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平成30戊戌(2018)年 1月の記録(新しい日付けの順)

平成30年 1月31日 (水)

 今日で1月が終わる、もう一年の12分の1が終わってしまった、

 晴れ、時々曇り。今日は暖かかった、それで今夜から明日にかけて雪になるという、ピンと来ない。
    最低気温 -7.7℃ (06:42)、最高気温 6.7℃ (15:30)

 本日の登校風景 写真1写真2写真3写真4写真5写真6写真7

 昼からざっと薪を作っておいた。ようやく1月が終わったばかりで本来だと2月が寒さの本番だが、この冬の異常低温、一体この先はどうなるのだ。

 カミさんが今日からまた週末まで東京出張だそうだ。ということで、太郎の水泳教室の迎えがてら夏子も一緒に風呂に行く。

 晩飯。ロールキャベル、コールスロー
 
 今宵は三年ぶりという皆既月食があり、9時ころ半分近く欠けた月をみた。夜に雪の予報が出ていてそのせいで大分雲がかかり始めていてあまり鮮明ではなかったがそれでも左側から欠け始めているのがわかった。日食と違って月食は頻繁に起きるから、それに太陽ほど明るさの劇的変化が無いので強いて観ることもないと思っていところ、娘が今度は2035年まで見られないわよ、というので、そうなると小生は90歳以上になる、とても生きてはいないだろうからと思って、今生の名残に外に出てみた次第である。ところが、娘いわく、2035年は皆既日食のことよ、とのこと、小生の早とちりだった。日食と言えば、H21.7.22に、日本で皆既日食が観られ、九州でも90%以上欠ける日食があり、坂梨小学校で観察会があったことが日記に書いてある。普段日記にはどうでもいいことばかりを書いているが、こうして、遡ってみると、ああ、日記は付けておくものだとしみじみ思った、当時のことが懐かしく思い出される。。


平成30年 1月30日 (火)

 晴れ、時々、曇り。写真1写真2
 朝起きた時に薄っすらと白くなっていた。今日も基本的には寒かった。明日の朝はまた今朝以上に冷え込むそうだ。風呂から帰る時に空にほぼ満月のまん丸な月が上がっていたが、夜になってライブカメラにはその月明かりだけで阿蘇五岳が写っていた
    最低気温 -4.1℃ (07:18)、最高気温 1.5℃ (14:33)

 寒さのプロであるはずの佐渡市で低温を原因として広範囲に断水が起きていて復旧の見込みが立たないと言う、氷点下4℃を下回る厳しい冷え込みが続いてとのことだが、そんな程度の気温でこんな事故は起きるものだろうか、雪国はそんなに想像するほど気温は下がらないと言うし、佐渡はもともと水不足の町だということは昔聞いた記憶があるが、災害はどんな時に起きるかわからないものだ。

 本日の登校風景。写真1写真2写真3写真4写真5写真6写真7

 昼過ぎまでかかって、天窓のロールスクリーンの修理をした。スプリングはスクリーンを引張り降ろした状態で、常に巻き取ろうとうする方向にテンションがかかっていなければならず、巻き上げメカ装置を取り付ける時にそのことでちょっと悩んだ、今回の仕事は本来の生地がなかった分ちょっと不満が残るが、それを除くとパーフェクトだ。このロールスクリーンをアッセンブリで入手するとなると20,000円近くするが、今回は生地だけだったから500円しなかった。ただ、テーブルクロス材なので、真夏の直射日光にはどうなるだろう、多分延びるだろう、でも交換を一回経験したから、二回目は楽にできる、適材がないか機会をみつけて探してみよう。
 
 晩飯。炊き込みご飯、刺し身(マグロ、カンパチ)、出汁巻き玉子、里芋とネギの味噌汁


平成30年 1月29日 (月)

 曇り、時々雪が舞っていた。
    最低気温 -2.4℃ (但し、19:56現在、なお降下中)、最高気温 1.2℃ (13:47)

 本日の登校風景 写真1写真2写真3写真4写真5写真6写真7

 天窓のロールスクリーンの生地がネットではどうしてもみつからない、ロールスクリーンを売っているサイトに幾つか照会したが、どこも生地だけは売らないという。だから今日は山を降りてハンズマンに行ってみた。ここでもロールスクリーンはセット販売だ。その売場に並んで壁紙を売っているコーナー、そしてテーブルクロスの売り場。壁紙にはクロスを使っているもので、ロールスクリーンに使えそうなものはいくつかあったが全部90センチ幅でしか売っていない、これではとても足りない。そこでテーブルクロス売り場を覗くと、ここにようやく転用できそうなものが売っていたのでとりあえずその中から適当に見繕って、買ってきた。
 
 今日はその他にも目的があった、光の森で久しぶりに映画を観てきた。

 『ジオストーム』(Geostorm)、人間は気象をコントロールしたはずだったが・・・これは文句なしに面白かった。これぞハリウッド映画だ。ISS、世界各地を襲う自然災害(銀座もやられる)、ポリティカルアクション、カーチェイス、ラブロマンス、コンピューター犯罪、いろいろな要素を全て盛り込んだ息をつく間もないほどのストーリー展開、そして最後にグッとくる。ただ気に食わないのは最近はハリウッドも中国資本に侵略されて、劇中に「米中協力で・・・」なんていうセリフがあったりする(先端科学なら日米協力だろう)。写真1写真2写真3写真4

 晩飯、豚肉の味噌漬け、出汁巻き玉子、ワカメの酢の物、ジャガイモと玉ねぎの味噌汁

 夜、豆札の公民館で滝室坂トンネル工事で村の共有田「免田」に関して、国交省との話し合いが持たれた。



平成30年 1月28日 (日)

 朝、予報通り、雪が積もっていて、昨日のうちに薪にシートを被せておいて良かった。この雪も昼前には雨に変わった。
 そして、雪のために、坂梨新春駅伝大会は(延期ではなく)中止になった、そう言えば何年か前も雪で中止になったことがあった。
     最低気温 -1.0℃ (00:07)、最高気温 2.8℃ (13:32)

 今日はほぼ一日布団に潜り込んで本を読んで、いつのまにかイビキをかいて昼寝をしてそんな風にして過ごした。
 
 Yahooオークションで落としたものが届いた。電子レンジで1,945円だった、そのうち送料が1,944円、ということは本体は1円だったということだ。小生は中の部品だけ欲しかったのだが、ジャンクと謳っているものの完動品、筐体の上のほうが少し凹んでいるが我が家の電子レンジよりも清掃具合は綺麗である。これを他に入札者がいなかったとは言え、1円で発送しなければならないのは、出品者としては荷造りだけで考えても大損だろう。この程度のタダ同然の電子レンジがゴロゴロ出品してある、最近のモノの値段は本当によく分からない。

 それで、この電子レンジを何に使うかというと、なかの高圧トランスを使って、スポット溶接機を作りたいのだ。(今はインバーター方式が主流のようだが)この手の電子レンジは100Vの電圧を2,000Vに昇圧してマイクロ波を作り出すそうで巻数比は1:20くらいだそうだ。そこでこのトランス(MOT)の二次側の銅線を全部取り去って銅線を二〜三回巻いて昇圧とは逆に100Vを3V程度に落とす代わりに大電流を得て、溶接機にするのである。大電流が流れるので巻く銅線は太くてはならない、溶接用のケーブルやブースターケーブルを使う。とまあ、そういつもりで取り寄せたのだが、今すぐにやろとういのではないし、まだ動く電子レンジをわざわざ分解するのも気が引けるのでしばらくは本来の電子レンジとして使うことにしよう、そのうちに別途電気屋さんから引き取ってきた廃品レンジが手に入る機会があるかもしれない。

 ラジオで大相撲初場所で優勝した「栃ノ心」の出身をジョージアと言ってたので、へえジョージア州なんだと思っていた、力士の出身地を紹介する時には普通、国の名前でなくて、アメリカ、ハワイ州だとかモンゴル、ウランバートルだとか言っているので、ジョージアと聞いて当然アメリカのジョージア州とばかり思っていたのだが、今朝のネットで出身地の村人がテレビを見ながら歓喜する写真を見て、アメリカというよりスラブ系、ロシアという雰囲気だなあと改めて、説明文を読むと、ジョージアという国の出身ということだということが初めて分かった。そうか、グルジアを今はジョージアと言うようになったのだった、だからロシア的雰囲気だったのだ、確かスターリンがグルジア出身だったはずだ。またも優勝は外国勢だがなんとなく今回もまたモンゴルか、よりはいいな。そして改めてジョージアという国、地図で位置を確認した、このあたりの位置関係はこんなことでもないと思い出せない。


平成30年 1月27日 (土)

    最低気温 -8.3℃ (06:49)、最高気温 5.8℃ (15:57)

 今朝も冷え込んだ。このくらい気温が下がると、車のガラスに氷の結晶が花咲く、見事である。また、このくらい気温が下がるとバケツの中は上から下まで完全に凍る、氷の塊になる。普段、ボンは上の方だけ凍った場合、舐めて氷を融かして下の方の水を飲むが、今朝のように完全に凍ると、ただ氷の表面を舐めるだけでとても水分の補給はできない。一生懸命舐めているので、水を入れてやろうとしたが、バケツの氷はどうしても抜けない、そこで縁までスペースが残っていたのでその高さだけ水道を入れてやったところ、ゴクゴクゴクゴクいつまでも飲んでいた、よほどノドが乾いていたのだろう、それに何と言っても阿蘇の天然水だからな。こんな朝のオープンセサミ、水桶はガチガチで割るのが大変だろう、牧場主どのさぞかし往生されただろう、今日は予定があって行けなかった。
 
 朝食に、売っていたピザをオーブンで焼いて食べた。美味くなかった、やはり今度自分で焼いてみようかな。

 今日は登校日ではないので、旗振りに立つ必要もなく、朝のうちはヌクヌク出来るはずであったが、今日はこども会の廃品回収があった。8時に坂梨公民館に集合して、それぞれ持ち場に散って廃品を回収してまわった。気温が低かった割には風もなく気持ちが良かった。
 
 従来は、村の各家をまわって廃品を回収したが、今回は、普段の各集落のゴミ集積場に各家庭から事前に廃品を出してもらっておいて、それを回収すればいいようにしてあったので、楽で、短時間で終わることが出来た。今回回収した廃品は、アルミ缶とビール瓶だけだった。
 
 アルミ缶は坂梨公民館でトラックに積み込んで、運んでいった(どこに運んだのだろう、聞かなかった)、ビール瓶はテラサワの駐車場に集積した。テラサワさんは酒屋さんでもあるので、そういったルートがあるのだろう。

 こども会 廃品回収 連続写真
 
 廃品回収作業の後、子供会の総会が坂梨公民館で開かれたが、小生は保護者の保護者の年齢の小生が出るのもなんだからと言って欠席をしたが、出張から帰ってきたカミさんが間に合ったようで、総会に出席した。

 いやいやお恥ずかしい、昨日修理した薪ハサミがまた折れた。これは溶け込みが浅かったというより、断面を見ると鋼材の組成が変わっているのではないだろうか、何年か前にも一度修理をした際にあまりいじりすぎたからだろうか、それと今回はネジ穴をなるべく残して付けたのでそのあたりの溶接が不完全だったのかもしれない。ということで今日再度溶接をした、今日はちゃんと開先を取って、且つ穴も全部埋めて、更に裏側からも溶接して、グラインダーで削ってはまた肉盛りをしてとその部分を全部溶接棒の鉄材にかえてしまった。これで完璧だろう。今日は穏やかな天気で特に急ぐ仕事もないので、じっくりと溶接作業を楽しんだ。(写真1写真2写真3写真4

 夕食をとってる時に聞こえていたラジオの天気予報、明日は雪だという。今日は素晴らしい天気だったので明日もまたこの天気が続くと思っていた、外はもう真っ暗だったので軽トラックのライトを照明にして、切った薪にシートを被せに行ってきた
 
 寺さんがとうとうトランペットを買ったぞ。去年の8月(26日)に従姉の葬儀で上京した際に寺さんの家でトランペットやりたいねと話をして、小生が一足先に始めたのだ、さあモノになるかどうか、まだ背中は見えてるぞ。

 明日は坂梨新春駅伝大会がある、太郎たち一年生は第一区を走る事になっている。


平成30年 1月26日 (金)

 晴れ。今日も気温が低かった、それでも、午後になってようやく真冬日を脱した。
      最低気温 -5.6℃ (02:55)、最高気温 1.2℃ (14:05)

 本日の登校風景。写真1写真2写真3写真4
 
 今日は忙しい一日だった、道楽ポジションに殆ど座ることができなかった。
 
 朝の課業を終えてから、戸外はまだ凍りついているので、外作業はやめてトランペットを洗った。普通は一月に一度くらいやらなければならないそうだが小生はまだ買ってから一度しかやっていなかった、そのせいかどうか(まあ、腕なんだが)音がどうも悪い、そこで今日二度目の掃除をした。トランペット洗浄用の洗剤とやらが売っているが、そして、小生はそれを買って持っているが、ネットで見ると普通の食器洗いの洗剤でいいようなので、風呂場でプラスチックの箱にお湯をはって、その中で食器洗い洗剤を使ってよく洗った。今日は忙しくてトランペットを吹く時間さえなかったので、清掃の効果がが現れているのかどうか分からない。
 
 トラッペットの掃除引き続いて、急を要するストーブの薪バサミの補修にかかった。折れたハサミを溶接で繋いで、ボール盤で穴を開けて無事に修理をすることが出来た。(写真1写真2写真3写真4

 専用の工作室が欲しい。そのたびに道具類を引っ張り出してセッティングだけで時間がかかってしまう。そのうえに青空工房なので、今日のような氷点下のもとでは寒くて、鼻水をすすりながらやっている。
 ここに来てすぐの頃、溶接をやりたくて、わけも分からずに一番安価な溶接機を買った(確か数千円だった)、100Vの電源で使う溶接機で、溶接未経験者には、電圧が低くて小電流で難しくて全く使いこなせなかった。その後、ある程度溶接ができるようになってからは、この小型の溶接機は薄い板を溶接するのに非常に重宝している。家の細々とした道具類だと大きな溶接機の出番はあまりなく、ほとんどこの小型の溶接機で足りる。

 薪ハサミの修理が正午過ぎに終わって、昼飯を食べて、薪作りをした。ここのところ、薪作りには雨が無くて助かっている。

 晩飯。豚ダイコン


平成30年 1月24日 (水)

 晴れ。晴れていながら時々チラチラ雪が舞っていた、どこから来るのだろう。今日も寒かった、真冬日だった。。
     最低気温 -5.8℃ (07:28)、最高気温 -0.2℃ (14:46)
 
 本日の登校風景。どこか地元民放のテレビ局(撮影に際して旗振りの小生に了解を得る際に名乗ったが忘れた)が子どもたちの登校風景を撮らせて欲と言って撮影していた。(写真1写真2写真3
 
 阿蘇文化調査研究会の例会が旧役犬原小学校であった。会員の皆さん寒くて冬ごもりをしているようで出席人数は少なかったが、普段と違った形で懇談をして、これはこれで非常に有意義であった。

 来た来た、新年QSOパーティの今年の干支のステッカーが送ってきた。これで十二支満願成就だ。さっそく記念の盾の申請をしなくては。このステッカー集めの能書きを垂れるのは盾が来た時に改めてすることにしよう。
 
 夜、ストーブの薪をくべる際に薪ハサミの支点部分から折れてしまった。使えなくなってこれに代わる道具が我が家には無いことに気がついたが、この薪ハサミが無いと非常に不便である、こんなに不便だとは思わなかった。ストーブの中の燃えている木の位置を変えたりすることが出来ない。いやいや不便である、明日早速溶接だな。
 
 晩飯。餅オジヤ。ここのところ肉ばかり続いてような気がするので、あまり体によくないかなとちゃんと考えているのだ。

 最近、自動車保険はネットで申し込んで契約をしている、従来の方法に比べるとこれが驚くほど安いのだ。この契約を結ぶ時に、各社の保険料を比較して計算をしてくれるサイトがあってそこで調べたことがある、このサイトを通じてだろうが、その後、更新時期が近づくと他のいろいろな保険会社から勧誘のメールがはいるが、なかには「オマケ」付きで誘ってくる会社がある、見積もりをさせてくれたら、ケンタッキーフライドチキンを2ピース無料だとか、米を2合差し上げます、だとか言ってくるのだ。若い頃ならいざしらず、物欲がだんだん減退してきている今、さすがにその程度のオマケでは釣られなくなっている。物欲が無くなってきてから世の中をみると人間というものは実に「欲」で動くんだなあということがよく分かってくる。あちらこちらで見られる風景だが、タダだというと延々と列を作って待つのもそうだ、無料試供品というとなんでも申し込む、先着何名様に進呈というと、朝早くから並んで待っている。確かに無料でもらえるのはいいが、そのための労力と比較して見たことがあるのだろうか。何よりタダより高いものは無い!のである。


平成30年 1月24日 (水)

 晴れ。子どもたちの登校時間帯、氷点下4℃くらいだった、その程度だったが今日は手袋をとおして指先がジンジン痛くなるほどだった、以前にはもっと低い時もあったがそれほどでもなかったと思うが、今日はとにかく寒かったなあ、風があったからだろう。真冬日の一日だった、明朝はまた更に気温が下がりそうだ。
  最低気温 -5.6℃ (但し、20:30現在、更に下がっている)、最高気温 -0.9℃ (12:52)

 本日の登校風景 写真1写真2写真3写真4写真5

 天窓の巻き上げ構造がようやくわかって分解できた。ブラインドを巻く軸の外側に巻き上げ装置があるのかと思っていたら、軸そのものがゼンマイ仕掛けになっていて、ブラインドを引っ張って伸ばすと、軸が回ることでゼンマイが巻かれて、ブラインドを引っ張るのをやめると元に戻ろうとして、結果巻き上げることになる。このブラインドは巻き上げ機能が壊れているわけではないので、破れた布だけ貼り替えれば済むことがわかったので、ネットでスクリーン生地だけを買おうと思って探すけど、全部巻き上げ装置共でしか売っていない、なんとか生地だけ探せば非常に安価に修理ができる、急がずに探すことにしよう。
 写真1写真2写真3写真4写真5写真6

 
 カミさんが今日から三四日、また東京出張で居ない、清々するなあ。夏子一人で家の風呂を立てるのは勿体無いと、三人で風呂に行った。というか、太郎の水泳教室の日なので、太郎を迎えがてら二人で行ったところ、太郎が出てきてお姉ちゃんが居たので目を丸くしていた。

 晩飯。ジンギスカン

 絶対に行くなよ、行くと支持を失うぞ、惻隠の情が通じる相手ではないことは歴史を見ればわかる、もし行くようなことがあったら小生は支持をやめる。


平成30年 1月23日 (火)

 曇り、時々、チラチラと白いものが落ちてきていた。まだ家の周辺の田畑は昨日の雪の名残で真っ白だ。
    最低気温 -1.4℃ (19:27)、最高気温 3.7℃ (05:21)

 本日の登校風景 連続写真

 今日は全く何もせず、読書とトランペットの練習を久しぶりに集中する。
 
 ロフトの傾斜屋根(ということは、普通の家の二階にあたり、壁面が屋根の裏側になるので傾斜している)についている天窓の直射日光を遮るための布製のブラインドが十数年経ってボロボロになったので、この部分の取替えをしようと思ってメーカーに照会しているが、ブラインド部分のユニットはあるが、布だけというのはなさそうなので、自分で張り替えられないものかと分解を試みている。

 晩飯、太郎にカツ丼を作ってやる。昨日、お姉ちゃんが熊本に出かける前に早めの夕食にカツ丼を作ってやったのを見ていて、ボクも食べたいというので、連中がまだ帰ってきていなかったので、今晩はそれにした。

 ここに来る前、ということはもう十数年前になるが、カミさんと婆様と三人で(子どもたちはまだこの世にいない)草津温泉に泊まって、志賀草津道路を走って志賀高原に抜けたことがあった。小生が運転をして行ったのだが今ではその旅程の前後のことがほとんど記憶にない。ただ、道路から少し歩いたところにある草津白根山の火口湖を見たのは記憶にある。阿蘇に来る前だったから中岳火口のスケールと比べると小さなものだが神秘的な火口湖を見て印象深かったことをよく覚えている。今日、その付近で噴火が起きたようだ。小生が見た火口湖は湯釜というものだろうが、噴火をしたのはそのあたりだろうか。スキー場もそばにあり怪我人が出たようだが、火山のような地下のことなんか今の予知技術では絶対にわからないのだ。噴火後に警戒レベルを上げても手遅れだ、事前に出すから「警戒」なんだろう、後出しジャンケンの最たるものだ。


平成30年 1月22日 (月)

 雪ののち曇り。今回は気象庁の予報は大体当たった、まあ、ここでは大雪とまでは行かなかったが。朝の子どもたちの登校の時間には霙(ミゾレ)だったが、その直後から本格的に降りはじめて、二時間くらいの間に5センチほど降って昼ころにはこれも予報通りに止んだ、気象用語では湿雪というそうだが、気温が高くてベタ雪で竹に積もった雪の重みで、窓際まで竹が傾いたり、ライブカメラの視界を塞いだりした(写真1写真2)。 田畑にはまだたくさん残っているが道路にはもう交通の支障になるような雪は無い。我が家に入る取り付け道路は人の往来がないのでまだ雪が残っていた。今日の風景 写真1写真2写真3
   最低気温 -1.1℃ (但し19:51現在、夜になって下がっている)、最高気温 4.7℃ (04:47)

 今日こちらに雪を降らせた雲が東に移動して昼ころから関東地方にも雪が降り初めて、大雪になっている様子がネットのニュースでも伝わっている、相当な雪になるのだろう。  

 本日の登校風景。雪雨のせいで本日も太郎たちの班ともう一組の二組だけだった。(写真1写真2
今、小・中学校でインフルエンザが流行っていて、双方で学級閉鎖が起きている。太郎は一年三組だが、今日隣の二組が学級閉鎖になったむね、学校からのメールで知らせてきた。太郎の登校班の6年生もインフルで休んでいる。

 お姉ちゃんが受験だから、太郎に、学校ではマスクをして家にインフルを持って帰らないようにといってあるのに、学校ではしているようだが、学童に迎えに行くとしていない。
 
 そのお姉ちゃん、明日が受験で、試験会場が熊本市なので用心のために今晩から泊りがけで母親と出かけていった。小生と母娘と受験に対する見解が大きく異なっていて、この際、小生はノータッチでいくことにしている、明日が本命かどうか、多分違うと思うが、二三校うけるのだろう、明日がその第一弾になる。ずば抜けた頭なら別だが、娘程度の学力ならどこに行っても似たり寄ったり、どうせすぐその先にまた次の進路を決めなくてはならなくなる時が来る、そしてさらにその先に、さらにさらにその先に自分の進む方向はいくらでも本人の心がけ次第だが修正変更は利く、だから、まだどうでもいいと小生は思っている。

 というわけで、晩飯は、到来物の自然薯で太郎の大好きなとろろ汁を作って、食べた



平成30年 1月21日 (日)

 穏やかに晴れる。
     最低気温 -3.1℃ (06:17)、最高気温 11.3℃ (15:37)

 太郎を連れて南阿蘇余生馬牧場オープンセサミに出かけた。今日も、朝の餌をやる時間帯の8時過ぎにつくように朝食もそこそこに出かけた。朝の餌やりはいつもは牧場主どのの仕事だが、相手は生きもの、一日たりとも休むことが出来なだろうから、たまには朝寝坊をしてもらおうとこの時間帯を選んだ。 自分のところで馬を飼うのはいつになるか分からないが、ものは考えようで、オープンセサミも自分の牧場、馬も自分の馬だと思えばいいわけで、それだけ自由に出来るので、ちょっと通うのが大変なだけだと思えばいいのだ。

 太郎は前回、馬に追いかけられて(太郎が言うには)死ぬほど怖い目に遭って、それに懲りてもう行かないと言っていたが、今日はカミさんと娘が何処かに出かけることになっていて、仕方なく小生に付き合ったのだが、ところがカミさんたち出かける用件が無くなったそうで、それは帰ってからわかった。太郎、無理して出かけたが結果的には楽しかったそうだ。

牧場に行く途中、鹿の大群?を見た(太郎は十三頭だったと言うが、小生にはもっとたくさんにみえたが)。峠を高森の方に下って265線を右に折れて林道を走っていると車の前方を数頭の鹿が道路を渡っている、あっ鹿だと車を止めてみていたら、そのあとも次々に現れて、都合、十数頭が道路を横切って斜面の上の方に消えていった、なかなか壮観な光景だったが思ってもいなかったのでカメラを構えるヒマもなし、せっかくのシャッターチャンスを逃した。

 牧場の朝の仕事は、水やりと餌やりだ。馬に水は絶対に欠かすことが出ないので、水桶にいつも水が切れないように注意しなければならない。この牧場は水の便が悪いので、いつもポリタンクを二十も三十も用意してあって、減ると補給してやる。特に厳冬期は水桶の水がガチガチに凍るので、石などで割ってやる必要がある。今朝はそれほど気温が低くなかったので、厚い氷ではなかった。
 
 それから、餌は、馬によって、普通の餌を与えればいい馬もいれば、特別食を与える必要がある馬もいる。馬には草や藁だけやっておけばいいと思っていたがそれはどうも違うようで、他でも聞いたが、現在では栄養バランス上、配合飼料などをやるらしい。馬ごとに餌が用意してあって、それをそれぞれの馬のエサ箱に入れてやる。牧場主どのが前日に用意してくれていたので、それを各馬にやるのだが、この牧場には20頭以上の馬がいて、それぞれに名前があって、餌のバケツにはその名前が書いてあるので、給餌担当としては馬の名前を知らなければならない。
 
 こういうこともあろうかと、事前に馬の名前を聞いて書き留めておいて、ほぼ全頭の名前が頭に入っていたので、今日は初めてだったが、問題なく餌をやることが出来た。
 
 太郎は囲いの中に入るのが怖いので、外からエサ箱に餌を入れてやっていた。

 長老馬のユウザンは他の馬から餌を取られないように、一旦小屋の中に入れて隔離して餌をやって、二時間ほどかけて食べさせた後、再び外に出してやる、また寒い時期には他の馬にはかけないが、ユウザンには防寒具を着せてあるので、それを脱がせて外に出してやる。
 
 などなど、あたかも自分の牧場の馬のように世話して、昼前には終わって帰ってきた。引き揚げる直前にやってきた牧場主どの、久しぶりに寝坊が出来たと喜んでいた(そうだったら良かった)。
 
 今朝、出かける前に、太郎が、お昼は、浜勝でトンカツが食べたいと言っていたので、そこから相当走らなければならない距離だが、町に出ても良いように着替えを持っていったが、太郎のやつ、あまりお腹がが空いていないし、二三日前もトンカツだったので、今日はイイヤというので結局家に戻って適当に昼飯を済ませた。
 
 もう一つ。帰る途中、山越えに入ってすぐに、太郎に持たせていたカメラが無いのに小生気がついて、どうした?と聞くと、さあ・・。たしかあの時、何かでカメラを首から外して柵のポールにぶら下げたな、あれ、持ってきたか?さあ・・・結局途中から引き返して、やはり置き忘れのカメラを取りに行った。馬の名前を全頭、短時間で覚えたり、忘れ物を途中で気がついて、それも何処に忘れたかまで覚えている、後期高齢者直前の小生のほうがよっぽど脳細胞が元気だぞ。太郎は太郎なりに、今日は緊張していたのだろうか、でも、面白かったといっているのでまた連れて行こう。
 
 オープン・セサミ 連続写真 (1/2)
 オープン・セサミ 連続写真 (2/2)


 昼から、野天に放りっぱなしになっている薪を薪小屋に運び込んだ、どうやら、また雪の予報が出ているようだ、ホントかね。


平成30年 1月20日 (土) 二十四節気 大寒

 朝のうち霧が出る、その後は穏やかに晴れる。
     最低気温 -1.8℃ (07:28)、最高気温 10.7℃ (14:41)

 今日は珍しく誰も出かけることもなく全員家にいた。
 
 今日はほぼ一日ノンビリと薪を作って過ごした。(写真1写真2


平成30年 1月19日 (金)

 晴れ。今日もスッキリとまではいかなかった。気象庁の気温予想、結構正確に当たるなあといつも感心して見ているが、今朝は、確か予報では氷点下3℃くらいの予報が出ていたと思うが・・・・
     最低気温 0.8℃ (07:47)、最高気温 9.8℃ (13:46)

 本日の登校風景 連続写真

 昼から、なごみ野の枝打ちに行く。前々から頼まれていて、前回やってからもう大分経っておりまだ残っている木が何本かあって、オヤジに風呂で会うたびに催促を受けていた。午後から時間が出来たので、一本だけ枝打ちをしてきた、結構高いところまで登るので、写真を撮っておこうと思ってオヤジにシャッターを押すように頼んであったのだが、帰ってから見たところ一枚も写っていなかったぞ。

 晩飯。ヒレカツとポテトサラダを作った

 五場所連続休場?本当の体調は本人が一番分かっているはずだ、横綱はいいなあ。


平成30年 1月18日 (木)

 今日は昨日の天気を引きずっていてカラッというような青空にはならなかった。
     最低気温 -0.7℃ (07:27)、最高気温 10.2℃ (14:57)

 本日の登校風景(写真1写真2写真3写真4写真5写真6)。

 今朝イプシロン3号機 打ち上げ成功、前回は我が家から白いロケット雲が見えたので、今回も、と期待していたが、生憎の霧で南の方の遠望が利かなかった(九州各地で珍しいロケット雲がみられたそうだ 写真1写真2  じっちゃいもブログによると素晴らしいロケット雲を観たようだ、うらやましい限りだ)。もう成功という文字は要らない、「イプシロン打ち上げ」だ。と言ってもイプシロンはまだ3号機だったのか。小生が内之浦に見に行ったのはあれは記念すべき1号機だったのか。イプシロンに限らずロケットはもう何本も打ち上げているので、イプシロンは今日が3号機だとは思わなかった。
そう思って日記を遡ってみた
1号機・・2013(平成25). 9.14 現地見学
2号機・・2016(平成28).12.20 家からロケット煙遠望

 昼過ぎ、DI局御入来、氏は小生よりちょうど10年先輩、いつもお元気である。

 5時から太郎の歯医者に付き合う。治療は前回で終わっており、今日は歯磨き指導だけだった、今回で一応終了。
 
 晩飯。歯医者行きなどがあって、料理をする時間がないだろうと昨日のうちに皆で今日のメニューを決めていたので、かんたんに、餃子を焼いた。それと中華スープのみ。


平成30年 1月17日 (水)

 昨夜来の雨、午前中で上がるかと思っていたが、このグズグズした天気がほぼ一日続き、時々降ったり止んだりしていた。
   最低気温 7.5℃ (但し、20:25現在、この時間でまだこんなに高い)、最高気温14.1℃ (11:16)

 本日の登校風景。雨で(大した雨ではなかったが)、太郎たちともう一班の二班だけ。「親思う心にまさる親心」と言うやつだなんだろう。(写真1写真2
 
 今日の特記事項・・・・・結構忙しかったが、改めて書こうとするとないな。

 太郎、水泳教室。
 
 晩飯。煮込みハンバーグ。小生はなんとなくデミグラソースに食傷しているので、塩コショウだけで食べていたところ、太郎がそれをくれろと言って小生の分を少し食べて、こっちの方がいい、今度から太郎も塩コショウにしてほしいと言った。お姉ちゃんはデミグラが良いという、みな勝手なことばかり言ってやがる。


平成30年 1月16日 (火)

 朝、急に気温の変化があったのだろう、ちょうど子どもたちが通るころ、急に霧がでて、短時間のうちに深くなったり浅くなったりしてまもなく晴れた(写真1写真2写真3)。今日は気温が上がり風もなく穏やかなうららかな気持ちのいい一日だった。一気に春到来という気になるが、まだ1月だそうはいくまい。
    最低気温 -1.2℃(08:06)、最高気温 15.5℃(14:15)

 今日の登校風景 (写真1写真2写真3写真4写真5写真6写真7

 朝のお勤めを済ませて南阿蘇余生馬牧場オープンセサミに出かけた。もう雪はないだろうと、峠を越えて、高森に入って、途中から林道に右折したところ、曲がった途端にずっと続く道が真っ白だったので、あっ、まだ融けていないなと、その場で即Uターンして265にもどり、月廻り温泉公園(写真1写真2)を通って325号線に出て、大回りして牧場に行った。
 
 牧場主どのの話によると、このあたりは非常に雪が深くてここ数日雪かきなどで往生したとのことであった。今日も、まだ囲内は雪解けの跡がどろどろにぬかるんで馬たちもなんとなく歩きにくそうだった。いつものように一通りの仕事をして同じ道を引き返して三時ころには引き揚げてきた

 晩飯。今日も時間がないのでお手軽に、豚肉のムニエルを作った。「これはいつ食べても美味いだろう」というと、子どもたち、「飽きた」、「へえそうか、そんなにいつも作ってるか?」「週に二回くらい作ってない?」「そんなに作ってないだろう」「明日はハンバーグがいい」「ボクは・・・がいい」好き勝手なことを言ってやがる、まあ、明日は、ハンバーグにしてやるか。

 「センター試験 大阪大学 試験監督の教授が居眠りで処分」・・・朝のNHKのニュースで伝えていた。けしからん、実にけしからん。いや試験官がじゃなくて、こんな程度のことで苦情を申し立てる受験生とその保護者だ、そしてそれをまた放送するマスコミがだ。いいじゃないか、居眠りしたって、車を運転してたわけじゃないんだから、受験生を信頼して居眠りをしたのだろう、自分が試験ができなかったからと言ってそれを人のせいにするな、親も親だ。おそらくこういった親は最近流行りのモンスターペアレントと言われる種類の人間だろう。こういった連中、世のために試験に落ちた方がいい。それにしてもまたそれを処分する当局も当局だ、右顧左眄せずに「居眠りくらいします!」とピシャリと言ってやればいいものを。最近の情報社会、どうも変な方向に向かっている、これ偏にマスコミのせいだ。


平成30年 1月15日 (月)

 晴れ(写真1写真2)。日中とうとう10℃を越えた。
    最低気温 -3.8℃ (07:25)、最高気温 11.3℃ (13:39)

 本日の登校風景 写真1写真2写真3写真4写真5写真6
 
 今日一中でインフルにより学級閉鎖が2クラスでた、小学校の方でもボチボチ休む子が出てきたそうだ。ここは山奥なので下界より遅れて流行期に入ったようだ。

 今日は寒くもなく、外で活動をするのに適していたが、月曜日はどうも、気が抜けると言うか、何にもしたくなくなる日だ、ほっとして小生の日曜日なのかも。本を読んだり、トランペットの練習をしたり、DIYの資料をネットで探して読み込んだり。
 
 スマホとはホントになんでも出来る通信機器なんだなあ、最近では地図データの更新など専用機より優れているということでスマホにカーナビアプリを入れて使う人が多いらしい、生憎と言うか幸いにと言おうか、小生は最近はカーナビを使うドライブをしないので、小生のスマホにはそういったアプリは入っていない。また、カーナビとは別に、最近はドライブレコーダーがこれまた流行っているそうで、これを車につけている人も多いらしい。このドライブレコーダーは万一事故の場合にその様子が録画されていて、事故の瞬間や責任がどちらにあるかなど客観的にわかるのでこれはあったほうがいいと思っていた。

 ということで、小生も、軽トラックにドライブレコーダーを取り付けた。と言っても専用機ではない、これもスマホで出来ることを最近知ったのだ。小生の手元に少し前にJTQから送ってもらったスマホがあったのでこれにドライブレコーダーのアプリを入れてみた
 
 これは無料版だが、いやこれで十分過ぎるくらいの機能がある、録画しながら、スピードも表示されるし、GPS機能を使って地図も同時に表示されて何処を走っているかもわかる、なかなかの優れものである、最近の若者のPC離れが顕著だと言うが宜なるかな、スマホは確かにすごい。ただ、小生の軽トラックは板バネ(だと思う)で振動が大きいので画面が結構ブレる、緩衝機能のあるスマホスタンドが必要かもしれない。
 
 晩飯。豚肉の味噌漬け、出汁巻き玉子、山芋の千切り、ダイコンと玉ねぎの味噌汁。カミさんが買っておいた長芋、これは大和芋や自然薯に比べると安価だがちょっと水っぽくてトロロ汁には向かないが、小生の昼飯で作って、その残りを、夜太郎に出してやったところ、うん、やっぱりちょっと違うけど美味しい、と言って食べていた。


平成30年 1月14日 (日)

 昨日の予報では、今朝は氷点下9℃って出ていたような気がするが、大ハズレだった。日中もようやく気温が上がり、精々6℃くらいだったが、それでも随分と暖かいと感じた。
 
 そして、日が長くなった、この写真を撮った時間は17時8分で、まだ太陽は沈むまでに大分時間があった、冬至の時には米塚の左に沈んだのが16時57分ころだったので、確実に10分以上日没が遅くなって、太陽の位置も北回帰線向かって移動している。 
    最低気温 -3.3℃ (00:00)、最高気温 5.8℃ (13:45)
 
 昨夜古閑の滝のライトアップを観た太郎が、ボクまだ行ったこと無いと言う。そうだったかあ、じゃあ、一度行ってみるかということで、今日昼前に二人で行ってみた。普通、冬場に凍結する滝なんてかなり山奥まで行かなければ見られないが、ここ古閑の滝は坂梨の古閑地区にある。外輪山から流れ落ちる滝で、水量が少ないので、普段は滝として見るにはちょっと迫力不足だが、冬場に凍結すると人里にありながら見事な景観を作る。古閑集落は豆札同様に外輪の東端の集落なので、そこから数百メートル山道を登っていくとすぐに滝壺に行くことが出来るのである。
 
 古閑の滝に行くのは何年ぶりだろうか、いつ、どんな機会で行ったのだったろう。今日も当然道は知っているつもりだったので駐車場の料金所からすぐのところにある道を迷わず左に折れて山道に入っていったが、最初のうちはたくさんの足跡があったがそのうちに足跡も途絶え、道には竹がたくさん倒れていて、今年は見物道の整備が悪いなあと思いながら歩いているうちにとうとう道がなくなってきた。
 
 間違ったのだ、別の道を来たのに気がついてまた降りて、駐車場からもう少し先の本来の滝壺に通じる道を辿ることが出来た、皆さん迷っていなかったので、小生の勝手の思い込みだったのだ。
 
 登山道の入り口にある休息所にいた平八郎さんに挨拶をしてから滝壺に向かった。行程600mの山道、その前に、無駄な登山をしたうえに、普段の運動不足が祟って、フウフウ言いながら登った。太郎のやつは軽快にサッサと登っていった。行程600mと言っても、400mほど登ると後は滝壺までゆっくりとした下り坂、呼吸を整えて登ると、別にどうということはない距離である。
 
 遠くから見る滝とは違って、やはり直下で見る氷瀑は迫力があって美しい。氷瀑の下でしばらく遊んで、山を下って、麓の休憩所で二人で甘酒を飲んで帰ってきた。例年一月いっぱいだと思っていたが、確かめたところ、毎年二月いっぱいの土曜日の夜だけライトアップをしているということであった。後は天候次第だが、この冬は例年になく寒い日が続いているので、ずっと氷瀑が観られるといい。

 太郎、古閑の滝見物初体験 連続写真 
 
 昼から薪作りをした、太郎が大いに手伝ってくれた(写真1写真2)。お姉ちゃんは一夜漬けながらここのところずっと勉強机に向かっている。 

 ここに来てすぐに買った充電式のインパクト・ドライバー、いつの頃からか、バッテリーのメモリ効果のために充電ができなくなってそのままずっと放置、その後、電源が取れる場所で使うのならなにもバッテリー方式である必要はないと、AC電源で使うタイプのインパクトドライバーに替えた、おそらく、こちらのほうがパワーもあると思う。ところが先日、ふとしたことで、バッテリーパックのリサイクルという広告が目について、調べたところ、駄目になったバッテリーパックを送って、中身だけ新しいバッテリーに交換してくれる商売があることを知った。バッテリーのリサイクルと言っても駄目になったバッテリーを再生させるのではなくて、新しいバッテリーに替えてくれるというのであれば、これはもうリサイクルではなくて新品になる、それも、従来品がニッカドだったのに入れ替えるバッテリーはニッケル水素らしい。以前調べた時にはバッテリーパックだけ買うとバカ高い値段がするので諦めたが、今回は、一組、約5kだそうだ、5kでも決して安くはないが、充電タイプのバッテリーはどうしても高い。せっかくドライバー本体が無傷であるのだからと、二組再生を依頼して、それが今日戻ってきた。最近あんまり日曜大工、いや「毎日が日曜大工」をしなくなったが、これで電源の取れない場所でもインパクトドライバーが使える。(でもなあ、最近はこのくらいの値段で新品のセット売っているなあ・・・)
 
 ところで、この充電式のバッテリーの再生、というか交換についてであるが、前々から、今回のバッテリーを始めとして、使えなくなった組み込み式の充電式のバッテリーパックが色々とある。これらを買い換えるとすると、バッテリーだけでも高価なのにそれが入ったケースなどまでいれると更に高額になるので、なんとか自分で、中身だけ入れ替えられないものかと思っていた。
 
 ニッカドでもニッケル水素でも、数個を一パックにするには、各電池をつなぐ薄い金属片で「タブ」加工をしなければならない。このタブ加工が難しいのである、難しいというよりスポット溶接機が必要になる。電池同士をつなぐには瞬間的に繋がないと電池本体がだめになるのだろう、ところがこのスポット溶接機が何故だかかどれもこれも高価なのである。どの部分の部品が高価なのか知らないが、普通の溶接機くらべるとうんと高い。こちらとしては、バッテリーのタブ溶接さえできれば他に使う目的もないのだから、安いやつでいいのだがと思うが、一番安いやつでも結構する。そうなると、「自作」だな、と思ってネットで調べたら、自作のスポット溶接機の記事が結構ある。大きく分けて二通りの作り方があるようだ。
 
 一つは大容量のコンデンサーをたくさんパラにつないで、電気を貯めて一瞬に放電させて高温を作って溶接する方式、もう一つは廃電子レンジのトランス(MOT)を加工して作る方法。これは、MOTの二次側の巻線を取っ払って、太いケーブルで新たに巻数を少なくして(二巻か三巻か)巻き直して大電流を取り出そうとするものである。こちらのほうが、構造的には簡単そうである。ただコンデンサーと違って、瞬間的というわけには行かず、通電時間の調整が難しそうだ。もしやるなら、コストや工程を考えてMOTを使う方法かなと思って、MOTの調達をどうするかと思って調べたところ、電子レンジには大きく分けて現在主流の方式とちょっと昔の方式があって、最近の方式はインバーター方式で、以前のものは重たいトランスを使う方式だそうだ(そう言えば安定化電源も最近はインバーター方式が多いなあ)。インバーター方式でもトランスを使うが、スポット溶接機にするトランスは、これでは駄目で、大電流を取り出すためには従来型のMOTを使う必要があるそうである。
 
 電気屋さんに行けば引き取ってきた廃品電子レンジがあるだろうから、それをもらってくればいいだろうが、電気屋さんに知り合いはいないし、どうも行きにくい。そこでネットオークションだ。ここで探そうと思って調べたら、ジャンク品が殆ど1円くらいから入札が始まっている。これだとほぼ送料だけで手にはいりそうだ、これで行くか。あとは、電子レンジがインバーター方式か従来型の大容量トランス方式かを見分けなければならない。これは、商用電源を指定してあるほうが従来型のようである。つまり電子レンジが50Hz仕様か60Hz仕様かを指定してあるものは従来型の電子レンジらしい。全くの想像だが、インバーターは一旦直流に変換して、それをマグネトロンに使う周波数に持っていくのだろうから、最初の直流化では50Hzでも60Hzでも構わないということだろうか、これに対して、従来型では、マグネトロンに使う高周波(確か2ギガ以上)を作り出すためには最初のスタートの周波数によって以降の部品が変わってくるから、電子レンジを使う地域の商用電源の周波数を指定してあるのだろうか。
 
 ネットで見ると色々と自作の動画などが載っているが、見ていて面白い、すぐには取り掛かれないが、また楽しみの一つとしてとっておこうか。


 愛知県豊田市で甥夫婦がやっているイタリアンが地元のネットTVで紹介された(12/18)、非常に洒落たお店だ、是非一度行ってみたいと思っているが、ちょっと遠くてなかなかその機会がない。


平成30年 1月13日 (土)

 ようやく晴れ間が多くなった。しかし今朝も冷え込んだ、小生の記憶する限り、ここに住むようになってこんなに気温が下がったのは初めてか過去に一度くらいあったかというくらいだ。しかし、だからと言って体がそれだけの低温の違いが分かるかというと分からない、-5℃でも-8℃でも同じだ、外気温にもヴェーバー‐フェヒナー法則は当てはまるのだろうか。氷の張り方も大した違いは無いだろう。今日はギリギリ真冬日にはならなかった、本当にギリギリだった。
      最低気温 -8.6℃ (05:46)、最高気温 0.3℃ (12:48)

 今日は小学校は土曜授業の日 登校風景 写真1写真2写真3
 
 村の初寄りがあった。初寄りとは各地区のその年の最初に行われる総会のような新年会のような。阿蘇市だけで100以上の地区に分かれていて、だいたいこの時期にそれぞれの地区で初寄りが行われる。そしてその席でどこでも役員改選などが行われる。豆札でも、区長の交代があった。藤井鉄男さんが退任して藤井渡さんが新しい区長になった、ついでに小生も会計担当を辞めさせてもらった、計算すると8年間やっていたことになる。そのほかに元旦の賀詞交換会をやめて、その時に決めていた初寄りの日程を、毎年第三日曜日にすることにした。
 
 太郎を連れてコイン精米所に行ってきた

 今日は娘のピアノのレッスン日だったが、太郎が今日は留守番すると言う。どうしてだと母親が訊いたところ、晩御飯はお父さんのとろろ飯が食べたいからだそうだ、お姉ちゃんはあまり好きではないので、こういった時にしか食べる機会がないから、そういう選択をしたようだが、どうもそればかりでなくて、ゲームもしたかったらしい、小生が思うに、「ゲームも」でなくて「ゲームを」だろう、でもとろろ飯を食べたかったのも本当らしくて、作ってやったら食うわ食うわ、お腹がパンクするくらい食べていた。とろろは消化酵素が入っているのでいくら食べても腹はこわさないと聞いているがそれにしても驚くほど食べていた、大丈夫かいな。
 
 夕食の前に、二人で風呂に行ったが、いつもより出かけるのが遅かったので、それが幸いして、偶然古閑の滝の夜間照明を見ることが出来た。今年、夜間照明をすることを知らなかったので、外輪にボーッと幻想的に浮かぶ古閑の滝をみることができて、儲けものだった。昨年は地震災害の後遺症で行われなかったが、今年実施すること皆知っているのだろうか、こういった時こそ市のお知らせ端末でPRをすればいいと思うのだが(知らなかったのは小生だけか)。1月の土曜日の夜だけだったと思うが、今年もそうだろうか、そうだとするとあと二回しか無い、それも融けなければの話だが。

 今回の信越線の電車立ち往生の事故、駅からたかだか300メートルか400メートルしか離れていなかったというではないか、トイレが使えて暖房がきいていたから放っておいたようだが、想定を越えた大雪だったということなら、架線が雪で切れるということもありうることだろう、その時になってそうなったらどうするつもりだったのだ。自然災害はJRの責任でなくて、JRも被害者だと言うのだろう。今回のこともJR側の都合でしか考えておらず、利用者の立場に立っては全く見ていない。新幹線だとかリニア・モーターカーだとか「ななつ星」だとか「瑞風」だとか、金儲け第一主義のJRの体質を見事に表している。
 
 もう昔のことになる、向うにいたとき小生も遠距離通勤者だった、その時にもJRは危機管理が出来ていない、遅れていると思ったことがあった、過密ダイヤで大量の乗客を運んでいて、それが、順調に回っている間はいいが、一旦、何かで止るともう大混乱、ホームに人が溢れて、次々に新たな人が駅にやってくる、そして情報が無いので駅事務所に押しかけて事情を訊こうとする、それを少ない職員で必死に説明している、押しかける人たちにはそれだけの理由がある、情報が足りないのだ、足りないなら足りないなりのやりかたがあるだろう、たとえ運行の見込みが立っていないにしても、立っていないことを、間断なく放送すれば、それだけで、ある程度人というものは納得できるのだ、それが、そういった放送をあまりしない、してもその間隔が非常に長い、駅には次々に人やってくるのだから、事務所に押しかける人に個別に対応するのでなくて、頻繁に、放送でそのことを流し続ければいいじゃないかと見るに見かねて事務所に行って言ってやったことがある、この程度の危機管理すら当時は出来ていなかった、今は少しは改善されているのだろうか。
 
 おい!f-JR九州、大津〜阿蘇間の代替バスを走らせろ、公共交通機関としての自覚を持て、社会的な責任を果たせ!


平成30年 1月12日 (金)

 雲があったが久しぶりに青空と太陽が顔をだした、最低気温、今朝は氷点下8℃近くまで下がった、でも-5℃でも-8℃でも感じ方としては変わらない、そして今日も真冬日の一日だった。昼間、走っていてウインドウが汚れていたのでワイパーをかけたところ水が出ない、つまり凍っていたのだ、それで、そうか今も氷点下なのかと気がついた。(写真1写真2写真3写真4写真5
      最低気温 -7.7℃ (07:54)、最高気温 -1.6℃ (14:56)
      アメダスポイントの阿蘇乙姫の最低気温 -8.6℃

 本日の登校風景、 連続写真 少し夜が明けるのが早くなってきた・・・かな,

八月十五日に吹く風」松岡圭祐著 図書館で借りて読んだ、いい作品だった、他人の書評転載。まるでドラマのような実話、昔映画になったことがあるが、これを今、改めてクリント・イーストウッドが監督して作ると面白い作品になるだろう、日本の監督は思いつかない。

 明日は村の初寄りだ、決算書を作った。

 太郎の歯医者の予約が5時、学童を少し早く終わって小生が連れて行く。虫歯ちょっと手前の状態で少し削って埋めてもらったようだ、宇治歯科は子供の患者でも一人で診療室に入る、下手に親がついていかないほうがいいということだそうで、そのほうが怖がって痛がって泣かないそうだ、太郎も全く平然と出てきた。あともう一回行って終わりになる。最初からメシを作る時間がないので、今日は餃子に決めていた、手っ取り早くできて子どもたちも大好きだからいい。


平成30年 1月11日 (木)

 一夜明けて、積雪ゼロ、完全にゼロ、昨夜停めた車の屋根には全く雪無し、大雪警報も早朝に解除、思ったとおりである、ここは内陸部なので雪が降るなら沿岸部に降ってここまで届くことは稀なのである、あんなまだらな雪雲くらいで降るわけがない、一方で阿蘇の手前一帯ではたくさんの小中学校が雪で休校になったというニュースが流れていた。ただ、気温が低いので前日の融けた雪の跡はガチガチなのでスリップ事故が怖い、結局今日一日、水銀柱は零度より上には行くことはなかった。
     最低気温 -5.9℃ (但し20:10現在、これからもっと下がりそうだ)、最高気温 -1.9℃ (11:47)

 本日の登校風景、始業日以来、雪などで徒歩通学が少ない。写真1写真2写真3写真4
 
 夕方にはようやく青空が少し顔を出した、明日の天気は良いのだろうか。今夜も明日の朝にかけて同じように大雪が予想されるようだが、今夜は天草方面の沿岸地方にだけ大雪警報が出されている、気象庁も少し学んだようである。
 
 現在、周辺で国道・県道の工事のために地質調査が行われていて、その工事業者のトラックが今朝ボンの散歩中に小生の傍らに止まって窓から顔を出した運転手が、福岡から来たのだが、このあたりはいつもこんなに寒いのかと聞いて訊いてきた、まあこんな時もあれば、こんなでも無いときもある、今朝は氷点下5℃くらいだと思うが、氷点下10℃くらいまで下がることもある、と言ったら驚いていた、我々はこれが当たり前だと思っているが、下から登ってきた人たちにはやはり驚異的なのだろう。

 この冬、こんなに不順な天気が続くとは思っていなかったが虫の知らせと言うか、少し前に大量に薪を作っておいて助かった、ストックがなくなって、濡れた木で薪を作らずに済んで良かった、下手をすると家族全員凍死をするところだった。しかも大量に作ってシートを被せておいたので濡らさないで済んだ。ただ、今日なんか、雪が舞うなか、シートを剥いでトラックに積み込んで運ばなければならなかったが、部屋の暖かさを思うとそんなものは全く気にならない、ガラスを一枚隔てた向う側とこちら側、本当に「暖」とは有り難いものである。
 
 最近NHKはさかんにライブ映像を流す、それはいいのだが、今日、「荒れた天気」の中継で南阿蘇を映していた、何処だろう、久木野あたりかなあ、でも、確かにうす暗くてガスっているけど、道路は黒々として全然積もっていないジャン、屋根の上だって殆ど積もっていないぞ、どこが荒れた天気なのだ。
 
 晩飯。炊き込みご飯、ブリとカンパチの刺し身、出汁巻き玉子、ほうれん草の味噌汁。 


平成30年 1月10日 (水)

 朝から(昨夜からか)雪が降っていたが、量は少なくて、気温が高いので田畑を除いて降った端から融けていた、その状態が終日続いていたが、何時ころだったろう、午後に入って、Jアラートで大雪警報が出された、更に市役所や消防からも同じ内容のメールや放送があった、今夜から明日にかけて大雪になるそうだが、例によっていつもの「雨」という言葉が「雪」に変わっただけで、多分空振りに終わるだろうという予感がする。今日は大体、このような雪雲で、天気図は西高東低の冬型、等圧線の間隔がが狭かったが、これで雪が降るというのは、このような簡単な天気図だけでなく、他にもいろいろなデータで判断されるのだろう、素人にはサッパリである。
      最低気温 -1.1℃ (但し19:00現在、明朝に向けて下降中)、最高気温 1.5℃ (09:12)

 本日の登校風景 (写真1写真2写真3写真4)    

 終日屋内で自己啓発というか道楽というか、自分の時間を楽しんだ。
 
 太郎、水泳教室。
 
 晩飯。寒い時はナベに限ると言うが、今日はナベの気分ではなかったので、ポトフにした。これも言わば西洋ナベだ。


平成30年 1月10日 (水)

 朝から(昨夜からか)雪が降っていたが、量は少なくて、気温が高いので田畑を除いて降った端から融けていた、その状態が終日続いていたが、何時ころだったろう、午後に入って、Jアラートで大雪警報が出された、更に市役所や消防からも同じ内容のメールや放送があった、今夜から明日にかけて大雪になるそうだが、いつもの「雨」という言葉が「雪」に変わっただけで、例によって多分空振りに終わるだろうという予感がする。今日は大体、このような雪雲で、天気図は西高東低の冬型、等圧線の間隔がが狭かったが、これで雪が降るというのは、このような簡単な天気図だけでなく、他にもいろいろなデータで判断されるのだろう、素人にはサッパリである。
      最低気温 -1.1℃ (但し19:00現在、明朝に向けて下降中)、最高気温 1.5℃ (09:12)

 本日の登校風景     

 終日屋内で自己啓発というか道楽というか、自分の時間を楽しんだ。
 
 太郎、水泳教室。
 
 晩飯。寒い時はナベに限ると言うが、今日はナベの気分ではなかったので、ポトフにした。これも言わば西洋ナベだ。



平成30年 1月 9日 (火)

 今日は数字的には低い気温ではなかったが、朝のうちはとにかく風が強くて、体感温度は計算上の数字よりはるかに低く感じた、今日から三学期始業の通学児童たちも震え上がって登校していった。そんな厳しい寒さの中、家の入口の田の畦にはもうフキノトウが顔を出していた、冬の真っ只中にもかかわらず見えないところでは確実に春に向かう準備がされている。
     最低気温 0.0℃ (但し19:40時点、もう少し下がりそうだ)、最高気温 5.2℃ (00:00)

 三学期始業日登校風景 (写真1写真2写真3写真4写真5)今日はこれが全員だった・・と思う。

 そして、今夜から明日にかけて大雪注意報が出ていて、時間ごとの予報も雪だるまがずらっと並んでいる、でありながら、予想降水量は1mmである、どういうこっちゃ、降水量とはあくまでも水なのか、雪は降水量には入らないのか。

 今日から家族全員がそれぞれの持場に散っていった、ようやく小生の正月が始まる。ただ、小生のおさんどんも始まるので痛し痒しの面もある。外作業、いろいろやることがあるが、今日は生憎の天気だ、独りだけの家、久しぶりの静寂だ。
 
 今週末に村の初寄りがある、その会計報告書の作成にかかる。

 成人式の晴れ着詐欺?ネットニュースに「2年前から予約し、着物代やヘアメイク代など60万円を店に支払った。・・・・」とあったが、そんなに掛かるものなのか?これはレンタルか?販売か?いずれにしても実にバカバカしい、自分で働いて稼いだカネか?こんなことにカネを使うなよ、普通のスーツで行けよと思わず心のなかで言ってしまう、それが成人としての自覚の第一歩だよ、だから成人式なんてやめてしまえと言うのだ、いったいいつの頃からこういった華美な成人式になってしまったのだ。今回の騒動、ものは考えようで、本人にとっては一生忘れられない成人式として記憶に残るだろう、普通に経験する成人式なんてどうせすぐに忘れてしまうものなのだから。

 晩飯。新年初おさんどん。豚肉のムニエル、インゲン、エリンギ、コーンのソテー添え。コールスロー、スープ。大した手間はかからないが、こどもたちはレストランみたいだねえと言って喜ぶのだ(ムフフ)。


平成30年 1月 8日 (月) 成人の日

 昨夜来の雨、午前中には上がりそうで、そのまま天気が回復するのかと思っていたところ、たしかに、一旦は雨が上がったが、昼からも、降ったり止んだり、特に夕方になって結構強い雨が降っていた、それに今日は風が強かった。気温がバカ高くて、これは普通なら雪になったところだろう。風が強いので日章旗を降ろそうかと思ったが、せっかくの成人の日だから揚げっぱなしにしておいた。
      最低気温 6.4℃ (00:00)、最高気温 14.4℃ (11:20)

 その成人の日は第二月曜日なんだそうだが、その前日の日曜日に式典を行う自治体のほうがが多いのではないだろうか、ハッピーマンデーの制度が出来て日にち由来の祝日の意義が失われてしまったうえに第二月曜日なんて大雑把な指定になるとますますその意義が失われる。自分が勤め人の時はそのほうが有難かったが、サンデー毎日になってからは、そのことを疑問に思うようになった。特に、どこかに書いてあったが、成人の日なんて必要なのかという意見もある。毎年見られるバカ成人どもの騒乱、どこかの首長のへんなパフォーマンス、小生もどちらかと言うとその意見に賛成の口である。小生のときには成人式には出席しなかった。別に考えがあってのことではなくて、当時は吉祥寺に下宿していて、住民登録が親元の小倉市(現北九州市)にあって案内が来なかっただけだが、それでも別に出席したいとは思わなかった、大体そんなものである、自覚は(するとすれば)各々二十歳になった日にするもので、式典でするものでは無いからである。

 午後、小学校時代の同窓会があったからと山を登ってきたJLZが帰りにちょっと寄ってくれた。
 
 最近はモグラの活動が活発で、庭先は穴だらけである。芝生を敷いて庭を大事にしているお宅なんかは我慢できないだろうが、自然体?の我が家は全く気にしない、気にしないである。


平成30年 1月 7日 (日)

 曇り、夜に向かって雨の気配。
   最高気温 6.5℃ (15:11)
       最低気温 -2.1℃ (03:29)、最高気温 6.5℃ (15:11)

 朝から昼まで、オープンセサミに行く。普段は家事などの制約があって10時ころから14時ころまでだが、朝の餌やりの時間に行ってみたいと思って、今日は休みでカミさんが家にいるので時間に縛られること無く出かけることができた。

 普通の道路にはもう雪は無いが、山越えで行くと所々に雪が残っていて、特に高森側に行ってから途中265を逸れて山道を走ると随所に雪が残っていてしかも登ったり下ったりの山道なのでスリップしないように神経を使って走った。

 いつも8時ころに牧場主どのが餌をやると聞いていたので、その時間に間に合うように着いたが、まだ牧場主どのは出場前で、勝手知ったるなんとかで餌がストックしてある小屋に入ってみたが、特に、長老馬ユーザンの餌が在る場所がわからない、結局電話をして、場所を訊いて、ユーザンを囲いに入れてから餌をやった。二十数頭の名前を全部、と言うより、一部しか覚えていないので、馬によって特別食を与えなければならないがそれがわからない、ユーザンの他、一番上の囲いのガーデンとキリは分かっていたのでこの二頭は餌を持って持っていったがあとは牧場主どのが現れるのをまった。

 今日は福岡からというお嬢さんがボランティアでやってきていて、山ほどのニンジンを一本一本指で摘んでスライスしてたが、だんだん薄くなるとスライサーで手を切りそうで危ないので、応急で手近な材料を使って、ニンジンに爪を立てるように釘の先が少し出た板を作ってあげてそれでニンジンを押さえてスライドすると、スライサーの両側には少し土手があって、その縁から下には、その板が行かずストッパーになるので、快適にスライス出来るようになって喜んでいた。

 娘は、今日は阿蘇市内の会場で県の模擬試験があったようで、4時ころだったろうかカミさんが迎えに行って帰ってきた、ちょっと風邪気味のようで、薬を飲んで早々と寝てしまった、インフルでは無いようである。

 今日は七草である、いろいろな野菜を入れた味噌仕立ての餅雑炊である、いつもは小生が作るが、生憎と今日は休日でカミさんが作った。この「生憎」とはカミさんにとっても、そして、我々にとっても、と言う二重の意味のある意味深の言葉である。(だが、今日はまあまあだった)。
 
 暦の上では明日が成人の日だが、阿蘇市の式典は今日行われたようだ、アゼリアのスタッフの青年が羽織袴姿で受付に挨拶に来ていたところに出くわしたので、お祝いの言葉を贈っておいた。


平成30年 1月 6日 (土)

 穏やかに晴れる(少し雲があったか)。
 今日は夕方になっても部屋の中の温度が高い(25℃)ので日中いつの間にか消えたストーブの火を点けていない、外は夕方にはもう暖かいというほどの気温ではない(3℃)が、慣れということか、寒いという気温ではないし、この程度なら部屋の温度にすぐに影響があるということでもないのだろう、ちょっと一息というところである。外出している我が家の連中が帰ってきたら焚こうかね。
    最低気温 1.2℃ (07:19)、最高気温 6.7℃ (14:39)

 今日は何かしたかなあ、特に何もしなかったなあ。午後に入って、我が家の連中は今年はじめての娘のピアノのレッスンに出かけていった。
 
 ああ、そうだそうだ、写真をチェックしていて思い出した。食堂脇の引き出しの取っ手が折れてもう一年くらいそのままになっていたのを、今日修理したのだった。プラスチック製の取っ手で、中の芯のような部品が折れてしまっていたので、そこに穴を穿けて、中にボルトの頭を取った部分を差し込んで瞬間接着剤でくっつけた。垂直に穴を掘るのにドリルスタンドでもあればいいが、無いので、結局重たいボール盤を物置から引っ張り出して、穴を穿けた。工作室があって、工作機械が整然とならんでいたらすぐに出来るのだが、マーフィーにこんな法則があったかどうか知らないが、次々に物を放り込むので大体欲しい道具というものは一番奥の一番下にあるもので、だから、面倒で、一年以上も放りっぱなしいなっていたのだ。これでようやく直った

 ここのところ、関東地方で地震が続いている、ちょっと気になる。どこに来るのは良いとうことではないが、特に首都圏で大地震が来ると他所事では済まなくなる、日本全体に影響してくる、どうか穏便に、お平らに願いたい、と言うところである。


平成30年 1月 5日 (金)

 雪のち曇り。夜中のいつ頃から降り始めたのだろう、多分明け方近くだろう、予報通り雪になった、確かに窓の外は真っ白になったが、大雪ではなかった。しかも、百葉箱的には氷点下にもならず、ベトベトの雪で、昼ころには止んで、ドンドン融け始めた、それでも田畑には少し雪が残っている。僅かな雪だが久しぶりに真っ白な世界、明けても暮れても雪に閉じ込められる雪国と違って心が洗われる気分になってたまには良いものである(写真1写真2写真3 写真は明け方のもの、その後昼間でもう少し降った))。真っ白な雪のほうが獲物を探しやすいのだろう普段見かけない大きな猛禽が家の前の高い木に止まっていた
    最低気温 0.5℃ (07:19)、最高気温 3.3℃ (14:13)

 今日は外作業ができないので、ジーンズ一本の繕いをした。それから、松前漬けをまた漬けた、正月に作ったやつはあっという間に無くなったので、何も正月に限った食べ物でもないだろう、しかも、正月が過ぎると、数の子やスルメが少し安くなるのでかえって条件は良いのだ。(もっぱら食べるのは小生だけだが)
 
 図書館に本を返しに行ってまた借りてきた。
 
 晩飯。トンカツ。カミさんが買っておいたヒレのブロックがあったので、今日はロースカツとヒレカツを揚げた。そらからポテトサラダをたっぷり作った。ロースカツの方は子どもたちのカツ丼用に冷凍保存だ。

 明後日はどんどやの予定だったが、今日の雪で、どんど焼を組み立てる田んぼが明後日まで乾かないだろうということで今年は中止になった。


平成30年 1月 4日 (木)

 晴れ。深夜に一番気温が下がり夜が明ける頃には少し上っていた。
    最低気温 -3.6℃ (02:01)、最高気温 5.9℃ (13:10)

 カミさんは今日から仕事、太郎は学童保育始め、娘はまだ冬休み中。

 今年初めて、南阿蘇余生馬牧場オープンセサミに出かけた。各囲いには小さな鏡餅とお酒が供えてあった。今日も牧場主どのとはすれ違いで一人でひととおりいつもの仕事をして、早く仕事が終わったので昼過ぎにには帰ってきた。
 
 今夜はまとまった雪が降るという予報が出ているので、燃やす薪を軒下に取り込んだり、作って放りっぱなしになっている薪の山に濡れないようにシートを掛けたりした。多分阿蘇はいつもそうだがそんなには降らないとは思うが。
 
 晩飯。豚肉のムニエルなど。風呂から帰ってきて夕食を作ろうかと思っているところに、カミさんが帰ってきたので、オマエが作れと言ってバトンタッチをした。ン?カミさんちょっと帰る時間を読み間違えたか?



平成30年 1月 3日 (水)

 晴れ。
     最低気温 -0.8℃ (00:17)、最高気温 8.4℃ (15:08)

 天候も(多分)世間も本当に穏やかな正月三が日だった、明日から仕事が始まるところも多いのだろう、今日のアゼリアの風呂、いつもの時間に太郎と行ったが、昨日までの帰省の家族連れも居なくなって閑散としていた。
 
 今日も一日ノンビリと過ごした、昼から少し薪を作った。


平成30年 1月 2日 (火)

 快晴
  最低気温 -6.0℃ (07:03)、最高気温 7.7℃ (14:21)

 この正月、非常に時間の流れが遅いような気がする、まだ新しい年が始まって二日目なのだ。でも会社勤めの人はそうではないかもしれない、そろそろ仕事のことが気になり始める頃だろうか。

 今日はアマチュア無線の新年QSOパーティがあり、終日無線機の前に座っていた (なんだこのゴミ箱のようなシャックは)。新年QSOパーティとはお空でするアマチュア無線の賀詞交換会のようなもので、毎年新年の二日三日の二日間で行われる。このQSOパーティで20局以上のアマチュア無線局と交信して、その交信記録をアマチュア無線連盟に申請すると、その年の干支のシールが貰えて、それを台紙に貼って、12年で十二支のシールを貼って完成の運びになる。これが難しいのは、その年の干支のシールはその年だけしかもらえないので、もし、ある年の交信を漏らすと、12年先まで待たなければその空白は埋まらないことになる。毎年一度も休まずに交信して最短でも12年かかるというわけである。アマチュア無線のコンテストは沢山あるが、そのなかでこのQSOパーティは長距離競走のようなものである。
 
 小生、今日、ようやく今年の戌年の交信で十二支を完成した。向うに居た時に旧コールサイン(JL1MUF)で一度完成したことがあり、それで終わるつもりだったので、今回の十二支挑戦まで何年か空白があったが、もし、ずっと続けていたら、小生、アマチュア無線を始めたのが遅かったが、それでも三巡目が完成する頃だ。
 
 今日の交信も7メガの電信でした。普段ほとんど電信をやっていないので、イザやろうとすると、緊張で腕が固まって誤操作(手崩れ、長点・短点を正しく打てない)ばかりするので、ストレートキーはやめてマニピュレータで電信をした。朝、始めたころは自信がなかったので、保険をかけるつもりで2mFMでもやりながら、7メガの電信で交信した。それでも夕方には25局交信して、規定の20局以上は達成したので、明日はもやらなくて済む。
 
 このQSOパーティは結構プレッシャーになって、無線に専念するので箱根駅伝の結果など全く知らなかった。ああ、終わった終わった、やっと終わった。来年からまた新しい十二支を始めると、75プラス12で87歳か?まあ無理だろうからこれで卒業しよう。


平成30年 1月 1日 (月) 元日

 曇り空で新しい年が明けた。新珠の年の初めを賀して新調の国旗を掲揚した。8時から村の産土神である天神社にお詣りして公民館で賀詞交換会があった、昔、戸別に年始回りをする無駄を省こうと始まったとか。軽く乾杯して、初寄りの日程を決めて、短時間で散会、その後、家族で正月の膳を囲む。穏やかな元日だった。(写真1写真2)
      最低気温 -3.4℃ (03:13)、最高気温 5.1℃ (14:33)

 平成がとうとう30年になった、平成元年は昭和64年が1月7日まであって、翌8日に改まって始まった。あの時のことをハッキリと覚えている。昭和天皇の薨去を知って、週末で会社は休日(土曜日だったか日曜日だったか)だったが矢も盾も堪らずに電車に乗って皇居に向かった。まだ朝早く、皇居のオレンジっぽい街頭がぼんやりと灯っていたことを覚えている、気のせいか東京駅から皇居までの道が霧に沈んでシーンとしていた記憶がある。そして、その平成も来年には終わることが決まっている。あれからもう30年か、明治は遠くなりにけりということばがあるが、昭和も遠くなりにけりである。昭和は何年まであったのだったか、をなかなか覚えきれなかったが、横山秀夫の推理小説「64ロクヨン」を読んで、はっきり覚えることが出来た。

 今年の年賀状、戌年であり我が家のボンも老骨に鞭打って頑張っているので、ボンを絵柄にして作ったが、これはあまり一般受けをしないと思って、ネット限定で使うことにした

昨夜のその後、
 太郎も一緒に初詣に行くというので、早く寝かせつけて、出かける時に起こして、三人で出かけることになった。小生は予定通り家に残って11時過ぎには寝た。
 
 今朝起きて太郎に初詣に行ったかと尋ねたら、行かなかったと言っていた。母親に訊くと、いくら起こしても起きなかったから置いていったそうである。小生が二階で高いびき、階下で太郎も爆睡していたのだ、てっきり行ったとばかり思っていた。

 昨夜の紅白歌合戦、そういうわけで太郎は最初の方をちょっと見た程度、夏子も、紅白自体はあまり興味が無いようで、好きな歌手(倉木なんとか、コナンの主題歌などを歌っているらしい)が出るシーンだけ見て、二階に上がって他のことをしていた。カミさんも家事をしたり居眠りしたりで、階下ではBGM程度にテレビは点いていたようだ。我が家のテレビはアナログテレビの14型に地デジチューナーを付けて見る時はそうしている、世間様のような大きなデジタルテレビではないが、不思議と子どもたちは全く不平を言わない。その理由を考えたが、普段、カミさんのスマホやノートPCを借りて映像情報を見ていて、小さな画面で見ることに慣れているからだろうか、いずれにしても、テレビにはあまり興味を示さない、小生の年齢でそうなのは解るとしても、子どもたちの年齢でテレビにあまり興味を示さないのもちょっとオカシイ気もするが、最近では若者のテレビ離れが進んでいるとか。小生は内心、愚劣番組やフェイクニュースばかりを流すテレビなんか滅びてしまえ、テレビに巣食って不当にカネを盗っているそういう奴ら消えてしまえと常々思っているが、なかなかそうもいかないのだろう。

 最近はあまり聞かれなくなったろうか、小生の年代には非常に染み深いお正月の唱歌、
 ♪年の始めの 例とて 終りなき世の めでたさを 松竹たてて 門ごとに 祝う今日こそ 楽しけれ♪
 ♪初日の光 さし出でて 四方に輝く 今朝の空 君がみかげに 比えつつ 仰ぎ見るこそ 尊とけれ♪

 この唱歌の題名は「一月一日」と言うが、読み方、小生は「いちがつついたち」と読んでいた。と思う。正しくは「いちげついちじつ」と読むそうである。
 
 大晦日の新聞記事にそれが主題ではないが音読みのことが載っていたが、考えてみたら、一人二役も「ひとりふたやく」でなくて「いちにんにやく」が正しくて、二人組の強盗も「ふたりぐみの強盗」でなくて、「ににんぐみの強盗」が正しい。言葉は世につれ、変わっていくようで、できるだけわかりやすくということなのだろうが、最近では忠臣蔵の四十七士を「よんじゅうしち」と読む時代である。かと思うと、マスコミは「生活困窮者」だとか「ナントカ弱者」だとか、「隻眼」だとかわざと難しい分かりにくい表現を使ってゴマかすことをする。実にご都合主義でヒトを馬鹿にした話である。
 
 さてさて今年の願い・抱負・目標・・・・・だが、一番ははやり家族の健康だろう。それから、ウマ、飼えたらいいなあ、でも考えたら難しいかなあ、何が一番大変だろうと思ったら、柵を作ることだろうか、木で作るにしてもパイプで作るにしても一定の囲いを作るとなると相当なコストがかかる。それから「夜空のトランペット」のマスター。9/4に初めてトランペットに触ってから・・・4ヶ月か、これはもうほぼ?出来つつある、いやホント。