近読書のピッチが落ちていて、期限ギリギリになって、慌てて返しに行ってきた。
 
 何も改めて、項目別に書くこともないのだが、たまたまメモに書いた項目に従って、今日やったことを、書いたまでである。
 
 その他に、古く朽ち果てている薪材の山の焼却の続き、少しずつだがここ数日ずっと燃えると言うかくすぶり続けている。
 
 「こまめ」の点火具合の再確認、はやりほとんどアークが飛ばない、これはもう点火コイルだな、注文しよう。

 部屋の中にスズメバチが一匹飛んでいる、どこから入ってきたのだろう、今の時期のスズメバチは女王蜂だ、越冬から覚めて、活動を開始したと見える、窓を開けて逃してやったが、そうか、女王蜂だった、逃してよかったのだろうか。我が家のハチウトの準備もしなければなあ。

 晩飯。太郎は朝少し下痢をしたそうなので、消化に良いもの、ということで、餅オジヤにした、別に何を食べてももういいのだろうが、賄い方が何を作ろうか悩んで、渡りに船で、その献立にしただけである。



平成30年 4月 3日 (火)

 晴れ。どんどん気温が上がっている。
     最低気温 9.7℃ (06:43)、最高気温 23.9℃ (14:39)

 ジャガイモの植え付けが終わった、まだホームセンターには種芋が山ほど売っている、例年小生が植える頃には全て売り切れになっているくらいだからこの時期の作付け、小生にしては驚異的な早さだ。

 今回は、男爵40個、メイクイーン40個を植えた、昨日二列の畝に60個植えて終わったので、今日は午前中に20個植えてめでたく終了。今日は20個だから畝は短め。普通、どうせなら、植えなくても、もしかしたら使うかもしれないので、隣と同じ長さでマルチを張るところだがきっちりと20個分のマルチしか張らなかった、もし必要になったらその時に張ればいいのだから、使わないのに張って、後で剥がしで苦労するよりは絶対にいいのだ。ジャガイモ植え、こんなに早く終わるのだったら、もっと植えれば良かったかな。いやいや、このくらいでいいのだ。
 
 昼から用で阿蘇に登ってきたJLZが帰りに寄ってくれた。オシロスコープを持ってきてくれた、小生は使い方をあまりよく知らないので、少し落ち着いたら電源を入れてみようと思っている。
 
 ついでに、今ハマっているエンジン類も見てもらっていろいろとアドバイスを貰う。例の「こまめ」だが、先日売っていなかったので間に合わせに使ったスターターのヒモがまた切れた、今日行ったホームセンターにはあったので、交換しておいた。それで、エンジンがかからない原因をいろいろあたっているのだが、今までピカピカ光るテスターで見て、ちゃんとスパークしていると思っていたが、どうも、ちょっと違うようで、テスターを使わずに(使う必要がなかったようだ)、スパークプラグをエンジンの中から外して、プラグキャップを被せて、直接エンジンの筐体にアースさせて、スターターを引いてみると、時々しかアークが飛ばない、それも、弱々しく赤っぽいアークである、JLZに言わせると青くなければ適正なアークではないとのことであったので、ということは、点火コイルがへたっているのだろうか、要は点火コイルの二次側に高圧電流が出来ていないということなんだろう。点火コイルを探して交換してみようかとヤフオクで調べたところ、中古で2,000円、新品で8,700円とある、結構するもんだなあ、教材だから頼もうかなあ、どうしようか。
 
 晩飯。ジンギスカン。珍しく「えびすパーナ」にジンギスカンが売っていたので、迷わずにこれに決めた。ここでは羊肉なんかほとんど並ぶことはない。


平成30年 4月 2日 (月)

 晴れ。日に日に気温が上がっていく。
     最低気温 7.2℃ (06:45)、最高気温 22.9℃ (13:54)

 春休み中も太郎は学童に行っている、始業式はまだだが今日から学童では二年生扱いになった、というのも、入学式まえながら新一年生が今日から学童保育デビューである、大勢入ってきて賑やかだったということである。そう言えば夏子も入学式はまだだがもうすでに高校生なのだ。

 家の敷地に入ったところにもう数年、薪材を積んでそのまま朽ちている山がある。ずっと晴天続きでそれらも乾燥しているので、ここのところ、思い出しては火を点けては燃やしている、完全に乾燥しているわけではないので少しずつジワジワと燃えながらその山が減りつつある。どう転んでも火事になるような環境ではないので一晩中燃やしているが、良くしたもので夜露が降りるのだろうか朝には消えている。
 
 晴天が続いているがそろそろその晴天続きも終わりに近づきつつあるようだ、まだ大丈夫だと思うが、天気のいいうちにジャガイモを植えてしまおうと、今日その作業に取り掛かった。
 
 先日買ってきた種芋を数えたら、男爵が29個、メイクイーンが34個、ともに3キロである。例年各5キロ植えていたが、植える時も収穫のときも大変なので、今年は特に腰が痛いので(のハズだったが、いつの間にか治っているようだが)各3キロにしたのだ。でも、去年の日記を読んでみると、各五キロでも、種芋が小さかったのだろう、今年から見ると去年は桁違いの量を植えている。だからということではないが、種芋を少し切り分けて、一応両方共40個ずつにした

 畝を立てる時には管理機に培土器をつけて畝立てをしているが、準備万端整って管理機を動かそうとしたが、エンジンがかからない、数日前に、この場所に運んできた時にはちゃんと動いたのに、今日は全く動かない。これがもし以前であれば慌てたところだが、今はもう全く慌てずに、キャブレターだな、掃除しようか、でも、年に一回かそこいらしか使わないのだから汚れるほどでもないだろう、ちょっとキャブクリーナーを吹きかけてみよう。この管理機はエアクリーナーとキャブレターが共ネジで留まっている、もしボルトを全部抜くと後が面倒だ、と、ちょっとだけエアクリーナーを引っ張って、キャブレターとの間にできた隙間からキャブクリーナーを吹き込んで、エンジンを掛けたところ見事一発だった、今はこういった応用もできるようになったのだ。この管理機は以前に何度か、エンジンが掛からずに業者に来てもらったことがある。今から考えたらそのときは必ずキャブレターを取り外して掃除をしていたが、なにもしないで金を請求するのもなんだからと、一応分解して清掃していたのだろう、そのたびに「時々エンジンを掛けてくださいね」と言って業者は帰っていったが、今思えばそういうことだったのだなあと懐かしく思い出される。

 午前中に一列畝を立てて、午後からも一列立てて、もう一列立てると今回はおしまいだから、ちょっと時間が押しているけどやってしまおうかと思って道具をちょっと取りに行くときに、ふと足元をみると、タケノコが・・・・。ああ、見なきゃ良かった、明日気がつけばよかった、でも、明日になると伸びすぎになるかもしれない、急遽、畝立てを中止して、タケノコを掘って、晩飯の準備に予定変更。

 毎年、浄化槽脇のその場所が一番早く顔を出す、今日は小さなやつが二三本、晩飯の材料としてはギリギリの量だ。よくしたもので山椒が数日前までは全く芽もでていなかったのに、タケノコに合わせて小さいながらちゃんと葉を付けてくれている、まさしく自然の妙である。(写真1写真2
 
 もう少しすると、もっと生えてくると思うが、竹林の手入れが悪くて竹が密生しているから、タケノコもバランスを考えてあまりたくさん出てこないかもしれない、少なすぎても困るし多すぎても困る、ほどほどに願いたい。。
 
 とういわけで、今晩は、タケノコご飯、土佐煮、若竹汁、出汁巻玉子、シュウマイ、冷奴。取り立てのタケノコ、口の中に春の香りが広がった、無粋なこどもたちもこの香りはわかったようだ。


平成30年 4月 1日 (日)

 晴れ。
     最低気温 6.3℃ (06:01)、最高気温 22.1℃ (14:03)

 村の会計業務が昨日で終わった、丸8年やったことになる、そんなにやったんだなあ、実感が全く無い。午前中、次期会計の渡邉房士さんに引き継ぎをした。房士さん、何か作業中でズボンが泥だらけだと言って家に上がらないので、玄関先で引き継ぎ書にサインをしてもらった。今日から区長も替わって新しい体制で豆札村は運営される。
 
 太郎がクラスメートのりょうじ君と遊ぶ約束をしたそうで、午前中、小生が送っていって、昼前にまた迎えに行った、今後こういったことが頻繁に起きることだろう、そのうちに一人で行き来するようになるのだろうが、今のところはまだちょっと危ない。カミさんは昼から新年度の準備だと言って仕事に行った、夏子は殊勝にも最近勉強をしている。

 先日、ヤフオクのオークションで2,500円で落札(送料1,980円)したクボタの手押し式田植え機「春風」から降ろしたエンジンの整備をした。(写真1写真2写真3
 
 スターターのヒモの還りが殆ど無く止まってしまう、これはオークションの断り書きにあったので、取り外してから、田植え機だけあって粘土状の泥が詰まっていたので掻き出して、注油して戻りの回転を回復させた。
 
 同じくエンジンがかからないとあったが、多分掛かるのではないかなあと思ったが、燃料を入れてかからないとまた燃料を抜いたりしなければならず、あくまで、動かないやつを動かすことが主眼で落札したものだから、最初から分解清掃して組み立てることにした。

 これは4サイクルのエンジンでキャブはフロート式、「こまめ」と同じだ。4サイクルになるとダイヤフラム方式ではなくなるのかな。フロートチャンバー内もデザインがちょっと違うが、「こまめ」と基本は同じだ。キャブレター内もかなり汚れていたので綺麗に清掃して組み立て直した。このキャブ周りは「こまめ」よりずっと扱いやすい。このエンジンはキャブから直に吸気バルブに気化燃料が行くようになっていて、部品としてのインテークマニホールドは無い。エアフィルターのエレメントが全く無い、まだ売っているだろうか。

 燃料コックのところから燃料がポタポタ落ちる、透明のカップはヒビが入っていない、パッキンが駄目になっているのだろう、これは交換すればいい。
 
 エアフィルターからエアを取り入れる口が二つある、ひとつはキャブレターだが、もう一つは管を通してエンジン内部につながっている、その部分は開けなかったので、どうなっているのか分からない、バルブのスプリングがあるところだろうか、ここにエアが必要なのか、開けてみればよかった(後日追記、これはブリーザーホースと言って、クランクケースにつながっており、漏れたオイルが霧状になったものや未燃焼ガス(ブローバイガス)などは有害物質が含まれており、そのまま大気中に放出すると汚染するので、再度キャブレターに送って燃焼させるたものもの)。

 さあ、組み立て直したぞ。オイルを入れて、ガソリンを入れて・・・さて、掛かるだろうか、三回くらい引いたところで一旦ブルンときて止まったので、ヨシ!と続けて引いていると、見事掛かった(と言っても、静止画じゃわからないか)。もし「こまめ」に続いて二連敗だったら気が滅入るところだったがホッとした。ドッドッドッと腹に響くように力強く回る、いいな。同じ動力でも蒸気機関だともっといいだろうな。
 (静止画じゃ分からないので証拠に動画を撮っておいた、ただしファイルサイズが7Mくらいある)。
 
 燃料タンクがエンジンに取り付けられていないので、エンジンの上にタンクを載せる工夫をする必要がある。このエンジンはもともとスタート回路が出来ていて、だまってエンジンを掛けるだけでいい、エンジンスイッチなど面倒なものがないので、この部分の回路の心配をしなくて済むだけいい。止める時だけ、止るのボタンを押せば回路がオープンになって止る構造だ。
 
 エンジンを分解していると部品を外すに従って次々にネジが溜まる、後から、ここはどのネジだったかなあと迷うことがある、だから、ちょっと二度手間になるかもしれないが、部品を取り外したら、面倒でもネジは元の場所に軽くはめておくと後から迷わなくていい。ところが、そうやって今回組み立てたのに、最後に大きなボルトとワッシャーが一組なのか、一個ずつなのか分からないが残ってしまった。でもなあ、これは締め忘れるボルトじゃないなあ、多分、エンジンを掛けるとブルブル震えるのでその振動で、このエンジンを田植え機から取り外す時に何処かに落ちて挟まっていた不用のボルトが転がり落ちたのだろうと一応思うことにした。