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平成29丁酉(2017)年 7月の記録(新しい日付けの順)

平成29年 7月31日(月)

 晴れ。午後になって雨と雷が・・・今日は早々と雨になって、早々と雨が上がったので、気温が下がって涼しい夜になった。
     最低気温 23.9℃ (05:35)、最高気温 31.3℃ (12:01)

 台風5号・・・気象庁(やはり九州方面か・・・)・JTWC(昨日から更新がないなあ)

 ラジオ体操

 なごみ野のオヤジがチェンソーで庭の木を倒したいので、検分に来てくれというリクエストがあったので、アドバイスするつもりで出かけた。どちらに倒れてもいいロケーションなら、黙って見ているつもりだったが、倒す方向が一方向しか無く、しかも狭い場所なので、まだチェンソー初心者のオヤジにはちょっと無理かなと思ったので小生が切り倒した、その後で小分けをしてもらった。今日は休業日だったが、仕事の後でなごみ野で昼飯をゴチになった、娘が今日は家にいたので、一緒に相伴にあずかった。

 午後1時過ぎ、結構近くに雷が接近して、そのうちの幾つかは近くに落ちたようだった、そのせいかどうか、(直ぐに復旧したが)停電をした。今日は早々とJアラートが大雨警報を告げていた、そして自主避難所が開設された、どうせ狼が来たぞお、だと思っていたら案の定、大して降りもせず宵の口には解除になった、自主避難所も閉鎖された、警報の度に振り回される市の職員も大変である。最近では大雨警報、もうだれも信じていない、風呂でもその話が結構出ていた。警報などの情報が遅れた場合、被害が出ると関係役所は非難されるが、じゃあ、安易に乱発される情報には責任は生じないのか、そんなことあるまい、そのうちに問題になるだろう。

 従姉の道子姉の葬儀に参列することにして、航空券の手配をした。この航空券の値段ほど、いい加減なものはない、驚くほど安い値段の時があるので、普通の運賃をみると異常に高額に思えてその金額で買うのがバカバカしくなるので、なんとか安い航空券はないかと思ってネットで探す。搭乗する時期にもよるが、早く予約すると数千円の場合もある、今回は日時が迫っているので、そんな安い航空券はなくて、昨日、格安航空券のサイトで、これくらいなら仕方がないかと思って、申込んだところ、もうそのネットショップの営業時間が過ぎていて、仮受付で翌日(つまり今日)10時に営業開始して正式な返事をくれるという。それでも、やみくもに注文を受けているようすはなく、便によって「残り少ない」などというコメントがあるので、取れることは取れても正式受注は営業時間が始まってから連絡が来るのだろうと思っていたら、今日になって、往きだけは取れたけど、帰りはとれなかったという、なんだ、こんなものは普通24時間受け付けだろうと思ったが、取れなかったのなら仕方がない、今日の三時までに手続きをしろと言うので、往きの分だけ料金を振り込んで、帰りの便をまたネットで探したが、あることはあるが、一日経つとまた金額が上がっている。早い予約ほど安いのだろう。もうこんな金額でしか無いのかなあ、仕方がないからこれで申し込むかと、手続きを進めたら、これは営業時間内だったのですぐに予約が取れて、料金を明日の15:00までに払い込むようにという回答が来た。
 
 明日の午後まで余裕があるのならまだいいなと思って、またネットで検索をかけていて、格安チケットショップでなくて、本家だとどうなんだろうと、航空会社のサイトで調べてみると、おっとっと、65歳以上のシニア割引という枠が一座席分だけ残っていて、ええ?こんなに安いのかあ?という驚きの値段で売っている。こんな割引があるのか、映画だけでなくて、飛行機までシニア割引があるのか、格安チケットショップではそこまできめ細かい対応はしていないのか、飛びつくようにして購入した。その前に取った予約は振込期限を過ぎると自動キャンセルになるが少しでも早いほうがいいだろうと電話をしてキャンセルをしておいた。小生は飛行機に乗る機会が少ないのでこういった情報に疎い、こんなところまで高齢者は優遇されているのか、日本は高齢者に対して優遇しすぎだと、高齢者本人の小生がそういう感想を持った。
 
 その他にも、料金送金の手続きで、色々と躓いて、一日中飛行機のキップの手配に忙殺された。運賃の振込がゆうちょ銀行のペイジーで出来るとあるので、ゆうちょダイレクトで運賃を振り込もうとするが、どうしてもエラーが出る、航空会社に問い合わせるがどうも言っていることがわかっているのかどうか、ピンとこない、そこでゆうちょ銀行に問い合わせた所、これもしばらく時間がかかってようやく、同じペイジーでもゆうちょ銀行の店舗に置いてあるATMでは出来るが、ゆうちょ銀行のネットバンキングのペイジーは対応していないということがわかった。そんな断りは何処にも無かったぞ、これはちゃんと航空会社とゆうちょ銀行間で相互に調整しろと言っておいた。日本ではネット取引はまだまだ難しい、PCでこれだけ時間がかかったのだから、これをスマホで済まそうとしたら大変エネルギーがかかるだろう。
 
 ということで、明日早朝に熊本から羽田に飛んで、一泊して、夕方、戻ってくることになった、往復ともANA(ソラシドエアか)である、またとんぼ返りになる。
 
 晩飯。とろろ汁を作った


平成29年 7月30日(日)

 ひぇえ、こんなに気温が高かったのか、記録を見るまで知らなかった。と言うのは、外から風が入る時には部屋の中は暑くない、風がないと熱気が天井付近に淀んで、それで室温が高くなるのだ、だから、天井付近の空気を入れ替えてやればいいということに気がついて、扇風機を天井に向けて一日中回してた、だから、外気温がそんなに上がったのが気が付かないほどで、今日は一日室内にても苦にならなかった、早く気がつけばよかった。それにしても、阿蘇でこの気温とは・・・・・下界はどのくらいだったのだろう。
    最低気温 23.6℃ (05:53)、最高気温 33.6℃ (15:38)
                アメダス 阿蘇乙姫 34.0℃ (14:05) 7月の観測史上最高、今年最高

 今日も、昨日と同じように雨雲が発生しているが、今のところ(18:40現在)警報は出されておらず、注意報止まりだ、どういうこっちゃ。・・・・と思って日記をアップしようかなと思っている所に、やはり、出ました、Jアラート(18:55)大雨警報。

 台風5号、迷走している、この先、どちらに方向転換するのやら。

 娘は、今日はピアノ発表会だそうで、三人して、昼前に出かけていった。本来であれば、昨日がその日だったのだが、予定外?の吹奏学コンクールが昨日あったので、何回かに分けて行われているピアノ発表会を今日の出場に繰り下げてもらったようだ、やれ吹奏楽、やれピアノと忙しいこと。小生は読書と数学の「お勉強」、お勉強は楽しいなあ。

 横浜の道子義従姉の訃報が飛び込んできた・・・・・


平成29年 7月29日(土)

 今日も暑かったなあ、何もする気になれないなあ、と言って何もしなかった。
     最低気温 24.2℃ (03:31)、最高気温 31.6℃(15:40)

 日本ではこれは台風5号と呼んでいる(ノルー)、こやつの動きがちょっと不気味だ

 そして、今日もまた・・・Jアラートに、エリアメール。
その他にも・・・7月29日17時07分、阿蘇市・南小国町・産山村・高森町に大雨警報が発表されました。今後の気象情報及び、周辺の状況変化に十分ご注意ください。(阿蘇広域消防本部)

 この警報が出されて直後の雲の様子

 確かに阿蘇市に限ると、波野地区は連日、雨雲がかかっている。素人考えで言うと、暖められた空気が上昇して西から東に向けて吹いている風に乗って九州山塊を越えてその東側一帯に雨を降らせているのではと思うが。だから、阿蘇市でもここのところ降る場所は県境の波野方面だけなのだ、ずっと「警報」は阿蘇市の殆どのところでは外れているだろう。こんな場合でも「警報」なのか、夕立に毛が生えた程度の雨に「警報」なのか、「警報」とはそんなに安っぽいものなのか、「注意報」で良いだろう、わからん。

 そしてしばらくすると、必ず土砂災害警戒情報が発表される。降ってもいないのにどうして土砂災害警戒情報なのだと思うが、レーダーを見ると、波野地区にずっと雨雲がかかっているようだから、この警報は波野地区のことを言っているのだろう、それならどうしてもう少し細かく言わないのだ、その程度のこと大変でもなんでもないだろう。

 夏子は熊本県吹奏楽コンクールの南九州大会代表選考会に出るために朝早く出かけていった、母親も後を追うように出かけていった。そして夕方前に戻ってきた、健闘むなしく、選に漏れたそうである、まあ、今回はオマケのようなものだが、それでも内心は悔しいだろう。この悔しさを吹奏楽に限らずに将来に向けてのバネにしてくれ、喉元過ぎればにならないようにな。

 太郎の副鼻腔炎治療のために阿蘇温泉病院に行く、前回同様、7時半の受付をして一旦戻って診療開始の10時前に改めて出かけた。今回は受付3番目だったが、直ぐに呼ばれた。前回もらった薬はもう一週間前に切れていたが、副鼻腔炎は治っており、前回採取した鼻汁の検査の結果、好酸球が多いのでアレルギー性鼻炎はあるが、今症状がでていないようだったらまた症状が出たらその時に考えましょうということで、今回は薬もなく、今日で一旦終了した。帰る途中、涼しいところで一休みして帰った。

 寺さん、昨日、茅ヶ崎市立病院で脱腸の手術をしたそうで、無事に終わったということだった。寺さんはH25年11月にも左鼠径部の手術をして(風の便りの「その他」に)「脱腸の記」を上梓?しているが、今回は右側鼠径部だったそうで、当時、いずれ反対側も発症するだろうということは予想されていたようで、まあ、無事に終わった良かった、ちょうど酷暑の時期、空調完備の病院での美人看護婦さんたちに囲まれて三食昼寝付きの避暑生活、羨ましいね、脱腸記第二部を期待したいところだが、短編くらい寄稿してくれるだろう。茅ヶ崎市立病院というと「脱腸の記」にもあるが、大昔は、駅から国道一号線に出た交差点の所、今、市役所があるあたりに木造の古い病院があった。小生の妹が確か盲腸で入院したことがあった、その後、今の地に移転して更にその建物も建て替えが始まり、小生が茅ヶ崎に居るころ(15年くらい前)にはまだ半分くらいしか完成していなかった、当時婆様の付き添いで何度も行ったことがあるが、小生自身はあまりかかった記憶は無い。
 
 昼飯には、素麺を作ってやった、暑い時は素麺に限る。


平成29年 7月28日(金)

 晴れ。今年の阿蘇は暑い!ここに住み始めてこんなに暑い日が続くのは初めてのような気がする、さすがにエアコンが欲しいと思うくらいだ。それでも今日は少しは凌ぎやすかった、湿度のせいだろうか。
        最低気温 24.6℃ (05:46)、最高気温 32.3℃ (15:27)

 ラジオ体操

 13:11大雨警報 Jアラート どうもわからん、どのくらい先を見越して警報を出しているのか、空を見ても雲一つない、周辺にも大きな雨雲がない、そんな時に、ただ警報を出されたって、いつころ降るんだと疑心暗鬼になり、それが不信につながる。せめて注意報くらいにしておけ、そして実際にその気配が現れてから警報に切り替えろ。

 警報は、例えば空襲警報などのように直近に危険がさし迫った状況で出すものだろう、何時間も前にそれも起きるかどうかわからない状況で出すものではないだろう。インターネットなどを見ることができる人間はいいとして、防災無線だけしか情報を知ることができない独居高齢者はまがまがしいJアラートの声を聞いてどう思うか考えたことがあるのか。お役所は後から責任を問われることを嫌がって、とにかく警報を出しておけというスタンスだとしか思えない。阿蘇には旧阿蘇町地区、旧一の宮地区、旧波野地区と大きく分けて三つのブロックに分けられる、もし住民のための警報ならば、せめてそのくらいの括りで住民の立場に沿った情報を流したらどうなんだ。

 今日は特に何をやったというわけではないが、なんだか忙しかったなあ。
 
 太郎、今日も学童保育を少し早めに切り上げて、元坂梨小学校体育館に虎舞いの練習に行く。
 
 娘は明日、吹奏楽部のコンクールがある、先日のコンクールの時に、勝つ!に因んでトンカツのリクエストがあったが(そのお蔭で?金賞を貰ったが?)、娘の話によると、仲間たちも何人か、同じようにカツを食べたということだった。超現代っ子でもそんな験を担ぐのかと面白かったが、そういわけで、今晩も当然、トンカツになった。ポテトサラダを作って、トンカツを揚げた。その話を聞いて、太郎、「お父さん、ボクの水泳の認定試験の時も、カレーでなくてトンカツだったら良かったのに」と言っていた。太郎は小学校に上がるまで、自分のことを太郎、太郎と言っていたが、ボクと言えと教えたら、最近は確実にボクと言うようになった。最初は照れくさそうだったが、今ではごく普通に言っている。


平成29年 7月27日(木)

 いやあ、今日も暑かった、薄く雲がかかったようなあまりはっきりしない天気だったがとにかく暑かった。スーパーの買い物のあと外に出た途端にムッとむせ返るような胸苦しさ、下界だと今の時期はあたりまえだろうが、阿蘇でもこんな事があるのかと思ったほどだった。今日も夕方になってJアラートが土砂災害警戒情報を発表した。雨雲レーダーによると、阿蘇と大分都の県境あたりに雨の雲がある、この雲の流れる方向は西から東方向なので、この雲がこのあたりにはかからないと思うが、これからの大雨に注意しろと言っている。阿蘇地方に竜巻注意報も出ている。なかなか梅雨明けカラリという天気にならないようである。
      最低気温 24.5℃ (03:09)、最高気温 31.1℃ (15:06)

 台風9号、気象庁も昨日の予想の軌道修正をしたようだ。気象庁  JTWC
 
 本日のラジオ体操。(写真1写真2
 
 娘達の吹奏楽部のコンクールの練習会場が元古城小学校で行われることになり、「平日で時間がある奴」ということで楽器運搬の補助に駆り出されて朝一番で軽トラックで一宮中学校から古城小学校の体育館に道具類を運んだ。(写真1写真2写真3

 阿蘇文化調査研究会の定例会、今月はフィールドワークで、阿蘇市の折戸地区を歩いた。朝9時半に、最近できた阿蘇草原保全活動センターに集合して、そこから目的地である、阿蘇市折戸のコミュニティーセンターに移動した。本日の参加は八名、うち一名は体調不良で最初から参加を見合わせるつもりで、顔見世だけに出てこられた。
 
 今日の見聞はこのあたりの生き字引、会のメンバー、湯浅さんの案内で行われた。折戸のコミュニティセンター(各地区にある公民館をここではそう呼んでいるようである)脇にある、通称「折戸の堤」という池があるが、池の端っこに温泉が湧いていて、露天風呂になっているそうだが、最近、もしかしたら熊本地震のときかもしれないが、温泉が枯れたようで手を突っ込んでみたが冷たかった、それに、最近水面に藻が発生して全面緑色をしていたが、水も湧いていて、非常に珍しい日本種の魚が数種類いる貴重な池だと言うことであった。
<参考> 
http://www.giahs-aso.jp/2015/02/03/%E6%8A%98%E6%88%B8%E5%9C%B0%E5%8C%BA%E3%81%AE%E5%A0%A4%E3%81%A8%E8%BE%B2%E6%9D%91%E6%96%87%E5%8C%96%E3%80%80%EF%BC%88%E9%98%BF%E8%98%87%E5%B8%82%EF%BC%89/

 この折戸のコミュニティーセンターの脇から田子山(たんごやま)の麓に分け入ると、そこは豊後街道になっていて、普段から手入れがされているのだろう、草が刈り取られた街道が二重の峠方面から下ってきていた。坂梨地区の豊後街道や国道57号線沿いの街道筋は知っていたが、折戸の田子山(たんごやま)の麓を街道が走っているのは初めて知った。その街道筋に仏堂や祠や奇石などが点在しており遠い昔の往来が偲ばれた。また、戦時中、ゼロ戦の部品を作った秘密工場があったという掩蔽壕跡だとかも残っていた。今日は殊の外暑い日だったが、それでもここは木陰が多く山風が吹いていて思ったほどの暑さではなかった。

 ちょっと下れば平野があるのにどうしてこのような山の中に街道が続いているのかと思ったら、昔は、このあたりは湿地帯で、今でこそ田が広がっているが、田下駄を履かなければ腰まで埋まるほどだったそうで田んぼには不向きな土地だったらしいが、その後の土地改良で今や美田が広がっている。このあたりは千丁牟田と言われていたそうだが、牟田には湿地という意味があるらしい。今は阿蘇谷は基盤整備、土地改良で見渡す限り水田が広がっているが、その基盤整備を初めて、この千丁牟田と言われるところでやって、それが成功したので阿蘇谷一体に基盤整備が行われることになったとも聞いている、言わば阿蘇谷の基盤整備の嚆矢となった地である。そもそも阿蘇谷は昔は火口湖で、「健磐龍命が火口壁を蹴破る」までは、今のカルデラは湖だったそうだからな。今でも、リモナイトを採掘しているところは湿地帯である。
 
 豊後街道を外れて下った山裾を走る県道149号線の道路脇に「日中坊主(ひなかぼうず・にっちゅうぼうず)」のビューポイントがあるとうことで、そこに立ってみた。日中坊主とは山の中腹あたりに、ゴツゴツした溶岩だらけの岩肌に何時何の目的で磨いたか分からない壁があって、春の彼岸ころから秋の彼岸のころまでの間、正午ころになると太陽の光を受けて光る石壁があるそうで、昔の人はそれを昼の合図として見ていたという。ある種ミステリーである、残念ながら我々が立った時間は少し早い時間で、また今でも見られるのかどうかわからないが、こんなところがあるとは今まで全く知らなかった。ネットで検索すると色々と記事が見つかる。
 
 最後に、少し離れた山中にある「波乗り観音」という磨崖仏を見に山を登った。途中まで車で登ってあとはかなり急斜面をしばらく歩く、ちょうど移動中にわか雨に遭ったが、着いた時には雨が上がって、涼風が吹いていた。磨崖仏は大分方面に多いが阿蘇地方には少ない。この磨崖仏は資料によると天明年間に彫られたという、観音像の下に波様の模様が彫ってあり、それで波乗り観音と言うらしい、こんな山奥に誰がどうして彫ったのやら。
 
 小生は坂梨地区についてはある程度知っているが、同じ阿蘇谷でありながらここから大して離れていない場所なのに初めて見聞きすることの多さに驚く、もっといろいろと歩いてみると面白いだろう、次回もまた、この続きのフィールドワークをやってくれるそうで、楽しみである。正午過ぎに解散。

 阿蘇文化調査研究会 折戸地区探索 連続写真 (1/4)
 阿蘇文化調査研究会 折戸地区探索 連続写真 (2/4)
 阿蘇文化調査研究会 折戸地区探索 連続写真 (3/4)
 阿蘇文化調査研究会 折戸地区探索 連続写真 (4/4)


 太郎、虎舞いの練習で学童保育を少し早く切り上げて元坂梨小学校に。小生、うっかりして迎えに行くのを忘れていて、少し遅れて送り届ける。
 
 晩飯。豚肉の味噌漬け、モヤシの中華風サラダ、ジャガイモとタマネギの味噌汁

 日記を書く場合は人名などは「個人情報」の問題もあるが、イニシアルで書くと後になって、ハテ、誰だったっけ?となることが多く日記の意味をなさなくなるので他人の迷惑顧みずになるべく本名を書くようにしている。またその時々の「出来事」について書く場合も、後になって読み返すことを考えると、ちゃんとその背景も書いておかなければ、必ず、ハテこれ何のことだったろう、となる。であるが、たとえそうであっても、今日のニュースを聞いて、今の気分は「ああ、これで清々する」である。


平成29年 7月26日(水)

 晴れ。ただ昨日と同じでカラリという天気ではなかった、それに今日も暑かった。午後二時半を過ぎた頃、突然Jアラートで大雨警報が出された、その警報が出た時の雲の位置はここで、それより30分ほど前に、辺りが暗くなって、雨が来そうだなと思ってレーダーを見ると、ここをギリギリ避けて南東方向に雲が移動しており、これだと降っても大したことないなと思っている矢先のJアラート、その時はもう通り過ぎていたちゅうの、と言うやつだ、今では素人でもリアルタイムで雨雲レーダを見ることができて、その雨雲がどういう移動をしているかまでわかるだから、安易に警報を出すのはやめてほしい、この警報が出たために計画していた中学校の屋外活動を中止するというメールが入った。雲は流れていて停滞する線状降水帯でもなし、警報を出すほどの大きな雨雲でもなし、一体気象庁はどういう基準で警報を出すのだと、いつものように腹立たしく思った。大気が不安定なためにその後も時々雨雲が通過しているようだが、とても大雨警報と言うほどの雨ではない。今夜降るというのであれば警報を出す時間がいかにも早すぎる。因みに午後8時40分の状態
 おまけに、午後8時45分に、今度はJアラートで土砂災害情報が発表された、一体阿蘇のどこにそんな大雨が降っているのだ、とは言っても阿蘇は広いからなあ、もっとピンポイントで警報を出してほしいものである。防災無線やらエリアメールやら禍々しい色々な音が入れ替わり立ち替わり警報を出している。
     最低気温 24.2℃ (05:04)、最高気温 31.5℃ (13:30)

 今台風が四個ばかり発生している、そのなかで9号NESATの動きがちょっと気になる、ところが、珍しいことにJTWC気象庁の予報がかなり違っているようだ。
 
 本日のラジオ体操
 
 蜜蝋作り、第一段階終わり、ほんのちょっとだけだ、この先、何度か精製をする。

 小生の道楽のひとつにガス溶断がある、アセチレンガスと酸素を使って高温の火力を作り、鉄板を切ったり溶接をしたりするやつだ。アーク溶接に比べたら温度は低いがそれでも3000℃くらいにはなるのではないだろうか。そのアセチレンガスだが、昔、小生がまだ小学生の頃、通学途中の路に鍛冶屋さんがあって、そこで使い残しのカーバイトを店先に捨ててあるカスの中から見つけて持ち帰っては火を付けて遊んでいた、もう、60年以上も昔になる。今は鍛冶屋なんて探してもないだろうが、昔は普通の生活圏にある店の一つだった(そうか今は鉄工所と言う名前で残っているな、ここにもあるな)。鍛冶屋は真っ赤に熾た石炭に更にフイゴで風を送って、高温にして、鉄を打っていた。当時鍛冶屋でカーバイトがどういう目的で使用されていたのか、改めて考えてみたが、分からない、今のように酸素・アセチレンで使う使い方はまだ無かったろうから、いやあったのかもしれない、ただ今のように溶解アセチレンなんか無くて、その度にカーバイトを反応させて作っていたのかもしれない。
 
 その鍛冶屋で拾ってきたカーバイトの欠片だが。それに水をかけると化学反応でブクブクとアセチレンガスが発生するのだ、それにマッチの火を近づけるとボッと火がついて燃え上がる、そんなに急激にガス化するわけでなく、ブクブクとガス化するので密室でガス化を放置するのでなければそれほど危険というわけではない。水をかけるとガス化するが、水が無くなると化学反応はしなくなりガスは発生しなくなる。 
 
 以上を化学式で言うと、即ちカーバイトは、(CaC2)炭化カルシュームの塊で、そこに水をかけるとCaC2+2H2O→Ca(OH)2+C2H2と言う化学反応が起こりアセチレン(C2H2)ガスと水酸化カルシュームの灰が残る、つまり消石灰である。
 
 その原理を応用したのが、アセチレン・ランプである。また昔の話になるが、(小生にとってはそんな昔話とはちっとも思わないが、若い人から見ると、半世紀以上も前の話になると、これはもう昔話になるのだろう)、縁日の夜店の屋台の照明は必ずこれだった、あの頃はもちろん電気はあったが、夜店で電気を使うには発電機はまだ手軽に使える時代ではなく、バッテリーや乾電池も簡単には入手できない時代で、手っ取り早い照明手段はこのアセチレン・ランプだった。電灯のない時代には自動車や自転車の照明、また炭鉱夫のヘッドキャップにも付けていたそうである。

 そのアセチレン・ランプが我が家にあったのを思い出した、もう十年以上も前に手に入れて、放置してあったやつを取り出して点検してみた。一緒にあったカーバイトの入った缶を開けてみると半分近く、粉化していた。つまりカーバイトは化学反応をおこしてアセチレンガスが発生した後に残るカスである。密封してあったが、空気中の水分と少しずつ反応を起こしていたのだろう、外に出して水をかけたところ、わずかだがまだ成分が残っていたとみえてブクブクと泡立ち始めたので火を点けたところ、短時間だが火がついた

 そこで、改めてまだ残っていたカーバイトのなかから小片を、アセチレンランプ(の下構造)に入れて、(上構造に)水を加えてみたところ、ガスが発生して問題なく点灯した。この火口は小さなものだが、非常に明るいもので、直視すると目が痛くなるほどである。そして昔懐かしいあのアセチレンの臭いがしてきた。このアセチレン・ランプは非常用の照明やキャンプなんかに今でも重宝するものである。
 
 小生は、消えゆくテクノロジーを単なるコレクションとしてでなく、動態保存するのが道楽の一つでもある、このアセチレンランプも普段から目につく所に置いておいて精々使うことにしよう。

 太郎、水泳教室、月一度の技量認定テストがあったそうだが、太郎の悪ゴロ三人組のうち、泰増だけが一級進級したそうで、太郎いわく、どうしてかなあ、うまく泳いだのになあと言っていた。自分が上手いと思っても見る人が見ると違うんだよと言っておいた。

 晩飯。豚肉のムニエル。


平成29年 7月25日(火)

 今日も雲が薄くかかっていたが暑い日だった。カラリと晴れて暑い方が風が涼しくて良いのだが、曇りがちの天気だと涼風も吹かずかえって暑い。
    最低気温 24.1℃ (04:57)、最高記録 30.6℃ (15:28)

 ラジオ体操。今日は霧がかかったような朝だったので、ちょっと離れた隣村のこどもたちは各人の家の方でやったのだろう、ここは二人だけのラジオ体操になった
 
 蜜蝋を作ろうかと、滅亡したニホンミツバチの巣のクズを茹でたが、あまり蝋も無さそうだ
 
 カミさんが朝早く出かけたので小生が太郎を学童に送っていく、太郎は今日も学童保育を早めに切り上げて、虎舞いの練習に参加した。

 虎舞いの練習が終わるころから篠突く雨、道路が煙るような激しい雨が降り始めて、風呂から上がって帰るころまで降り続いていた。もっとも我々二人の入浴時間は周囲が驚くほど短いのでそんな長時間の雨ではなかった。雨の後、爽やかな夕空がひろがっていた。

 今朝は娘は4時半ころ出かけて行った。熊本県の吹奏楽部コンクールが県立劇場であり、彼女たちの出番が早いので、早い出発になった、世話係をしている母親も後を追うように出かけて行った。そして、コンクールの結果、一の宮中学校吹奏楽部は金賞を受賞したそうだ、金賞と言ってもオリンピックのように一校というわけではなく、出場校の三分の一は金賞を受賞するそうだが、ただ、今回は、さらに一の宮中学校吹奏楽部は金賞のうち、上位三校に与えられる代表選考会出場校にも選ばれたそうだから、これは何十年ぶり?だかの快挙だそうだ。

 吹奏楽部にはAチームとBチームとがあるようで、前者はいわゆるビックバンド、後者は小編成の吹奏楽部のようだ、一の宮中学校は吹奏楽部員が少なくてBチームになるそうである。熊本県下中学校の吹奏楽部でBチームに属するのは40校で、二日に分けて行われるコンクールで、それぞれ上位三校が南九州大会出場めざして代表選考会に出場するということらしい。

 熊本県吹奏楽連盟のホームページhttp://www.kuma-suiren.jp/を見ると、コンクールに出場する大学、職場、中学校、高校の吹奏楽部の数はざっと170チームもある、吹奏楽の愛好者は多いんだなあ。

 晩飯。カレーを作った。


平成29年 7月24日(月)

 晴れ。ただ今日はカラリという晴れではなかった、雲が多かったような気がする、日が落ちる頃から雨が降り始めて、夕立にしてはちょっとまとまった雨雲が通過していった。日記を書いている時点では同じように次々に雨雲が発生している
         最低気温 23.7℃ (05:31)、最高気温 29.1℃ (12:30)

 ラジオ体操

 ようやく先日掘ったジャガイモを親戚宛に送り出す、これは毎年のことだからやめるわけにいかない。これでとりあえずホッとした。まだ掘らないで土の中にジャガイモがたくさん埋まっている、なかには腐るものおあるが、基本的に、長い間水没でもしない限りそうそう腐るものでは無いと思う。掘り忘れて翌年に芽を出すジャガイモが沢山あるので腐るものでないだろう、だから少しゆっくり掘っても大丈夫ではないかと思っているのである。
 
 坂梨地区の伝統芸能「虎舞い」の練習が今日から始まった。校区が坂梨小学校の時には、学校として伝統芸能保存活動をしていたが、小学校の統廃合で、坂梨小学校がなくなってからは、現在の一の宮小学校としての保存活動はしておらず、坂梨地区の子供会が中心になって保存活動をしている(多分)。
 
 今日は学童保育を少し早く終えて、午後3時から元坂梨小学校の体育館で新一年生も参加して行われる練習に送っていった。そして午後5時に迎えに行った時には初日の練習は終わったばかりで、聞くところによると、今までは一年生はお囃子だけだったのに、今年から、「踊り」にも参加するようになったそうである。お囃子に「牡丹に唐獅子、竹に虎、虎追うて走るはワトウナイ・・・」という歌詞がある。このワトウナイは和藤内で、国性爺合戦の鄭成功のことだが(と思うのだが)、どうしてこんなお囃子があるのか知らない。

 昼で部活を終わって帰ってきた娘に、晩飯、何にしようかと訊くと、トンカツ!と言う。え〜?トンカツかあ?と言うと、お父さん明日、吹奏楽コンクールばい、だから、勝つ!でトンカツ! そこまで言われると作らないわけにはいかない、掘りたてのジャガイモでポテトサラダを作って、トンカツを揚げた、やはり自分で揚げてもトンカツは美味い!


平成29年 7月23日(日)

 一旦タガが外れると簡単に30℃を超すようになる。今日も暑かった。それでも下界に比べたら天国だろう、下では夜でもエアコンを動かすらしいが、ここは、日が落ちると涼しくなり、明け方は薄い布団を必要とするくらいになる。 
     最低気温 23.6℃ (04:18)、最高気温 30.1℃ (16:12)

 九州で猛威を奮った豪雨災害、その後、中国地方から東日本にその舞台を移し、梅雨前線に沿って現在は北日本で大雨を降らせて川を氾濫させている。近年の異常な雨の降り方、それが今ではだんだん当たり前になって来ている。少し前に福岡地方の大雨のニュースを見ていた東北地方の人たち、まさか自分たちが同じような目に遭おうとは思っても見なかったろう。

 今、どこの一年生の家庭の玄関先や庭先にも朝顔の鉢が置いてあると思う。これは学校で一人ずつ、担当して育てている朝顔の鉢で、夏休み期間中は水遣りなどの管理ができないので、各人が家に持ち帰って面倒を見ることになっている。ただ漫然と世話をさせるのではなくて多分、その観察記録も夏休みの宿題になっているのではと想像するが、太郎のやつは全く放りっぱなしで、見るに見かねて親が水を時々遣っている。

 今日も全く肉体労働をせず。小生の年齢になると生産性とは全く無縁なので、働こうが働くまいが世の中には関係がないのでどうでもいいことなのだろうが、それでも、この炎天下、汗水たらして農業などに従事している人には申し訳がないという後ろめたさは少しある(でもなあ、働きたくてももう何処にも仕事がないんだよなあ)。
 
 そういう身分の小生のもとに、新しい国民健康保険の保険証が送られてきた、有り難いことに小生は一割負担なのだ、高齢者は優遇されているなあ、申し訳ないなあ、心して病気に罹らないようにしないとな。

 で、今日も、好きな資料を読んで過ごした。それに関連した余談になるが、dB(デシベル)という単位と言おうか、記号があるが、このデシはデシリットルのデシと同じで1/10を表す言葉だが、英語で12月をDecemberと言うが、このDecemが同じく10を表すらしい。12じゃなくて10なのか?ということになるが、昔は一年は10ヶ月だったらしく、その後、7月と8月が割り込んだので、本来の10月を12月にするになったとか。言われて調べてみると確かに、September October November December は本来7月、8月、9月、10月という意味だそうだ、なるほどねえ。
 
 太郎は母親に光の森に映画を観に連れて行ってもらった、姉は部活だった。



平成29年 7月22日(土)

 本日も暑かった。夕方からにわか雨と言うには少しまとまった雨が降った(本日の雨量=夕方から降った雨量21:30現在、どうやら上がったようだが 16.3 mm)
    最低気温 23.5℃ (00:33)、最高気温 29.9℃ (14:01)

 梅雨が明けたと思ったら台風がちょこちょこ発生している、日本には直接関係がなさそうだ。ECMWFの中期予報、以前と少し表示方法が変わって日本と南の海上との双方をうまく表示する図が無くなった、変更前の方が良かった。

 今日も完全に怠惰を決め込む、今日は「書斎」に座ることもほとんど無く、終日ベッドでゴロゴロして、いろいろな資料(無線工学関係)を読んで過ごす、インターネットは知識の宝庫だ。
 
 夕方から元坂梨小学校体育館で開かれた坂梨保育園の夏祭りに出かける。今年の春に卒園した子どもたちには招待状が届くのだ。娘とカミさんはピアノレッスンにでかけたので、小生が太郎を引率して出かけた。久しぶりの先生方や在園児たちの顔が懐かしかった。

 毎年この時期は空模様が読めないので、今年は最初から体育館で開催されることが決まっていたが、その心配があたって開催中にまとまった雨が降った、判断は正しかったようで、皆んな雨を気にせずに済んで夏祭りを楽しんでいた。ただ、フィナールのグラウンドでの花火が中止になってこどもたちはちょっと残念そうだった。

 8時ころ終わって、汗だらけになったので、急いで二人でアゼリアに風呂に入りに行って、9時過ぎに太郎を寝かしつけた。

 坂梨保育園 夏祭り 連続写真 (1/6)
 坂梨保育園 夏祭り 連続写真 (2/6)
 坂梨保育園 夏祭り 連続写真 (3/6)
 坂梨保育園 夏祭り 連続写真 (4/6)
 坂梨保育園 夏祭り 連続写真 (5/6)
 坂梨保育園 夏祭り 連続写真 (6/6)


平成29年 7月21日(金)

 晴れ。我が観測所、ここのところずっと30℃手前で踏ん張っていたが、とうとう大台を一気に突破してしまった。夕方7時ころ、急なにわか雨、雷も少し聞こえた(雨量8.4mm)、大地で暖められた大気が上昇して積乱雲になって・・・というやつだろう。
     最低気温 22.3℃ (05:32)、最高気温 31.1℃ (15:54)

 こどもたちは今日から夏休み、早速ラジオ体操が始まった。場所は豆札公民館前、こどもたちだけだと寂しいので大人たちにも参加を促すべく、拡声器でラジオ体操を流した。子どもたちには役割が決められているので、小生はJLZからQSYしてきたラジオ内臓のアンプも持っているが、それだと、ラジオ係のメンツを潰すことになるので、これもJLZからQSYしてきたラジオ無しのアンプを持っていって、マイクロフォン経由でラジオ係が持ってきた携帯ラジオの音声を拡声して流した。くるみちゃんは今日にも引っ越しをするそうで、最初で最後のラジオ体操にお母さんと参加した、拡声放送の効果ではないかもしれないが、その他にも大人二名。今日は初日でちょっと遠慮があったので、次回からはもっと大音量で流すことにする。「明日から」でなくて「次回から」と書いたのは、土日は部活で対外試合などで早朝から出かけることがあるので、土日は各人家庭でラジオ体操をするようにとのことだったので、次回広場での体操は月曜日ということになる。(写真1写真2写真3
 
 夏休み中も太郎は学童保育にお願いすることにした。太郎はわずか一日の休みで家にいるときでさえ、退屈した、退屈したと言っているので、「学童」では夏休みの宿題もみてもらえるし、プール遊びもあるし、いろいろな仲間との交流があるので家に居るよりはずっと充実した規則正しい生活が送られることと思う、早速今日から弁当持ちで母親が通勤するときに送っていった。
 
 お姉ちゃんは、吹奏楽コンクールが迫っているとかで、同じく弁当持ちで出かけていった。小生は休み中の子どもたちの昼メシの心配をしなければならないな、と思っていたのでホッとした。

 市の住民健診が元坂梨小学校体育館で行われた。去年この健診で大腸がんが見つかり小生は命拾いをしたのだった。今回も検査項目の中に、大腸がんの潜血検査や胃や肺のX線検査もあったが、問診票を書いていてふと気がついた、そうか、小生は半年ほど前に大腸がんの手術をしてその際に、内視鏡だけでなくて、X線もCTも撮ったのだった、その後、6ヶ月検診も受けていてさらにこの先も12ヶ月検診をうけることになっている、だから今回わざわざまた検査を受ける必要はないよな、と思って、急きょそれらを全部省略した、うっかりと言うかあまり考えずに、三日ほどまえから採便までして準備をしていたがよくよく考えたらその必要がなかったのだ、従って今日は特定健診と前立腺の検査(血液採取)と心電図(これも癌入院の時にやったのだが)だけで済んだ。午前10時受付で一時間もかからずに終わった。(写真1写真2
 
 こんな暑い日は何もする気になれず、ジャガイモ掘りはおろか、昨日掘ったイモの整理すらしなかった。

 晩飯。昨日の残りの甘酢あんかけ、揚げ出し豆腐、モヤシの中華風サラダ、ピーマン醤油炒め、それから到来物のマンゴー、こどもたちはホンモノのマンゴーは初めてのようで、うめ〜と言って食べていた(小生は種の周りだけ)。


平成29年 7月20日(木)

 今日、北部九州が梅雨明けしたそうだ、何を今頃、もうとっくに梅雨明けしてらい。それでもまだ大気が不安定なのだろう、ちょうど九州山地の脊梁に添って雨雲が湧いていた
      最低気温 22.8℃ (04:31)、最高気温 29.1℃ (14:16)

 今日は小中学校とも一学期の最終日にあたり、明日から夏休みに入る。今日はもう授業がないのでほとんど空っぽのランドセルを背負って軽々と子どもたちは終業式に登校していった。(写真1写真2写真3

 そして、太郎の登校班のなかに今日を最後に転校する子どもがいる。隣家のくるみちゃんである。くるみちゃんは熊本地震で確か益城だったと思うが被災してお祖父ちゃんがいる豆札に家族で「疎開」していた。このたび新しい家が出来たようで、夏休み中に引っ越しをすることになっているそうである。くるみちゃんは今二年生だから、太郎からするとすぐ上の先輩が居なくなり寂しくなる。だから二学期からの登校班は一年生の太郎と三年生のりゅうま君、それから六年生のみなみちゃん、かおる君の四名になる(ということは来年は二人だけの登校班になるということか、更にはずっと先になるが、いずれ太郎一人で通学することになる)。いつもなら登校班が集合する場所で記念撮影をするところだが、登校見守りに遅れるので、小生が立っているところを太郎たちが通過する時につかまえて最後の写真を撮っておいた
 
 そして、太郎が通知表をもらってきた、(姉ももちろんもらってきたが)、初めての通知表である、これから先、何年もこの通知表に一喜一憂することになるのだ。

 ようやく重い腰を上げて、ジャガイモ掘りをした。ところがあまりの暑さに息苦しくなり、こりゃあ熱中症になるバイと、一畝終わらぬうちに午前中の作業を切り上げた。今年は摘心(芽かき)をしたので、大きなイモが生っていた、なるほど芽かきの効果とはこんなものかと改めて認識を新たにした。午後から、キタアカリの方の掘り起こしをしたが、こちらはメークインほどの収穫は無かった、大きなものは非常に大きいが大体において玉が小さい。こちらの方は一畝半ほどやって、本日の作業は終了!

 晩飯。野菜たっぷりの牛肉の甘酢あんかけ



平成29年 7月19日(水)

 結局昨日一日で50mm降った。その雨も今朝は上がって雲が多かったが終日晴れだった、そして昨日の雨は今度は南に下って梅雨が開けている九州南部に集中して降っていた。ニュースによると、今日四国中国地方から関東甲信まで梅雨明けしたそうだ。別に気象庁ごときに梅雨明け宣言をしてもらわなくても、どうということは無いはずだが、なんとなく、九州北部だけ置いてけぼりを食ったようであまり面白くない。
 
 このたびの「九州北部豪雨災害」(阿蘇地方を襲った平成24年につづいて二度目の命名だそうだ)で人的被害もさることながら、小生なんかこういたミツバチ被害の記事が非常に目についた。ここにでてくるハチはセイヨウミツバチだが。

 本日の登校風景(写真1写真2写真3写真4

 小学校では、班別だとかクラス別だとか、学年別、あるいは一つの班が一年生から六年生までで構成される縦割り班だとか色々なグループ分けがあるようである。そのなかに地区別の班というのがあるが登校班もそのなかの一つだだろう。小生がいつも立って登校する子どもたちを送っている場所は大きく分けると坂梨地区班の子どもたちが通る場所ということになる。
 
 で、昨日、太郎がペーパーを持って帰ってきた。見ると、夏休みのラジオ体操の計画表である。これは、地区別の班が集まって決めたそうだ。太郎たちの場合は登校班=ラジオ体操班なのであろう、小学校に入学して、初めて集まりに参加して、自分でその決まったことを書いてきた、なんとも汚い字だが、確かにコミュニケーションツールとしての文字の機能を果たしている、ちゃんと意味が通じる、自分で書いたのだから、保育園時代からするとなんとも大きく成長したものである。
 
 近年はいろいろな事情で、特に多分に親の都合だと小生は思っているが、夏休みの全期間中、ラジオ体操をすることが少なくなっており、始まりの一週間と終わりの一週間だけやって、キセル的に中抜きをするところもあるとも聞くが、ここは休暇中、全期間ラジオ体操をするようである、ということは、小生も、参加するということになるだろう。娘が小学校を卒業以来だから三年ぶりということになろうか、子どもたちの数が少ない今、大人も出てきてラジオ体操をすればいいと思うのだが。

 コイン精米機で30キロ精米してきた。今日の分を除いてあと二袋残っている、去年は12月ころまで前の年の米が残っていたが、今年は、新米が入る頃には一袋くらいが残っていることになるだろうか。
 
 九州電力(九電工)が先日のエコキュート設置にともなう電気のメーターを交換に来た。前の給湯器の時は、夜間電力のタイマーは電力会社のメーターで管理をしていたためメーターが別メーターだったが、これからはエコキュート設備の方でタイム管理をするので、従来のメーターを取り外した(と思ったが、多分そうだったろう)。30分くらいかかるということだったので、UPSでは保たないので、一旦システムを全部落としたが、ものの5分ほどで終わったので、落とす必要はなかったことになる。

 太郎、本日プール教室
 
 晩飯。チキン南蛮


平成29年 7月18日(火)

 梅雨前線のおかげで、大気が非常に不安定で、強い雨や雷があると予報していた、この天気図がそんな気象条件になるのかさっぱりわからんが、確かに、子どもたちが登校する少し前にと 強い雨があったので太郎の班は各自登校になった、しかしその雨も直ぐに上がったが、坂梨地区の子どもたちは、それよりだいぶん前に家を出なければならず、小生がいる場所あたりで急に雨が上がっても間に合わないわけで、今日も誰ひとりとして歩いて登校する子は居なかった
 
 気象庁の、だろう?だからまだ九州北部の梅雨明けはまだなんだよ、という声が聞こえてきそうだが、今日は梅雨が明けた開けた宮崎県にもこの雨雲は動いていたぞ。
 
 今日は大気が不安定だと言うだけあって、雨雲が非常にバラバラで雨雲がかかると非常に強い雨が降り、道路が冠水するほどだったが、雨雲が通り過ぎると日が照るという変な天気の一日だった。19:53現在で今日の雨量は35.6 mmになっている、結構降っているのだ。
    最低気温 23.0℃ (07:06)、最高気温 26.4℃ (12:43)

 休み明けはどっと疲れが出て?だいたい何もする気が起きず、幸いに天気が悪かったので、適当に流した。
 
 晩飯。カツオのたたき、タコとキュウリとワカメの酢の物、焼き茄子、ピーマン炒め、トマト、豆腐とニラの味噌汁、スイカ。


平成29年 7月17日(月) 海の日 

 夏空広がる(写真1写真2)、各地どこもここも真夏日だったようだが、本日もここは真夏日一歩手前で踏ん張る、30℃を越えると越えないでは気分が違う、そして今日は風があったので、涼風が家に流れ込んでいた。
     最低気温 22.3℃ (05:09)、最高気温 29.3℃ (14:41)

 国民の祝日「海の日」「山の日」、どちらも印象が薄くて、何日かと問われてもすぐには出てこない。現在の「海の日」は、7月第3月曜と決められていて今日がその「海の日」であるが、もともとは7月20日だったものが休日が続くようにといつの頃か変更された。本来は何かを記念して休日にするところを、本末が転倒してしまった。現役の頃にはそのほうが良いと思ったが、土日が関係なくなった今では本来の形のほうがいいと思うようになった、人間とは勝手なものである。
 
 海といえば「われは海の子」、小生の好きな唱歌のひとつだが、そのなかにある歌詞についての記事があった
 「いで大船を乗り出して 我は拾わん海の富 いで軍艦に乗組みて 我は護らん海の国」
<https://www.youtube.com/watch?v=hjoj0XfUFZg >
 これに限らず、マスコミや野党はいまだにGHQの「御触れ」「お達し」に縛られ続けている。というか都合よく利用している。

 昼過ぎに、アルジー(Algying)一家が岳父の運転する車で福岡から訪ねてくれた(一行の家族関係を端的に説明するとこうなるだろう)。岳父は小生の従兄の滉兄である。滉兄は医師だ、もう傘寿を越えたはずだが毎日健康のために自転車で通勤して今でも手術もするし、フルタイムで働いているそうだ、そして皆で毎年夏に訪ねてくれる。アルジー一家は普段はウイーンに住んでいて音楽活動をしている、そして、夏になるとアルジーの故郷の台灣を経て、福岡の従兄のところに帰省してわざわざここまで来てくれる。一粒種のゆんちゃんは太郎と同い年だが、学制の関係で9月にはもう二年生になるという。ゆんちゃんはドイツ語、中国語、日本語が意識的に切り替えなくてもごく自然に出てくる、言葉は環境なんだなあとしみじみ思う。昨日の日記に書いた「虫の声」は彼女の場合はどうなんだろう、訊きそびれた。

 今年は太郎は少し照れていてぶっきらぼうのところがあり馴染むまでに少し時間がかかった。夏子は去年もそうだったが吹奏楽コンコールの強化練習で、今年は旧古城小学校の体育館で練習をしていたが、一行はわざわざ練習を見学に行ってくれた。そして戻ってから我が家でプロの音楽家二人によるミニコンサートを開いてくれたが、薫ちゃんのバイオリンは素晴らしい、そして夫君アルジーのピアノとバンドネオン、どうせなら、吹奏楽部の練習場で皆んなに聞かせてあげれば良かったねと話したが、あとの祭りだった、三年生だからもう来年は無いのだ。
 
 夏子が近々、ピアノの発表会でベートーベンのピアノソナタの悲愴を弾くことになっているが、練習の成果を二人に聴いてもらえと言ったが、どうしても恥ずかしいから嫌だと言って弾かなかった。それではアルちゃんにちょっと弾いてみてくれないかとカミさんが頼んだところ、この曲はアルちゃんの十数年前のウイーンの音楽大学の入学試験の時の課題曲で、その時以来弾いていないから出来ないと言っていたが、それでもちょっとだけ弾いてみてと無理に頼んだところ、じゃあちょっとだけと、譜面をしばらく眺めていて弾き始めたが、初見に近い条件なのに、見事な演奏で、本人は時々、ウッといった、納得の行かない素振りを見せるシーンがあったが、素人の小生が聴く限り素晴らしい演奏だった、さすがプロだなあと心から感心した。自分に出来ないことで他人が出来るのを羨ましいと思うことのひとつにピアノがあるが、ピアノを自由に弾けること、これは何より羨ましいことの一つである。
 
 五時過ぎに再の来訪を約して福岡に帰っていった、いい一日だった。

 Welcome Algying Family 連続写真 (1/2)
 Welcome Algying Family 連続写真 (2/2)



平成29年 7月16日 (日)

 晴れ。ここのところ、我が家の観測装置、健気にも真夏日一歩手前で踏ん張って「くれている」。
     最低気温 21.3℃ (05:40)、最高気温 29.6℃ (15:42)

 今年はヒグラシの鳴き声が非常に少ない、柿なんか裏年と言ってあまり実の生らない年があるが、蝉にも裏年というものがあるのだろうか、蝉は何年だか何十年だか地下にいて、最後に地上に上がってきて羽化するので、たまたま過去のその頃に蝉が卵を産まなかった(あるいは産めなかった)年でもあったのだろうか、などと思ってちょっとネットで調べてみたところ、ヒグラシは6〜7年の間、地中で育つという。と言うと、今年は九州北部豪雨災害からちょうど5年になる、土砂流すほどの大雨に蝉の幼虫も流されたのかもしれない、こんなこと誰も調べていないだろう。ちなみに、「虫の声」が聞こえるのは日本人とポリネシア人だけだとういう、ホントかいなと思ったがそういう記事がある(PDFfile)。「閑かさや岩にしみ入る蝉の声」などという一見逆説的な風流な句など西洋人にはわからないのだ。

 今日は本当にノンビリ、何もせずに、本などを読んで過ごした、ジャガイモも掘らなかった、土が湿っていると腐るかもしれないが、こう雨が降らないと多分大丈夫だろうと勝手に決め込んでいる。写真も全く撮っていない。一枚も、というのもなんだから、夏雲を撮っておいた

 ここのところ、自宅サーバーの「坂梨宿」に盛んにサイバー攻撃と言うか、不正に入り込もうとしているやつがいる、このIPは日記を書いている時点で調べると、発信元はトルコあたりだが、動的IPだと頻繁に変わるだろうし、またあちらこちら経由してくるらしいから分からない。普段は中国が多い、イレブンチンピン、こんなところを攻撃しても金も軍事機密も無いゾ。


平成29年 7月15日 (土)

 今日もほぼ真夏日だった。
    最低気温 22.2℃ (01:57)、最高気温 29.3℃ (15:03)

 今日も梅雨明け宣言は無かった、今日は土曜日だ、お仕事は休みだ、気象庁のお役人も休日だ、ということは三連休だから・・・・か?

 ミツバチ、今朝にはもう一握りの数も居なかった、そして午後にはもう全く姿がなかった、とうとう我が家のニホンミツバチは滅亡してしまった。ああ、脱力、脱力。知らず知らずのうちに毎日神経を使っていたのだろうな、しばらくはもうハチのことは考えまい。

 もうジャガイモは十分に収穫期を迎えている、今日あたり、掘ろうかなと思っていたが、この暑さ、早々と今日はやめようと決めた。ただいつまでもこのままにしておくと腐るだろう、早いところ掘ってしまわなくては。
 
 娘は弁当持ちで部活に出かけ、小生は太郎と二人で家でのんびりと過ごした。昼には素麺を茹でて二人で食べた。そして、小生はゆっくりとPCの前で過ごした。
 
 先日、頼まれた、中体連のサッカー競技の記録映像のDVD化をした。そしてようやく完成した。

 一連の作業をまとめておく。

 拡張子がwmvの動画ファルはMicrosoftの動画形式で、それをDVDに焼いたものは普通PCでは再生出来るが、家庭用のDVDプレーヤーでは再生出来ない(場合が多い)。
 
 そこで、wmv形式の動画ファイルを、DVDプレーヤー形式に変換をする必要がある。そのために今回、「Xmedia Record」というフリーソフトを使用。http://forest.watch.impress.co.jp/library/software/xmediarecode/
 
 それを使って、家庭用のDVDプレーヤーで再生できるようにするためにwmv形式のファイルを MPEG TS (DVD TS) という形式に変換をする。
 
 その次に、DVDに焼く作業に移る。これも、普通にDVDを焼くWritingソフトを使えば良さそうだが、どうもそれではダメらしい。そこで、もう一つ(オーサリングソフトと言われるもの)、「DVD Flick」というフリーソフトを使って、DVDを焼く。http://mikasaphp.net/dvdflickv2j_install.html
 
 以上で問題なくwmv動画をTS動画に変換してDVDを作成する事ができるはずだったが、何度やっても、失敗する、出来たと思ったDVDの再生がPCですら出来ない(家庭用DVDプレーヤーは無いので試すことが出来ない)、複数のPCで再生したが、どれでも再生できない、ということは、つまり、正常にDVDが出来ていないのだ。
 
 小生のPCは古いPC部品を色々組み合わせて作ってあるので、特に映像関係が弱い、そのせいだろうかと、そこでもう一台のPCを引っ張り出してきて、それまでと全く同じ手順で作成をしたところ、これはすんなりと成功した。つまりは、作業手順の問題でなくてPCのハード上の問題だったのだろうか。光学ドライブは外付けでも繋いだが、それもできなかったので、ビデオボードか何かもっと根本的な問題かもしれない。
 
 それから、wmvファイルでは5GB近くあったファイル容量が、tsファイルに変換したところ、3GB以下になっていた。だから4.7GBのDVDにも問題無く焼けることになるが、DVD Flickというソフトは、たとえDVDの4.7GBの要領を越える大きなファイルでも自動的に圧縮して入れてくれるようなことも書いてあった。

そのようにして一枚のDVDを作成するのに二時間くらい時間がかかるので、並行してISOファイルも作った。このISOファイルは普通のWritingソフトでコピーすれば問題なく焼けるうえに、短時間で焼くことが出来るので、まとまった枚数を焼くのであればISOファイルをコピーすればいいと思う。

 けっこう手こずったが、小生は静止画専門なので今回は非常に勉強になった、我が家にはDVDプレーヤーは無いので、最終確認は出来ていないが面白かった。

 夕方近く、カミさんは東京出張から帰ってきた、帰ってきたと思ったらまた直ぐに山越えでピアノのレッスンに三人で出かけていった。


平成29年 7月14日 (金)

 夏空が広がった、今までの夏空と違って屈託のない夏空だった、昨日南九州は梅雨明けをしたので、今日は北部九州が梅雨明けをしたのを小生が発表を知らずにいたのかと思って気象庁のホームページを確認したら、北部九州の梅雨明けはまだだった。九州南部とこことどれだけ違うんかい、という気持だ。誤差の範囲でほぼ真夏日だった。
      最低気温 19.9℃ (03:04)、最高気温 29.7℃ (15:31)

 本日の登校風景 連続写真 
 
 多分、もう少し前から鳴いていたのだろうが、小生は今日の夕方、ヒグラシの声を今年初めて聞いた。
 
 イチジク、冬の寒さに敗けたのか枯れてしまった、やっぱり駄目だったかとそのままにしておいたところ、今日になってヒコバエが大きなっているのに気がついた。また苗木のような幼い木から育てなければならないが、ホッとした。
 
 今年は果樹のなる木が我が家では全滅状態だ。爆発的噴火でヨナが木々の葉について、それが原因したのだろうか、イチジクが枯れたのも寒さのせいでなく火山灰のせいだったのかもしれない。カボスが一本は完全に枯れてしまった、もう一本は枯れるまでは行かなかったが、今年は実が全く付いていない、ひとつもである。なごみ野のオヤジの家のカボスも枯れたと言っていた。それから梅の実がほとんどならなかった、いつもは二階の窓から赤く熟れた梅の実が嫌でも目に飛び込んできて、なんとかしろとプレッシャーになっていたが、今年はそれが全く無かった、近くまで行ってみると実がなっているのが分かるが葉に埋もれてしまってほとんど気が付かない程だった。

 本日の登校風景。今朝は、お当番さんが居たので小生は自由に動き回った。

 村の天神祭。午後一時から村の天神社で阿蘇神社の内村権禰宜さんのお祓いで神事を斎行した。そのあと、集会所で直会をした。用事があって来られなかった人もいるが、だんだん人数が減ってきている気がする。

 天神祭 連続写真
 
 ハチの様子、想像したとおり、朝になっても小さな蜂球を作ったままだ、結局行く宛がないのでぶら下がっているだけなのだ、まあ、ある種解放巣のようなものだろう、そして一部はそばにおいてあるウトに入っているようだ。外でぶら下がっているハチにスズメバチが時々飛んできては一番外側のハチを捕まえる。小生が気がつくと網でひっ捕まえてつぶしている。朝には結構居たのに夕方にはめっきり数が減ってきている。
 
 昨日取った蜂の巣の中に居たスムシの数、これだけ居たのだ。(閲覧注意)

 家事の合間合間にDVD作成の宿題をしているが思っていた以上になかなか手強い、手強いと逆にファイトが湧いてきてやってやろうじゃないかという気になる。

 晩飯。煮込みハンバーグ、ポテトサラダを作った、それと到来もののアスパラガス。
 

 

平成29年 7月13日 (木)

 今日は朝のち雲があったが、それでも暑くなりそうだという気配はあった。そして高地ながら暑い一日になった、もう梅雨は明けてもいいのだろう、まだか?
     最低気温 20.1℃ (05:03)、最高気温 28.8℃ (15:48)

 今朝の登校風景 連続写真

 もう無駄だとは思っていたが、ハチの移住を強行した。以前ほど周到な準備はせずに、無造作にハチウトをエイヤッとばかりにひっくり返して、その上に空のウトを被せて、前回のこともあるので、相当長時間胴を叩いたが、上の箱に移動してこない。そこでもう空の箱を外して、ハチがいる箱を上向きにしたまま、一番、スムシが居そうなところを包丁で切り取って、炭ばさみで掴みだしてみたところ、うわっというほど沢山のスムシが居た。さらに切り取っていくと、居るわ居るわ、ほとんど巣いっぱいに大きなスムシが蠢いていた
 
 スムシが居るところだけ切り取って出来たらまた巣を元に戻してやろうと思っていたが、結局全部、巣を取ってしまった、ステージ4状態だった。取った巣は蜜蝋を作ろと思うが、ミツはほとんど無く、もうスカスカで、ハチもこれまでよく我慢していたものだと思うが、結局は女王蜂が居ないので、移動する気持も起きないのだろう、というより移動するぞという指示を出す女王蜂が居ないので動かなかったのだろう。

 スムシは最初は非常に小さなウジでそれが何十倍にも大きくなる、一匹のスムシから何匹ものスムシに増えるわけではないのだから、これだけのスムシが元は一番下の巣門あたりから入って来たことになる、信じられん。それにスムシの幼虫期間は一体どのくらい長いのだろう、スムシは羽化はしないのか、と思われるほど長期間ウジのままだ。これだけ居たのであれば、ハチも滅亡するのも宜なるかなである。もっと早く気がついてやるべきだった。
 
 女王蜂というコントローラーを失った追い出されたハチは何処に行ったら良いのか分からないようだ。行く宛がないので、ブンブン飛び回っていたが、そのうちに蜂球を作り始めた
 
 無理やりおっぽり出されたハチたちは、女王蜂が居る居ないにかかわらず、行き先も方向も決めずに四方八方に闇雲に飛び去ることはせずに一旦は蜂球を作って、それから徐に行き先を決めて飛び立つのではと考える。そりゃあそうだろう、めちゃくちゃに飛び立ったらあとで集合するのが大変だろう。だから、巣を開けて、強制移住をさせる場合でも、なるべく逃さないようにことさら一網打尽に囲って移すことはしなくても、巣の周りを乱舞しても、適当な場所があれば、そこで必ず蜂球を作るのではと確信した。だから、そういう場合は、蜂球を作りやすい場を用意しておいてやればいいのだ、小生はとうとう分蜂をさせることができなかったが、そのために用意しておいた蜂球板にちゃんと蜂球を作った。ただ、女王蜂が居ないので統率が取れず、蜂球自体もベチャッとした形だった、ああ、この蜂球には女王蜂は居ないなということがすぐ分かった。養蜂歴は浅いが、その間に、ハチの取り込みに関しては結構密度の濃い経験をしていて、ハチの行動がかなり分かってきた。
 
 作業中、次々にスズメバチが飛んできて、ハチを捕まえる。小生も普段以上に腹立たしかったので、エイと捕まえてはひねりつぶしていった。見ていると死んだスズメバチをミツバチが数匹で引っ張り上げようとしていた、どこかに運んで捨てるつもりだったのだろうか、数匹で力を合わせると大きなスズメバチも引き上げられるのだ。
 
 不格好ながら蜂球を作るたびに、何度となく手のひらで掬っては、空のハチウトに移すのだが、女王蜂がいないので、まとまらず、周辺をワンワン飛び回ってまた元の蜂球板の所に戻る、何度やっても同じだ、もうこれ以上はどうしようもないので、放っておいたが、一部はハチウトの所にたむろして、大部分は蜂球板のところにいる、つまり統率されていないのだ、明日の朝にはどうなっているだろう、女王蜂が居ないので行く宛もないのでは無いだろうか、せめて用意してある空のウトに入って体を休めてほしいものである。
 
 今日は暑かったので、ゴム引きの上っ張りを着て作業をしたので、もう熱中症寸前まで行った、いやあ、暑かった。
 
 そんな状況下、一息入れている時に、同じ村の麻理子さんが、パソコンのデータ処理のことで相談にやってきた、李下に冠、瓜田に沓、の喩えということでもないが、デッキ書斎で応接をして話を聞いたが、子どもたちの中体連のサッカーの記録動画のDVD化のことだった。DVDに入りきれないほど大きなwvmファイルを、普通のDVDデッキで再生出来るようにするにはということであった。ファイル変換をして圧縮してDVDに焼かなければならない。小生は静止画専門であまり動画には詳しくないのでちょっと宿題にさせてもらった。レンタルビデオのコピーに関しては、実際にするしないは別にして、結構スキルはあるのだが。
 
 カミさんは今日から二日だか三日だか出張で東京に行った。
 
 晩飯。餃子、モヤシ中華風サラダ、スープ、杏仁豆腐
 
 今日は三人で、エコキュートで入れた風呂に入った。エコキュートのシャワーの水圧がこんなに強いとは思わなかった、結構、結構。



平成29年 7月12日 (水)

 深夜から九州の北部に北東方向に線状降水帯ががかり、少しずつ南下して、阿蘇も午前4時ころから雨になった。この降水帯は移動していて停滞することがなく、子どもたちが登校するころには峠を越していたものの、今日は全員車かなと思っていつもの場所に立っていると、豆札方向から薫くんと太郎が二人でやってくるのが見えた。おう感心感心と思って、見ていると、突然近くで大きな雷鳴が・・・二人はアブナイと思ったのだろう、慌てて小生が立っている方向(学校方向)に、傘もちゃんとささずにあわてて走り始めた、それを見て小生は家にいるカミさんに電話をして直ぐに車で来るようにと連絡したところに薫くんのお母さんが車を走らせて来て二人の乗せて学校に送っていってくれた。雨は良いとして、雷は何処に落ちるか法則など無いに等しいのでとにかく雷の時は用心にこしたことはない。幸いに雷はその一発だったが小生も車の中に避難して時間まで待機した。
 
 その雨も、やがて止んで、その後は暑い夏空が広がった。
       最低気温 22.3℃ (07:02)、最高気温 26.6℃ (15:16)

 シジュウカラ@jf2jtq/yokohama、昨日は四羽が飛び立ち三羽になっていたシジュウカラ、今朝の七時ころには一羽になっていて、登校見守りから帰って見た時(7:40)にはすべて旅立った後だった。シジュウカラの親子関係は巣立ちと共に終わるのだろうか、この先、家族一緒ということは無いのだろう。もぬけの殻の巣を見ると一抹の寂しさを覚えた。

 本日のハチ。今日の写真にばっちり大きなスムシの群れが写っている、やっぱりスムシだったのだ、明日にでも、もう一度強制移住をさせてみようかと思う、ここまで来たらダメ元である、ただ女王蜂はもう居ないのだろうな、でも働き蜂だけならどうして逃げないのだろうか。

 あの豪雨災害から5年目、10時過ぎに防災無線のサイレンが鳴り、それを合図にして裏の陰崩れの方向に向かってしばし黙祷をした。もうあれから5年か、その後にも熊本地震や阿蘇山の爆発的噴火などいろいろと災害が襲った、先日には朝倉地方で大洪水があった、とにかく災害だらけだ。
 
 我が家の給湯設備が本日、エコキュートに切り替わった。従来の給湯器の電気代がばかにならないので、エコキュートに入れ替えることで、節約できる電気料金で設備投資額を賄っても十分にお釣りが来るくらいだということがわかったからだ。
 
 二重峠で大渋滞にハマって、予定より一時間ほど遅れて工事会社ユノカの三名の工事担当者が到着して、直ぐに工事が始まった(道路事情で少し遅れて営業のM氏)。工事担当の三人、息もピッタリで無駄がなく、工事は順調で、三時ころにはすべて完了した。
 
 今日の工事で、一時水道の元栓を閉じる必要があり、止水弁のレバーを回そうとしたが、昨年の地震の時に水道管が破損して修理をした際に掘り返して埋め戻したのだが、そのレバーが回らずに、やむなく止水弁を取り囲むようにして埋めてある塩ビ管を掘り起こして回した。回らなかった原因は、止水弁のレバーは90°だけ回るようになっていて、レバーの回転半径が塩ビ管の半径より大きいので、塩ビ管を埋める時に、予め水道管を円の中心よりずらして、ハンドルが90°回転する側に余裕を持たせて埋めなければならないのに、逆の位置関係で埋めたので、ハンドルが塩ビ管の内壁につっかえて回すことが出来無かったのだ。

 エコキュートに関して、今までなんとなく説明を聞いていて、改めて今日聞いて認識を新たにしたことは、我が家に設置したエコキュートは(そうでないもののほうが多いようだが)、お湯をそのまま飲料に使えるそうである。従来の給湯器はお湯を沸かしてタンク内に溜めておいて、そのお湯を風呂に使ったり洗い物に使ったりしていたので長い間にタンク内に澱などが溜まり、綺麗とは言い切れないので飲料に使うには差障りがあった。今度もエコキュートも当然同じ方式だと思っていたのだが、今回設置したエコキュートは、そうではなくて、高温に熱せられたお湯の中に張り巡らされたパイプの中に水道水を通して熱交換でお湯にして取り出すもので、熱せられたタンク内のお湯を直接使うのではないそうである。いわば原子力発電と似たような方式で、原子炉で熱せられた湯の近くのパイプを通った別の水が熱交換で熱せられてそれがタービンを回す方式と同じだと言うことになる。エコキュートは井戸水を使うことが原則出来ないそうで、我が家は簡易水道で、基本的には井戸水と同じだから、直接使う水を温めないで熱交換で温めるのもその理由の一つなんだろう。なんでも、この方式を使うのは日立一社だそうである。
 
 感心するのは風呂が追い焚きが出来るそうで、一定温度に風呂の温度を保つことができるそうだ、これは風呂に張った湯が一旦給湯器の方に戻って、温まってまた浴槽に戻ってくるそうなのだが、そうなると、飲料用の湯と混じってしまうではないかと心配したら、張った風呂の湯が戻るのは本来の湯を作るルートとは別ルートで、浴槽に張った風呂の湯だけを温める仕組みになっているということである。

 今まで使っていた給湯器は置いて帰ってもらった、小生の遊び道具にするつもりである、中には立派なステンレスのタンクが入っているそうである。

 エコキュート設置工事 連続写真 (1/2)
 エコキュート設置工事 連続写真 (2/2)

 
 太郎、本日水泳教室。
 
 晩飯。ハヤシライス


平成29年 7月11日 (火)

 全国各地で暑い一日だったようだ、ここですら真夏日近くまで上がった。まだ梅雨明けしていないようだが今日あたりはもう夏の空が広がっていた。外輪の空のかなたはぐるりと積乱雲が取り囲んでいた。
    最低気温 23.6℃ (00:20)、最高気温 28.8℃ (14:52)

 本日のハチ。(写真1写真2

 本日の登校風景(写真1写真2写真3

 正午前、鹿児島で震度5強の地震があった、ドンときて直ぐに終わったので被害は無かったようだ、震度5強で被害がないから大したものである。NHKのアナウンサーと鹿児島市だったかの担当者とのやりとりで、鹿児島市担当者が「喜入のニッセキの基地があるのでちょっと心配だ」というようなことを言ったところ、NHKアナウンサーは、「ニッセキというと日赤病院かなにかの・・・」と返していたが、NHK全国放送のアナウンサーが今ではもう石油の国家備蓄の喜入基地のことを知らないのだから、石油危機は遠くなりにけりだなあと思った。もちろんここは全く揺れなかったが、ここのところ九州は天災続きだ。

 明日、エコキュートの工事がある予定である。今の給湯器の場所に装置を二つ置かなければならないので、場所を作るために、物置を少し移動して、ついでに草も刈っておいた
 
 JLZからもらった放送用のアンプ、取扱説明書を見ながら、どうにか、最低限の運転が出来るようになった。取扱説明書にあるスピーカーのつなぎかたは放送設備関係の知識が必要なようで、記号の NだとかCだとRの意味が分からなかったが、ネットで調べて、なるほどそうかという程度にはわかった。ただ、オーディオ用のアンプと違って、随時音量を大きくしたり絞ったりするものではないので、基本的に音量調節用のボリュームは無いから、室内でトランペット型のスピーカーを繋いで音を出すとびっくりするような大音量になる。また、このアンプはラジオも内蔵しているのだが、スイッチを入れてもウンともスントも言わない、全くノイズすら聞こえない。ああ、ラジオ部分が壊れているのだろうか、でも一応アンテナを繋いでみようと、適当なワイヤーをつなごうと、端子を緩めようとドライバを充てたところ、大音響で放送が流れた。普通のラジオは内臓のバーアンテナが内蔵されているのでノイズくらいは聞こえるが、このアンプに入っているラジオはアンテナ線を繋がなければ一切音が出ないようだ、ドライバーの軸部分だけで受信するくらい敏感なようだ。

 晩飯。マーボードーフ、エビチリ、トマト、スイカ。スイカ前線という言葉があるかどうか知らないが、今日のスイカは鳥取産だった。熊本はもう終わって、今は鳥取あたりが最盛期なのだろうか。


平成29年 7月10日(月)

 曇り。今日はほんの僅か雨が降った程度だったが空はずっと雲に覆われてた。ようやく大雨警報が解除され、自主避難所も閉鎖された。
     最低気温 23.4℃ (00:59)、最高気温 26.4℃ (13:37)
     本日の雨量 0.3 mm19:43

 今日の登校風景 (写真1写真2写真3写真4

 夕方二階の網戸に蝉が止っていた、ヒグラシだろうか、そう言えばもうヒグラシの季節だ、今日の蝉は鳴かなかったのでまだ今年はヒグラシの鳴き声を聞いていないなあ、雨が降り続いていたのでなかなか鳴くタイミングが掴めないのかもしれない。

 JLZが用があって山を上ってきたついでに、オミヤゲを持ってきてくれた。氏の集落で以前使っていたトランペットスピーカーとアンプである。スピーカーは3個もあった、放送用のアンプは本格的高機能のものであまりにボタンや端子が多くてマニュアルをちょっと見てもサッパリである。スピーカーのつなぎ方、説明書を見てもよく分からない、そもそも、マイクなどの入力のレベル調整の小さなダイヤルは付いているが、スピーカーの音量ダイヤルが無い、しばらく説明書を勉強だ。これ一式があれば集落中の広報に使えるな(と言ってもさしあたって使うあてもないが)。

 晩飯。チンジャオロース、シュウマイ、中華風モヤシサラダ、豆腐と油揚げの味噌汁


平成29年 7月 9日(日)

 午前中、北西のほうから雨雲の塊が南下してきたが、ここはかするていどで済んだ。そして、午後になるとすっかり雲は去って、久しぶりに五岳が美しい姿を見せ、雨に洗われてた緑が目に鮮やかだった。梅雨前線の向こう側は猛烈に暑いようだが、前線の南側は、ちょっと肌寒いくらいだった、関東方面の暑さ、ここからはまったく想像できない。
     最低気温 22.7℃ (12:11)、最高気温 26.4℃ (15:51)

 明日は降ったとしてももうそんなには降らないだろうと思っていたら、まだ大雨警報が解除されておらず、明朝もまた大雨の予報が出ているので、今晩も自主避難場所を開設するという放送が入った。
   本日の雨量 18.5 mm(18:18現在)
   連続雨量 278.1 mm(7/4の降り始めから、本日18:18現在)

 今日は珍しく家族全員家にいた(娘は午前中部活があったが)ので、小生は家事一切から解放、道楽で過ごすことが出来た
 
 本日のハチの様子(写真1写真2)。


平成29年 7月 8日(土)

     最低気温 22.7℃ (01:23)、最高気温 26.4℃ (16:38)
     連続雨量 259.6 mm(7/4の降り始めから、本日19:48まで)

 今日はまだらな雲の分布で降る時はザッと来るが短時間で止んで、今日は降らない時間のほうが長かったような気がする。青空も見えていた、これでもまだ今夜大雨が降るという、天気図を見ても、このあたりになると素人にはどうしてこんな所に梅雨前線が出来るのだろう、どうしてまだしばらくは天気が悪いのだろうか、さっぱりワカラン。

 夕方、今夜もまた自主避難所を開設するという放送が流れた、昨日も流れた、雨雲レーダーを見る限り、どうもそういう雰囲気は見られないのだが、今も大雨警報が出されているという(昨夜は降らなかったけどなあ)、いろいろな警報注意報が出されたり解除されたりして今どういう状況なのか、我が家は土砂災害などに対して厳しい環境下には無いので放送をあまり熱心に聞いていないこともあってよくわからなくなった。風呂で市役所関係者に会ったのでようやく山を越したでしょう、と言ったところ、まだ厳戒態勢は続いているそうで、地面に含んだ大量の水がある程度引かない間は安心できない状況だということで、市役所職員は交代で泊まり込んでいるそうでなかなか大変なようである。

 阿蘇には耳鼻咽喉科が無い、全国的に耳鼻科の医師が不足しているようだが、阿蘇市はゼロである、阿蘇地方でも、皆無に近い。だから診てもらいたい時には熊本市方面に山を降りて行かなければならない。一年くらい前までは阿蘇温泉病院に耳鼻咽喉科があったが、いつも診療受付を途中で中止しなければならないほど大混雑が続いて、とうとう医師がギブアップして辞めてしまった(と小生は思っているのだが)。それからずっと耳鼻科の医師不在が続いて、ようやくこのたび不定期ながら阿蘇温泉病院で耳鼻咽喉科が再開されることになった。7月は月二回の診療、8月の日程は未定だそうだがどやら毎週開設されるようなことを聞いている。
 
 太郎はずっと鼻づまりが続いていていつも口をポカンと開けていて、授業参観でも感じたことだが、机に座っていても集中力にかけているように見受けられるので副鼻腔炎ではないかと思って7月の第一回目の開業日の今日、太郎を連れて行った。副鼻腔炎は昔は蓄膿症と言った。蓄膿症の子が治療をすると、頭脳明晰になったという話をよく聞いたことがある、そう思って今日診察に連れて行ったのである。
 
 受付が7時半からとあったので、大混雑を恐れて、受付開始前に病院に着いたところ、その時点ではあまり人は待っておらず、三番目くらいに受付が終わった。この耳鼻咽喉科の再開のニュースがまだあまり知られていないことと、本当に治療の必要な人は既に山越えでかかりつけの医療機関が決まっているから、特に混雑は無かったのだろう。
 
 受付は順調だったが、よく見ると診療開始は10時からだそうで、それまで病院で待つこともないので一旦帰ってから、改めて出かけた。受付番号3番は病院全体の順番で、耳鼻科では一番乗りだった。つまり、再開耳鼻科の患者第一号ということになる。10時診療開始時点では15名以上の順番待ちになっていた。直ぐに呼ばれて、すぐに診察が終わった。アレルギーと副鼻腔炎用の薬をもらって帰ってきた、鼻から採取した鼻汁を検査して次回に結果を知らせてもらう事になった。

 jtqが掲示板にアップできないファイルシステムなのでとシジュウカラの動画ファイルを送ってきたので、記録として日記の方にアップする。巣立ちも間もなくだろう。
 
 見積もりをしてもらってそのままになっていた、エコキュートを導入することにして今日正式に契約をした。早速来週工事があるようである、一日もかからずに終わるそうだ。
 
 夕方、三人は娘のピアノのレッスンで泗水に出かけていった。


平成29年 7月 7日(金)

 ずっと天気が悪い日が続いている。子どもたちの登校見守りに向かう途中の車のラジオから「北九州市小倉区の紫川で氾濫危険水位を超えて篠崎地区と・・・避難勧告・・・」というニュースが流れていた。この地はまさに小生が小学高学年から高校を卒業するまで住んでいた場所だ。紫川、篠崎・・思わぬ時に懐かしい地名を耳にしてあの当時の暮らしが非常に懐かしく思い出された。(写真1写真2写真3

 今日は北九州で大雨が降り続けた。ここから僅かな距離に線状降水帯が出来ていた、今日も阿蘇地方はその線条帯がかする程度で済んだ。子どもたちの登校時、早く通過してった子たちは傘は必要がなかったが、後のグループの時には雨が降って傘をさして登校いていった。降ったりやんだりの一日だった。(写真1写真2写真3写真4写真5
       最低気温 21.2℃ (00:00)、最高気温 24.6℃ (11:49)
       本日の雨量 28.7 mm(19:33時点)

 太郎の授業参観があった、入学以来二度目になるだろうか、カミさんは仕事があるので今回も小生が授業参観に行った、保育園でお世話になったちゆき先生が、入学早々の時の授業参観に来られなかったのでと言ってわざわざ子どもたちの様子を見に来てくださった。
 太郎の授業態度、相変わらず良くないなあ、前回もカミさんは見ていないのでよく言っておかなければ、とにかく散漫である、集中力が無い。
 
 今日は授業参観のあとはPTA総会などの幾つかの行事が予定されていたが、小生は参観だけで帰るつもりでいたところ、天気がまた荒れそうだということで、急きょそれらは中止になって、学童保育も中止になって、授業参観終了後全員一斉下校になった。それも緊急時行われる保護者への引き渡しによる下校を実施することになって、徒歩下校もスクールバスも今日は無くなった。「そんな急な・・・」、という保護者の声もちらほら聞こえたが、今日は訓練でなくて本番の緊急時の引き渡しなのだ、従って予定も何も無い、緊急時というのは正にそういうことなのである。全員が一斉に行動を起こすと混乱するのため、こどもたちは地区ごとに別々の部屋で待機して、保護者は体育館に集合して放送に従って順次子どもたちを受け取りに行って、決められた順路でこどもたちと下校をしていく。今日はそんな授業参観日だった。PTA総会に代わって学校側保護者側から二三伝達事項があり、子どもたちを引き取ってそれぞれ下校していった。
 
 授業参観 連続写真 (1/2)
 
授業参観 連続写真 (2/2)

 急きょ、一斉下校になるほど、天気が不安定なようで、夕方などなんとなく明るくなったので明日辺りから天気が回復するのではと思ったが、今晩も自主避難場所を開設するという防災無線が流れいたので、また今晩一荒れあるのだろうか、どうもそんな気はしないのだが・・・・
 
 晩飯。炊き込みご飯・・・鶏ごぼうメシ。それに刺し身、ナスやピーマンを炒めた、トマト、味噌汁

 本日のハチ・・ハチの姿が見られるのはあと何日だろう、ハチの勢いが衰えるに従って蟻が結構這い回り始めている・・・写真1写真2写真3


平成29年 7月 6日(木)

 昨日島根県で大雨特別警報が出されて、それが福岡県に下がってきて甚大は被害をもたらしている、さらにその雨雲が日付が変わって熊本地方にかかり始めた。
 
 梅雨前線がまた少し南に下がってきている、それに、また、台風になるのだろうか、台灣付近に熱低がある

ほぼ終日雨。
本日の雨量 80.5 mm(20:24現在)大したことはない。
連続雨量 214.4 mm(7/4の降り始めから、本日20:24現在)
最低気温 19.9℃ (06:28)、最高気温 23.3℃ (17:02)

 深夜(日付は今日)、午前二時前には目が覚めてしまった、そのうちに、カミさんが太郎をおぶって二階に上がってきて、小生の隣の空きベッドに潜り込んできた、何だ!と言うと、土砂崩れが起きた場合は二階のほうが安全だと言うからと言う。バカタレ、土砂崩れなんか起きないし万一起きてもここまでは土砂は来ない、と言ったが二階の方が安心だという。一晩中、なんだかんだと携帯やスマホや防災無線などが色々警戒情報を流す、そのうちに強い雨雲が阿蘇にもかかり始めても雷ガンガン鳴り始めた。あの熊本地震の時には起きなかった娘まで珍しく起きてきた。大丈夫だとは思ったが、自宅サーバー関係の電源を落とした。
 
 小生はもうそのまま起きてしまったが、娘もこのまま起きて勉強するといって机に向かっていたが、間もなく机に突っ伏して寝ていた、いつものように。

 三時ころが一番激しかったろうか、それでも四時半ころには雨域はもう南下していった。ここでの雨は線状降水帯ではなくて、動いていたので大したことはなかったが、「これまでに経験したことのないような大雨」の元祖的被害があった阿蘇だけに、雨というと、その時のことがどうしても思い出される。

 一夜明けて、雷と雨はまだ降り続いていて、こんな日は学校どうなんだろうと思っていたら、6時過ぎに、小中学校とも始業時間を二時間繰り下げるという。そして、10時前に姉弟を車で送っていった。

 夕方からまた大雨になるからと、下校時間も繰り上がった。
 
 今日は太郎の7歳の誕生日である。カミさんはPTAの役員会が入っていて、晩飯は小生が作った。太郎、何が食べたい?と聞くと、オムライス!と言う、お安い御用だ。ついでにポテトサラダと串かつを揚げた
 
 そして仕上げに、バースデーケーキ。プレゼントは、毎年レゴのような教育的玩具ばかりだったが、初めてマリオのなんとかというゲームソフトを買ってもらったと言って喜んでいた、母親とゲームは平日はせずに、日曜日にだけするからという約束が出来ているそうである。



平成29年 7月 5日(水)

 終日ほぼ雨だったようなきがする(実際はそうでもなかったのかも)。本日の雨量、約30mm。
     最低気温 22.7℃ (11:55)、最高気温 25.7℃ (14:26)

 本日のハチ・・・・・・・巣のカスが相当落ちている、備蓄の取り崩しだろうか。
 
 本日の登校風景(不思議とこの時間は降っていなかった)(写真1写真2写真3写真4写真5

 朝起きると、島根県に大雨特別警報が出ているという。ネットで調べると、線状降水帯が形成されていて、帯状に真っ赤な雲が東西に伸びている。その後も数時間に亘ってほんと動くことなく降り続いていた、数年前の阿蘇地方の豪雨災害が思い起こされたが(H24.7)が、それも基本的には他所の地方のことだ、大変だろうなと思う程度だった。ところが昼ころ、気がつくと、その降水帯が南下しており、雷もすごい、ここ阿蘇にも雨雲少しかかり始めている。朝のうちはまさかここまで南下してくるとは想像もしていなかった。
 
 それが午後に入ると、福岡南部から大分方面に線状降水帯が移動して各所で大雨による被害が出ていると言う。たまたま水泳教室の太郎を迎えに行った時にロビーのニュース映像を見たが、渦巻く濁流を見ていると、胸が締め付けられ思いだった。
 
 ずっと同じところに降り続けるから線状降水帯というのだろうが、この降水帯はいつもっと南下してくるか分からない。先年の阿蘇の豪雨災害は“これまでに経験したことのないような大雨”という言葉がこの災害で初めて使われたほどの豪雨だったが、今ニュースで言っている「数十年に一度の大雨」と同じ状況なのか、そすると、たかだか数年でまたそんな雨は降らないだろう、と思いたい。雨の心配の他に、阿蘇地方には何度も竜巻注意報が出されている。何度もということは竜巻注意報は賞味期限があった、その期限がすぎる度に出し直すのだろうか。夜になって、福岡に続いて、大分県にも大雨特別警報が出された。福岡も大分も阿蘇地方と接している。
 
 今日も、ミシンがけをして過ごした。今日はまたジーパンを一本再生した。古いパソコンも古いジーズも再生するのだ。そんなところに、某トマト農家が、今は忙しい時期だと思うのだが、油を売りに来た。
 
 今日はカミさんは定期健康診断で、休暇を取って熊本まで出かけて夕方には帰ってきたので、晩飯の当番は無かった。


平成29年 7月 4日(火)

 台風3号、長崎上陸、阿蘇近くを通って豊後水道へ。日記を書いている頃にはまだ東海地方あたりに居るが、台風というものは自分のところを通過すると急に関心が失せるものである。
 
 今回は、泥棒を捕らえてから慌てて縄を綯った。と言うのは、昨夜、暗くなってから国旗を降ろしていなかったのに気がついて、暗いなかなんとか降ろしたが、更に寝床に入ってから、無線のアンテナを降ろすのを忘れていたことに気がついた。6m用のHB9CVである。アンテナ自体は普通の台風であれば大丈夫だと思うが、アンテナ近くにある竹木が強い風に撓んで、アンテナに触れて、アンテナを折ってしまうのだ、以前、そうやってエレメントを折ってしまった。
 
 真っ暗な中、簡易であれ、タワーに上ってアンテナを降ろす訳にはいかない。多分、明朝でも時間的に間に合うだろうということで、今朝明るくなると同時に、アンテナを降ろした。この時間にはまだ風はソヨリとも吹いておらず、雨も全く降っていなかった。なんとなく怪しげな色をした空の下、阿蘇山もまだ見えていた
 
 アンテナを降ろすついでに、家屋に倒れ掛かる竹木もついでに切ってしまおうかと、ハシゴを持ってきて、電動チェンソーで切り始める頃になって雨が降り始めた。なにも台風がそこまでやってきている時にやらなくても、昨日のうちにやっておけばよかったものを、と雨に降られながら思った次第。

 さすがにこんな日は小中学校は休校だろうと思っていた、こどもたちも当然期待を込めてそう思っていたようだが、6時に学校から一斉メールが入り、今日は平常通りだと言う。えっ、大きくないとは言えマッポスだろう、と思ったが、考えてみたら、登校時はまだ大丈夫、そして子どもたちが学校にいる間に台風は通過するはずだから、かえってそのほうが安全だ、そもそも、住民の避難場所が学校体育館になっているのだから、これほど安全な場所は無いということになる。教育委員会もなかなか冷静である。

 平常通り授業があるのなら、小生も見守りに行かなければと逆方向に回っていつもの場所に向かった。我が家から「らしき車」が見えたので遠回りしたのだ。そこは道順から言うと、いつも小生が立っている辻の一つ手前の坂梨寄りの辻で、別グループの担当になるが今朝の当番の麻美さんがお子さんたちを車に乗せて停まっていた。こんな天気だから多分誰も通らないとは思うのですけど、と言いながらも待機していた。思った通り結局今朝は誰一人として歩いて行く子はいなかった。時間が来て、麻美さんも子どもたちを送って去っていった。
 
 太郎はどうしたろうと思っていたら、ご自分のお子さんを学校に送って戻ってきた昭子さんが、一人で集合場所で待っていた太郎を見つけて、わざわざまた学校に送ってくれた。その車が小生のところを通過する時に訊いたら、班長から各自登校の連絡があったそうで、そのあたりの連絡方法に齟齬があったのか、今回はその連絡が来なかった。
 
 カミさんも仕事に行って、結局小生だけが家に残された。小生は久しぶりに破れジーンズの補修をした。一度10本ほど補修をしたが、弱っている生地というのは、一箇所補修をしても、すぐまたその隣の弱い所が敗れるのだ。また補修をしてももう無理だろうと思うのを選んで、短パンをつくることにして、今日二本作った。(写真1写真2
 
 そんなことをやっているうちに、台風3号は阿蘇を通過していった。あっという間に通過していった、いつ通過したのか分からなかった、それほど優しい台風だった。このころが一番雨が強かった時だ、ところが風は驚くほど吹かなかった、11.2 m/s(09:58)、普段のほうがよっぽど強い風が吹く。気圧は正直にぐんと下がって通過と同時にまた急に上がっていった。なんとなくここ阿蘇に関しては、毎度お騒がせの気象庁・NHK、という感想だ。モチロン油断は禁物だが、いつも大変だ大変だでなくて、不要な心配をしなくていい情報を提供してほしいものである。今回の台風の大きさ、それほどでもないことは始めっから分かっていたと思うのだが。
 
 台風通過後も「台風一過」とは程遠く終日弱い雨が降っていた。本日の雨量
 
 晩飯。キジ焼き丼、中華風モヤシのサラダ、アサリの味噌汁。


平成29年 7月 3日(月)

 晴れ。今日も暑かった。
    最低気温 22.3℃ (02:07)、最高気温 28.8℃ (14:46)

 登校見守りに出たら、もう朝からすでに風があった。娘が向かい風が強くて自転車が漕ぎにくいと言って登校していった。遠く台風の影響がもうでていたのだろうか。
 
 今日の登校風景 連続写真
 
 台風はいつもははるか南方で発生してここに来るまで数日を要して、その間ヤキモキさせるが、今回の台風3号、日本近海で発生したので明日の朝にはもうヤキモキする間もなくやってくるようだ。しかも、なんだなんだ、この台風、台風シーズンが始まるなりいきなりマッポスか。日米とも全く同じようなコースを予想している、阿蘇の真上をとおるようだ。
(気象庁 ・ JTWC)
 
 しからば、あまり大きな台風ではないように願いたいところだが、実際に来てみなければ分からない。多分そんなに強くないのではと希望的観測で思っていて、その必要はないかなと思いつつ、少し畑の養生をしておいた。草ぼうぼうの畑も、ナスなどが倒れないようにヒモで保持をしたついでにそのあたりの草だけざっと刈っておいた。今年はピーマンとナスだけはよく出来ているようだ。またジャガイモの葉がそろそろ枯れ始めたので、ちょっと試し掘りをしてみたが、まあまあ、かな。

 本日のハチ。(写真1写真2

 なごみ野のオヤジがトラクターを借りに来た。ここからえっちらおっちら運転していって、ちょっと耕して、また戻しに来る、その往復のほうが大変だろうと思うのだが、はやり手押しの管理機よりは深く耕せるらしい。

 返却ついでに、大根とエンドウとナスをぶら下げてきたので、今晩はそれらを使って晩飯を作ることにした。

 なごみ野のオヤジが届けてくれた沢山のインゲン、一度に食べられないので、今晩は胡麻和えでも作って、残り(の方が圧倒的に多いが)は小分けして冷凍にでもしようかと思って少し塩を入れて茹でておいたが、台所に立って仕事をしながらちょっとつまみ食いををするとこれが食感が枝豆を食べるのに似ていて、ほんのり甘みがあって美味い。インゲンなどあまり美味い食材だとは思ったこともないが、採れたてだからだろうか素材の美味さが伝わってくる、見直した。

 それから大根で、豚大根を作った、これが本日のメインである。また焼き茄子を作った。IHのコンロの下にある魚焼きグリルで焼こうと思ったが、ナスの径が大きくてグリルの天井につかえてしまうので、カセットコンロでナスを焼いた
 
それから、ゆでタコを買ってきて刺し身にした。昨日が半夏生だったそうだが、一日遅れのタコだ。

 多分去年作ったサトイモとイカと大根と人参の煮物が冷凍庫にあったのでついでに今晩出したが、何も今晩でなくても良かったな。ということで今晩の夕食風景


平成29年 7月 2日(日)

 深夜、午前一時前だ、突然、大きくグラッときた、一瞬だった。隣の産山村に震度5弱の震源の浅い地震が起きたのだ。ここから数キロの阿蘇市は後から見ると震度4とも3とも出ていた、地形や地質で違うのだろう。熊本地震を経験しているので、それ以上の驚きや恐怖はなかった。娘は全く知らずに寝ていてた。あの熊本地震の時ですら、娘は起きてこなかったくらいだから。
 
 気象庁は熊本地震の余震だと言っているが、そんな地下のこと分かるか、後付けでなら、なんとでも言える。それより少し前に北海道でも同じような地震があったらしい、日本中、どこでも地震は起こりうるということだ。

 もう夏空だ、阿蘇も暑かった。さっそく、台風3号が発生した、今回はあまり強い台風ではなさそうだが、また台風を心配しなければならない季節がやってきた、PCのデスクトップに、久しぶりに台風情報関連のアイコンが復活した。そして気象庁とJTWCを見比べては自分に都合の良い方の予想に進路の願いを託すのだ。(気象庁 ・ JTWC)
     最低気温 22.7℃ (03:27)、最高気温 28.9℃ (15:33)
 
 台風の影響があるから、この先、天気がどうなるか分からないが、なんとなく、もう梅雨は明けているような気もする

 本日のハチウト、(写真1写真2)

 今日も読書少々と無線工学少々、室内に流れ込む風に吹かれてのんびり。もう屋外作業をする気も全くなくなっている、いつのまにか畑は草に埋もれている・・・・
 
 娘に理科のバネの問題を訊かれたが、分からなかった、多分載っている「正解答」が間違っていると思うのだが、中三ともなるとだんだん難しくなる。

 昼飯は。昨日揚げたかき揚げを使って「かき揚げ丼」を作った。カミさんと太郎は光の森だかどこかに出かけた。娘は試験があるからと留守番、そして変な時間に起きて変な時間に食べたので、昼飯は小生だけだ。

 かき揚げ丼のタレを作った。レシピより少し多めに作ろうと、レシピではみりんを大さじ3のところを4にした、そうすると、醤油と砂糖の量は?
 
 そこで計算尺の出番である。いつも腰にぶら下げた計算尺をやおら取り出して、みりんの3を4に合わせると、比例だから、醤油の2に対しては2.66、砂糖の1に対しては1.33という数字が計算をしなくても出ている(なにもこの程度ならわざわざ計算尺に頼むまでもないか)。計算尺は生活に密着した道具である。


平成29年 7月 1日(土)

 晴れ。暑かった。梅雨前線もかなり北に上がって、この先、また下がってくるのだろうか、なんとなくなし崩しで梅雨が明けるほうこうにあるのではないだろうかという気がしてくる。
    最低気温 22.0℃ (03:54)、最高気温 27.9℃ (14:42)

 ボンにフィラリアの予防薬を投与した(2/5回)。

 本日のハチの様子。また一段と数が減っていっている。(写真1写真2

 今日は小中学校とも土曜授業の日。ゆとり教育の反省で土曜日も学校がある日が少しずつ増えている。以前は申し訳程度にちょっとだけ土曜にやっていたが、最近は結構頻繁にある。それでも、普段と違って、土曜授業の日には色々な学校行事を入れたり、授業参観日に充てたりとまだ本来の授業スタイルでは無い事が多いが、小学校は今日は普通に午前中授業があった。中学校は授業参観だった。カミさんが参観に行った。我々の時代は土曜日は半日学校があって当たり前だったが、今の子供達は、どうして土曜日も学校があると?と不満のようである。
 
 太郎はいつもは学校が終わると、学童保育に行って、下校の登校班で帰ってくることは今まで無かったが、今日は土曜日で、太郎の場合は「学童」が無いので、入学以来初めて登校班で下校してきた。帰ってきて、どうだった?と尋ねたら、暑かったあ、と言ってノビていた、確かに今日は暑かったからなあ。

 本日の登校(そして下校)風景 連続写真
 
 今日も一日、風に吹かれてのんびり本などを読んで過ごした。だから全く疲れがなかったので、晩飯には、三人はピアノのレッスンに出かけたので、かき揚げを揚げてみた。
 
 もともとかき揚げを揚げるつもりはなく、なごみ野のオヤジがナスやインゲンなどを持ってきてくれたので、エビの一二匹でも買って、チョコっと天ぷらでも揚げて食べようかと言う気になったのだが。天ぷらにするようなエビが売っていなかったので、むきエビを買ってきて、急きょ、かき揚げを揚げることにしたのである。
 
 その天ぷらにしても、なごみ野の定食に出てくるナスの天ぷらが美味しくて、どうやって作るのかと尋ねたところ、オヤジが、天ぷらはオレの担当で、こうこうやって揚げる、今度ナスを持っていってやると言って届けてくれたものだ。だから、今夜はナスが主役のはずが、いつのまにかかき揚げになってしまって、いけないいけないと後からナスを揚げてみた。高温で揚げるのがコツだと言っていたのを思い出して、その通りに揚げた、うまく出来た。
 
 小生も、我ながらこんなことには時間を惜しまないなあとつくづく思っている。(もっとも、天ぷらも沢山揚げるとなると大変だが、まあ言うほど時間はかからない、簡単である)
 
 それから、煮玉子、温泉玉子のことが最近ちょっとここで話題になっていて、なるべく手をかけないで出来る方法はないかと思ってネットで調べて、安価な電磁調理器があるのを知って、これだと温度管理が簡単にできると思って、アマゾンで買ったものが、今日届いた。もちろん、大陸製、品質の保証はしないがしっかり作ってあって、これでこの値段?とちょっと驚きである(送料込みで3.7K・・・あまり安いので、有害電磁波でも出ていなければいいが)。ただ、1℃刻みで温度設定ができるかと思っていたが、そうではなくて、数段階の設定しかできなかった。最低が60℃でその上が80℃なので、その中間辺りあると良いのだが、これでやってみることにしてかき揚げを揚げながら、60℃で30分加熱してみた
 
 この電磁調理器はいろいろと使いみちがありそうだ、机の横に置いて置いておいてもいい、なかなかいい買い物だと思っている。 

 で、今晩のボッチ食はモチロン、これである